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作戦会議

ちょっと長いです。

 怪盗同好会――探偵同好会があるのなら、それと相対する怪盗同好会があっても不思議な話ではない。どちらが先に創設されたのかはわからないが、お互いマイナーな同好会なのでその存在を知らない生徒も多数いる。

 そしてことさら怪盗同好会は部員が何名いて、どんな活動をしているのかなどという情報が闇に包まれているのだ。

 たんに有名でないというだけでなく、意図的に情報を制限しているような感じさえうかがわせるほどに。

「それじゃ、まあ、作戦会議と行くわよ」

 おそろいのホームズ姿に身を包んだ探偵同好会の部員たちが、長テーブルを囲んでいる。この日はいつものようにホワイトボードではなく、テーブルの中央に校内の見取り図がおかれている。

「怪盗同好会の部長とうちは偶然にも知り合いなわけだけど、残念なことに向こうの部員がいったい誰なのか見当がつかないのよね。聞いても教えてくれないし、ちょうどいい機会だと思うわ」

「なにがですか?」

 神崎がおずおずと質問した。

 こちらも最後につくられたシャーロックホームズのコスプレを着こんでいる。あまり似合ってはいないが、本人は上機嫌だった。

「怪盗同好会のやつらを片っ端からつかまえて面子を暴いてやるのよ。そんでもって写真同好会の連中に頼んで学校中にばらまいてやるんだから」

 いきまく会長。

「なんでみなみは向こうの会長と知り合いなんだ?」

 副会長が訊いた。

「ちょっとした腐れ縁でね。何度か激闘を繰り広げたものよ」

 しみじみと語る会長の顔を、咲の冷たい視線が撫でた。

「どうして独断で決めちゃうんですか、そんな大切なこと。文化祭の披露会なんていちばん重要なイベントじゃないですか」

「だからこそうちが素晴らしいアイデアを思いついてあげたんじゃない。去年とは盛り上がり方が格段に違うわよ」

「せめて相談してくれてもよかったじゃないですか」

「心外ね。こっちは数時間も悩んだあげくに、怪盗同好会のほうへ交渉をもちかけてあげたんだから」

「部室の場所しってるんですか?」

「――いや」

 咲の質問に、会長が力なく首を振った。

「探してみようとは思ったんだけど、結局どこを探しても見つからなくってね。携帯で電話しちゃった」

「ずいぶん時間がかかったと思ったら、そのせいか」

 副会長がため息をつく。

「仕方ないじゃない、あいつ場所教えてくれないんだもん」

「あいつって誰なんですか」

 こんどは結衣が尋ねた。

「うちと同学年の氷川美保

ひかわみほ

って女なんだけどね、これがまた気に食わないというか、なんというか」

「そうだったのか?」

 副会長が意外そうに眼を丸めた。

「彼女が怪盗同好会の会長だったなんて初耳だな。みなみとずいぶん仲がよさそうな印象はあるが」

「どこがよ」

 口をとがらせる会長。

 苦虫をつぶしたような表情をしている。

「あいつとは徹底的に馬が合わないのよ。だから今回という今回は公の舞台でこてんぱんに負かしてやるんだから。それでもってぎゃふん! と言わせてやらなくちゃ腹の虫がおさまらないわ」

「べつになにかをされたわけでもないだろうに」

 副会長が指先で地図をなぞった。霞ヶ丘高校の敷地は、本校舎が作られたことによって建物の占める割合が大きくなっているものの、かなりのスペースを余している。

 同好会をいくつも抱えていることからもうかがえるように、霞ヶ丘高校は県内でも有数の広さを誇るのだ。

 それゆえに文化祭も他校をしのぐような大規模なものになっている。

「うちの探偵道の行方をはばむのよ、ことごとく。だから完膚なきまでに叩きのめしてやるわ」

「具体的にはどうするんですか?」

 熱くなる会長を結衣がクールダウンする。

 おもわず握っていた拳に気づいた会長は肩の力を抜いた。

「そりゃあ、探偵と怪盗の勝負といったら、盗むか、捕まえるかの戦いよ。捕まえればこっちの勝ち、盗まれれば向こうの勝ち、それから盗まれなくても捕まえられなかったら引き分け」

