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CASE2 結衣

CASE2 結衣


「じゃあ、頼んだわよ」

「はい」

 無線の切れる、ぷつりという音がした。

 会長の話によると咲がすでに盗まれてしまったらしい。堅実に守りきって一生は確実だと思っていたのに、予想外なこともあるものだ。相手は単純なトリックを使ったというから、あまり警戒しすぎるのもよくないのだろう。

 油断してもいけない、慎重になり過ぎてもいけない。

 いったいどんな心構えでいればいいのかわからなくて、結局自然体でいるのが一番だと結論付けた。そもそも探偵というのは事件が起こってから活躍するもので、起こる前から警備するものではない。

 連続殺人事件などがよく起こっていることからしても、名探偵は事件を未然に防ぐのが苦手なのかもしれない。最後に残ったのは数人だったということもよくある話だ。

 それにしても、寒い。

 結衣は腕時計を確認する。まだはじまってから十五分ほどしかたっていない。昼にかけてもっともあたたかい時間帯のはずなのだが、とにかく風が冷たくて足がかじかんだ。

 カイロを持ってくるべきだった。

 天気予報で今日は暖かいというから油断していた。気温よりも、風のほうが体にこたえる。

「生徒会なんて嫌いだ……」

 両腕で体を抱きかかえながらふるえる。

 こんな場所を勝負の舞台にした生徒会は、きっと性格が悪い集団に決まっている。文化祭の尋常ではなく忙しい時期に七面倒なイベントを持ちこんだということで、八つ当たりしているのだ。

