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CASE 神崎

CASE 神崎


 神崎の眼は、飢えた野獣のように獰猛に光っていた。

 どうしようもないくらいあらぶった呼吸のなかに、彼の闘志がうかがえる。イベント開始前にグラウンドをランニングしていたためだけではなく、精神的な理由も神崎の息を激しくしていた。

 会長から期待されていないのはわかっている。

 ラッキーな勝ちを拾ってくれば上々、負けても仕方ないと思われているのだ。それが悔しかった。新入生ながら咲がとてつもない才能を持っていることも知っている。けど自分は先輩だ。後輩に負けることがあってはいけない。

 たしかに探偵術に関して神崎はまったくの素人だ。

 だが咲にだって会長にだって初心者だった時期はあるのだ。右も左もわからない状態からのし上がったのだから、神崎にできないはずはない。才能がないなら努力をしろ。

 それが中学時代の野球部の監督がよく口にしていた言葉だった。スポーツは努力をしても怪我で道をあきらめなければならないときがあるのだが、探偵はいくら頑張っても怪我をしない。

 ひじの故障で野球を断念せざるを得なかった神崎にとって、魅力はそれだけで十分だった。なにかに打ち込めること、それがうれしかった。

 グラウンドを横切っているたくさんのお客さんが、神崎とプラスチックケースに収められた黄金の生徒手帳を不思議そうにながめている。

 イベントがはじまってからまだ五分。広いグラウンドでは観客がぐるりとまわりを取りかこむことも考えられた。その場合、咲の作戦ではすこし離れた場所で待機することになっている、と神崎の手帳に記されている。

 興味本位で近づくと見せかけて、怪盗同好会のほうからプラスチックケースに手を伸ばすだろう。そこを捕まえれば神崎の勝利である。

 秋風はすこし肌寒いが、神崎はワイシャツの袖をまくっていた。

 いましがた走って来たばかりで身体が火照っているのだ。それに生徒手帳のまわりをぐるぐると周回しながら見張っているので、身体がさめることもない。

 ふう、と深呼吸する。

 会長からの連絡はさっきはいったばかりだ。どう? 問題なしです。 了解 という簡単なやり取りだけで最初の定期報告は終了した。

 会長の態度は冷たいままだった。それでも構わない。結果を出せばいいのだ。

「どこからでも来やがれってんだ」

 細工のしにくいグラウンドでは、なにか仕掛けてから目標に近づくというのが難しい。もし力業でくるようなことがあれば、この広いグラウンドの敷地内で必ずとらえられる自信があった。

 ピッチャーだったためあまり注目はされなかったが、神崎は野球部のなかでも足の速いほうだった。それにシャーロックホームズの衣装のしたに履いているのは野球用のスパイクだ。

 これならふつうの靴よりも速く走ることができる。たとえ相手が陸上部だとしてもグラウンドでは負けない。

 会長が神崎をこの場所に配置したのは消去法だといっていた。

 仮にそうだとしても神崎にとっては絶好の舞台だ。お化け屋敷やせまい教室では、足の速さを披露するチャンスがない。

 ただひとつ気がかりなことはときおり起こる砂煙だ。

 校庭の向こう側からつむじのようにやってくる砂煙に巻き込まれると、一瞬のあいだは視界が奪われる。その隙を突かれてしまう可能性があった。

 サングラスでもあればよかったのだが、と神崎は思う。

 あいにくホームズにサングラスは似合わない。

「それでもいいか」

 手帳を盗まれないのは最低条件だとして、神崎にはある悩みがあった。

 それは犯人を捕まえないことには勝利にならないというルールである。つまり、あまりにも完ぺきな警備をしていると相手は攻められない。

 顔も特徴もわからない探偵同好会は、怪盗同好会がアタックを仕掛けて来ないかぎり相手を捕まえられないのだ。勝利を目指す神崎にとって、それは非常に困る点だった。

 あえて隙を作るという作戦もある。

 野球でいうならわざとフォームを大きくして盗塁を誘うようなものだ。リスクはあるが、そのぶんチャンスもある。

 どちらをとるにせよ、タイミングが重要になってくる。仕掛けるなら早いほうがいいが、よく考えてからにしておかないと。

 乾いた唇を舌で濡らして。

 神崎はプラスチックケースが反射する太陽の光のまぶしさに、すっと目を細めた。


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