 簡単な話でしょ、とウインクする。

「校内の特定個所に生徒会の用意した品物をおいてもらって、文化祭の期間中にそれをめぐって対決するの。場所は4か所。もし初日で勝敗がつかないようなら翌日に違った形式で再戦する――とまあこんな感じかしら。うちと美保は顔見知りだから初日の勝負には参加しないわよ」

「なんでですか」

 神崎がいった。

 ホームズの服装の下で、高揚したように耳を赤くさせている。

「怪盗が顔を知られてちゃ話にならないでしょ。そりゃ変装の技術も多少はあるだろうけど、それでもプロには及ばないわ」

「プロなんているんですか」

 結衣が目を輝かせる。

「どっかにいるでしょ、たぶん」

 会長がそっけなく答えた。

「やっぱり探偵と怪盗の対決っていったら、どこから誰がどんな手段で盗みに来るのかわからないのが醍醐味じゃない。それが相手の顔を知っているようじゃつまらないわ。でも、向こうはもちろんこっちの顔を知っていてもいいというルールにしたわ」

「そんなのおれたちが不利じゃないですか」

 神崎が不満を漏らす。

「そういうわけでもないのよ誠くん。こちらはどちらにせよホームズの格好をしているわけだし、目立つったらありゃしないわ。それにシチュエーション的には探偵の顔が割れている場合がほとんどでしょ」

「ああ、なるほど」

「この条件であの女を負かすことに意味があるのよ。ぐうの音も出ないほどに負けという文字を刻みこんでやってちょうだい」

「文化祭のあいだ会長はなにをしてるんですか」

 結衣が鹿撃ち帽を斜めにかぶり直す。よほど気に入っているようだ。

「うちはみんなのサポート役。陣頭指揮をとるわ。生徒会に無線を申請してあるから、たぶん借りられるわよ。なんだってやってくれるんだから、生徒会は」

 誰からも愛され誰からも必要とされる生徒会、というのが霞ヶ丘高校の生徒会のモットーである。

 霞ヶ丘高校では文化祭の実行委員はおらず、かわりに生徒会がすべての指揮をとることになっている。そのため生徒会に入るためには厳しい試験をクリアしたうえで選挙を行うのだが、内申に非常にプラスになるため、その人気は高い。

 つまり優秀な人間がごまんといるのである。

「時間は初日の12時から14時までのあいだ。その間いつでも怪盗同好会のほうは盗みにいけるし、うちらはその時間の前からでも警備につけるわ。もちろんそのつもりだけど」

「当日のこみ具合なんかも把握しておかなければならないだろうしな。当然、人が多ければ多いほど警備は難しくなる」

 副会長がそう付け加えた。

「それから場所の事なんだけど、公平を期すため前日に生徒会のほうから通達が来る手はずになってるわ。だからいまはわからないってこと」

「ある程度予測をたてておく必要はありますね」

 咲が冷静に分析する。

 ツインテールの髪がいつもより大きく見えた。

「なんせ情報が少なすぎるものですから、相手がどういう手を使ってくるのか、予想はしにくいですが対策をたてておくべきです。基本的な方針はあったほうがいいでしょう」

「そのための作戦会議なのよ」

 ようやく話が振り出しに戻ったところで、会長が校内の地図を指差した。

「ブツの置かれる可能性がある範囲は霞ヶ丘高校の敷地内ならどこでも。ひょっとしたら校庭のど真ん中かもしれないし、女子トイレの個室ということもありえるわ。ま、そこは生徒会の良識を信じるかもしれないわね」