 いや、会長の横柄な態度に怒ったのかもしれない。どちらにせよ、結衣には関係ない理由だ。というか、会長が原因な気がする。

「そんなところでなにやってんの、結衣?」

 凍えそうなところへ、後ろから声がかかった。振り向いてみると、黒崎瞳が悠然と立っていた。

 5月に起こった住田くんの事件――あれは、悲しく、辛い事件だった。なんてね――の際に、鞄に入れられた脅迫状を最初に発見した生徒が、黒崎瞳だ。

 それがきっかけで結衣は探偵同好会にスカウトされたわけだから、ある意味では恩人ということになる。同じクラスということもあって、結衣とは仲がいい。

「ヤッホー瞳。寒くて死にそうなところ」

「なにやってんのよ。寒いならなかにはいればいいのに」

 呆れた口調。結衣はプラスチックケースに入れられた黄金の生徒手帳を指差した。

「これを守ってるの?」

「どうして?」

「文化祭のイベントでね、怪盗同好会ってところと勝負してるの。だからわたしもほら、シャーロックホームズのコスプレしてるでしょ。似合う?」

「なるほどね、可愛いけどさ。結衣は探偵同好会なんだっけ?」

「そうだよ。探偵はこんなに寒いところで仕事したくないよ」

「仕方ないな、ほら」

 瞳はそう言ってポケットから使い捨てのカイロをとりだした。それを、結衣に手渡す。

「いいの?」

「もう一個あるし、手袋もあるから。寒いならちゃんと防寒すればいいのに」

「油断してたの。北風と太陽は、北風の勝ちだってことに気づいた」

「なにそれ」

「太陽のひかりなんてあてにならないってこと。瞳にもらったカイロのほうがずっと温かいよ」

「それはよかった」

 瞳が笑うと、アイドル似の可愛らしい風貌がよく映える。女子の結衣から見ても素直に可愛いと思えるほどだ。

「いつまでやってるの?」

「勝負は14時までだってルールに書いてあった」

「まだ長いね。終わったらいっしょにまわろうと思ってたのに」

「ごめんね。明日は空いてると思うから、そしたらいっしょに行こう」

「うん」

 瞳がこくりとうなずく。

「怪盗同好会っていうのにその手帳をとられちゃったら負けなんでしょ」

「そうなの。でも、タッチすればわたしたちの勝ち」

「じゃあ、牢屋に入れたあと逃げられないようにしなきゃね」

 瞳がくすくす笑う。

 あまり大きな口を開けて笑ったりしないのだ。だから、軽い口調のわりにどこか上品な優雅さが隠れている。それが男子の気を引くのかもしれない、と結衣は思った。

 住田くんの事件からというもの、瞳の鞄には脅迫状の代わりにラブレターがよく入れられていた。

 最初は戸惑っていたようだが、そのうち慣れて「あら、間違いかしら」なんてわざとらしく笑って、読まずに紙飛行機にしてとばしてしまう。

 校内の誰かが拾ったら読まれてしまうということだ。それだけに、ハイリスクであるが、いまでもときどき恋文が紛れ込んでいることはある。

「ねえ、この手帳、触ってみたい?」

「え、いいの?」

 結衣の提案に、驚いた表情をする瞳。

「だって大切なものなんでしょ?」

「いいよ。すこしくらいなら」

「そういうなら、ちょっとだけ」

 結衣がプラスチックケースを持ち上げ、黄金色にかがやく生徒手帳を手渡す。瞳はしばらくそれをしげしげとながめた。まるで月の石を手にしているみたいに、手のなかで転がす。

「これってどこで作ったのかな」

「生徒会から配られたものだからわかんない。わたしにとってはあんまり関係ないし」

「ふーん」

 そのとき、冷気をのせた北風が結衣たちの間をかけぬけていった。あわててスカートの後ろに目をやる。大丈夫、めくれていない。

「大変だね、ここ」

「やらしい風のせいでね」

「やらしい人間じゃなくて良かったでしょ」

 瞳が笑いながら生徒手帳を返す。

 そのとき、結衣は瞳の差し出した手を握った。

「なに?」

「捕まえた」

 その場の空気が凍りついてしまったようだった。瞳がすうっと無表情になる。それに対して、結衣は自然体を崩さない。

「捕まえたってどういうこと」

「――瞳さ、怪盗同好会だよね」

 その言葉を聞いて瞳はかたまった表情を融解させた。いつもの優しい笑顔にもどる。

「なに言ってるのよ、そんなわけないじゃん」

「わたしは騙せないよ」

 結衣が瞳の手をにぎる力を強める。

「変だなって思ったのはついさっき。ふつうは怪盗にタッチしたらそこでおしまいだと思うよね。捕まえた相手を牢屋にいれて、ドロケイみたいに逃げたりできるようなルールだとは考えないはずだよ。そんなことパンフレットにも書いてなかったしね。そのルールを知っているのは探偵同好会か、怪盗同好会か、生徒会の役員だけ。瞳は生徒会じゃないから、残った可能性はひとつだよ」

「そんなの偶然かもしれないじゃない」

「わたしもそう思ったよ。だからちょっと試してみたの。こうやって生徒手帳を渡してみてね。もしも瞳が怪盗同好会の一員なら、この絶好のチャンスを逃すはずがない。だけどさすがにわたしが見ている目の前ではアクションを起こせないだろうから、ちょっとスカートを気にするふりして隙を作ってみたの。瞳マジック上手なんだね。よく見てなかったら絶対に気づかなかったと思う」

 結衣は、瞳に返してもらったばかりの生徒手帳をかかげた。太陽の光を反射して、金がきらめく。

「偽物だよね、これ」

「…………」

「咲先輩は本物を偽物だと勘違いしてやられちゃったから、自然と偽物なんてないという先入観が生まれてしまうこともある。うまい心理作戦だよね。こっちの連絡がすべて裏目に出てるみたい。瞳がミスしなかったら、わたしも騙されてたと思う」

「そっか。失敗したんだ」

 瞳はからから笑って、透きとおった空を見上げた。雲が流れの速い風にはこばれていく。

「まさか瞳が怪盗同好会だったなんてね」

「ばれちゃったものは仕方ない。もう結衣には隠す必要もないね。ちょっと気が楽になったかも」

「そういえば瞳がどこの部活にはいってるのか聞いたことなかった気がする。たしか学外で活動してるっていってたよね」

「こういうイベントに備えて、怪盗同好会は基本的に情報を隠してるからね。ほかのだれにも話さないようにしてるんだ。とくに結衣には気をつけてた。ちょっとしたことでばれちゃいそうだったからね、いまみたいに」

