CASE 結衣
CASE 結衣
スカートがはためく。
結衣は後ろ手にそれを押さえながら、つよい風に踊る髪の毛をなでつけた。ホームズに似せたインバネスコートごとスカートの裾が舞うので、油断しているとなかが見えてしまう。
風の弊害はそれだけではなく10月のつめたさを同時に運んでくる。
衣装のしたに着こむような服は用意していなくて、せめて手袋かマフラーでも用意しておけばよかったと後悔する。
今日だけは北極でも寒くないような気がしていた。そんなことなかったけど。
「結衣ちゃん、屋上は頼んだわよ」
とウインクしていた会長がすこし恨めしい。
寒いのはとにかく困る。家のコタツを持ってくればよかった。そうすればミカンでも食べながらぬくぬく警備ができたのに。
気合いはあるのだが、こう寒くては集中力も途切れてしまう。安全のためにとりつけられた金網の向こうには、グラウンドを守っている神崎の姿が見える。
この寒さのなか、ひとりだけ白いワイシャツをまくっているのでよく目立つ。あんな格好で寒くないのだろうか。それとも走ると温かくなるのだろうか。汗をかいて余計に寒くなりそうだけど。
それに屋上では走り回ることなどできない。
本校舎の屋上は新しく建設されたということもあって、屋上のスペースも有効に使おうという観点から庭園のように植物で彩られている。あまり広くはないが畑や、お弁当を食べることのできるベンチなどもアリ、昼休みには憩いの場になっている。
そのかわり安全に関してはかなりの配慮が施されており、万が一の事故が起こらないよう過剰なほどの対策がとられているのだ。丈夫な金網のフェンスもそのひとつである。景色はあまり良くないが、落ちる心配もない。
ほかの学校にはない珍しい施設ということもあって、昼ご飯をたずさえた大勢の一般客で屋上はにぎわっていた。
料理部のつくった焼き菓子の美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐる。
空腹感がだんだんと湧きあがってくる。そうなると誰かの行動よりも、手元の料理に目がいってしまう。美味しそう。会長に頼んだらなにか温かい差し入れを持って来てはもらえないだろうか。
まあ、無理か。
「寒いなあ――」
青空の下で怪盗を待ちうける探偵というのもなんだかシュールだ。
本当ならもっとヘリコプターのサーチライトが夜空を切り裂いて、厳重すぎる警備をしているなかほんの一瞬でお宝を盗み出し、名探偵との壮絶な頭脳戦を繰り広げるようなものを想像していたのに。
化かし化かされのはてに、結局は名探偵が勝つのだ。
「これじゃ時間が来るまえに凍死しちゃうかもしれないなあ――あ、ストーブが見える。こっちにはできたてのラーメンが浮いてる。マッチはいかがですか――はあ」
ちょっとした一人芝居もなんだかむなしくなって、ため息をつく。
やる気がないわけじゃない。ただ寒すぎるのだ。
空を見上げる。凍ったように薄い青が広がっていた。