「そんなに普段から注意してないし、大丈夫だよ。授業もさっぱりおぼえてないくらいだから、仮に喋っちゃったとしてもすぐ忘れるよ」

「そのくらいだったらよかったんだけどね」

 瞳は結衣の両目をじっとのぞきこむ。はっきりした二重瞼と、化粧もしていないのに長いまつ毛。

「結衣はへんなところで勘が鋭いから、ふつうに話してるだけでも怖いんだよね。おかげでよく考えてから言葉にできるようになったつもりだったけど、大事な場面でミスっちゃった。まあ、いままで正体を見破られなかっただけでもよかったとするかな」

「これからも忘れたほうがいい?」

「ううん。これで気兼ねなく生活できるから。ほかのみんなは鈍感だから気付かないだろうし」

 すこしの間があって、瞳が口を開いた。

「せっかくだから話しちゃうけど、あたしが怪盗同好会にはいったのって結衣のおかげなの。5月に住田くんの事件があったじゃない、それで結衣ってすごいなって、探偵ってすごいなって思ったの。でもあたしには推理する才能なんてなかったから、どうやったら結衣に近づけるかなって考えてた。それで、どうやって知ったのかわかんないんだけど会長から――まあ、部長から勧誘が来て、怪盗同好会にはいってみないかっていわれたの。結果的に逆のベクトルになっちゃったんだけどね。ちょっと悩んだけど、かじる程度だったマジックもすごくうまくなったし、こうして結衣と対決できたのも楽しかった。負けちゃったけどね」

「紙一重のところだったから、次やったらどうなるかわからないよ」

 結衣がいう。

 瞳はなにか吹っ切れたような顔をしていた。まるで冬のよく晴れた空みたいに。

「さてと、そろそろ行かなくちゃ。生徒会の人が連行してくれるんだっけ。すぐ助けてもらって、また結衣のところに来るからね」

「わたしはあんまり来てほしくないけどな」

 ふたりの笑い声が重なる。

 はた目から見れば平凡な女子高校生たちが他愛もない世間話をしているようだ。実際、そうなのかもしれない。探偵と怪盗の戦いなんて何気ない日常の出来事なのかもしれないのだ。

 たとえそれが、赤い夢のなかの出来事だったとしても。

「もしもし、黒崎瞳です。捕まってしまったので屋上まで迎えに来てください」

 瞳が無線で連絡を入れる。

 すこし時間がかかるとのことだった。

「あ、そうだ。本物の生徒手帳返してよ」

 結衣が思い出したようにいう。もし相手を捕まえたとしても、本物を持っていかれては怪盗同好会のポイントも加算されてしまうところだ。

「あちゃ、ばれたか」

 舌を出して瞳が黄金の手生徒手帳を結衣に返す。

 結衣はすぐにぷらすっチックケースのなかにそれをしまった。

「ほかのだれかが来ることもあるのかな? 教えてよ」

「たとえ捕まっても怪盗同好会の一員、味方を売るようなことはできないよ」

 結衣が軽い調子で聞いたが、きっぱり断られてしまう。

 会長は一対一の対決になるだろうといっていたが、盗まれたり捕まえたりすることで状況が変わってくると、一対一とばかりもいっていられなくなるはずだ。

 タイムリミットが迫ってくれば、複数人で仕掛けてくることもあるだろう。それに、いまは咲がいるだろうが本部の警備も必要になってくる。

 まあ、そういう難しいことは会長に任せておけばいいのだ。

 寒いのは相変わらずだが、ここで生徒手帳を守っていればいい。星はちょうど五分、ゲームは振り出しに戻ったばかりだ。

「じゃあね、結衣。明日こそはいっしょに文化祭回れるといいね」

「うん。またあとで」

 手を振りながら、生徒会の役員に連れていかれる瞳の足取りは軽い。なにか、心の憑きものが取れたような、そんな気がする。

 はたして瞳が怪盗同好会であることを打ち明けたのがプラスに働いたのかどうかわからないが、もしすこしでも瞳の力になれたのなら嬉しいことだ。

 外は寒いが、こころはマフラーをかけたみたいに温かくなって来た。この調子なら大丈夫だろうと、スキップしながら警備にもどる。

「会長に報告しようっと!」

 ネズミを捕まえてきたネコのようにはしゃぎながら、結衣は無線を開く。

 会長の声は、明るかった。


アジア杯見てて更新忘れてました……。

まあ、勝ったからいいか。

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