「やつら、文化祭になるとうっ憤を晴らすようにはっちゃけるからな」

 すでに二回、文化祭を経験している副会長がつぶやいた。

「まともなところであることを祈ろう」

「ですが、あまりイレギュラーな場所ばかりを考えても仕方ないでしょう」

 本校舎の教室や廊下を指ししめす咲。

「主な場所と傾向、そして対策を練るべきです。そのためには教室、廊下、グラウンド、図書室――というあたりを警戒しておくべきでしょう。これ以外の場所はひとまず想定外ということで、前日になってから思案するべきだと思います」

「それでいきましょう。作戦がすべてを握るといっても過言ではないわ」

 会長が気合いをみなぎらせた視線でほかの部員達を見回す。表情にだすださないは別として、どの顔にも緊張感と興奮の色が浮かんでいた。

「ところで質問ですが」

 すっかり進行役になった咲がいう。

「生徒会から警備員のような人たちを借りることはできないのでしょうか。怪盗が盗みに来るという状況では、警察があちこちに立っているのが普通ですし」

「それについては美保と話し合ったんだけどね。申請したらさすがに人手が足りないからって生徒会に断られちゃった。機材はよこせども、人材よこさずって感じね。ただの便利屋じゃなかったみたい」

「そんなふうに考えてたのか」

 あわれな生徒会に、副会長が深く同情する。使役される立場同士、いろいろとわかりあえるところがあるのだ。

「いくら優秀でも文化祭中は忙しいもんだろう。毎年、鬼のような形相をしてるかネジが飛んだみたいにはっちゃけているか、というやつが多いのもそのせいだろう」

「激務ですね」

 結衣がしみじみ呟いた。

「そんなことうちらが知ったことではないわ。生徒会は生徒の下僕、とことん利用しつくしてやればいいのよ」

「そんなことをいってると、とんでもない場所に置かれかねませんよ。おれ女子トイレの警備はいやですからね」

 神崎が鹿射ち帽をくるくる指の上でまわしながらいった。どこから持ってきたのかレプリカのパイプまでくわえている。気分だけはホームズそのものだ。

「苦境をひっくり返してこそ探偵同好会というものよ。たとえ北極だろうと死守してみせるわ。それが探偵の美学であり、プライドなんだからね」

「そんなことより」

 咲が会長の言葉をさえぎった。

「現実に目を向けましょう。場所によってはひとつを捨てて他に人員を割くという作戦も必要になってくるかもしれません」

「そんなのだめよ」

 会長は頑として首を横にふった。

「完全勝利を目指すんだから」

「それならはやく対策を考えてください。まずは教室からにしましょう」

「死角は多いけど、出入り口が二か所しかないから警備はしやすいかもしれないわね。ただ教室を使うとなると、ほかの企画と相部屋ってことになるだろうから人がたくさん来ることが想定されるわ。理想は無人で見渡しのよいところなんだけど」

「なにより生徒の数が多いほどこちらは不利になる」

 副会長が補足する。

「敵の顔かたちがわからない以上、全員に気を配るのは不可能だ。なによりふつうの生徒の格好をしていると油断を招くからな。知り合いが怪盗同好会の一員だったということもありえなくはない。木を隠すなら森のなか、というわけだ」

「そんなことがあるんですね……」

 結衣がすこし宙を見つめる。

 今日までふつうに話していた友人が文化祭では敵に化ける可能性があるのだ。まるで、すごくリアルな夢を見たときのような、不思議な違和感。

「そういえばフェアじゃないからって教えてもらったんだけど――うちが頼んだわけじゃなくて、向こうが勝手に知らせてきたことだからね――うまい具合に怪盗同好会の人数も5人らしいわよ。何年生が何人いるのかはわからないけど」

「でも、向こうが一対一で来るとは限りませんよ。勝つという目的を第一にするなら、もっといい方法がたくさんあります」

「あの女は邪魔くさいけど、そういうところは正面から来るやつだから心配しなくてもいいと思うわよ。なんなら今すぐメールで約束させてもいいけど」

「会長がそういうならかまいません。いちおう指揮官ですからね」

「いちおうってなによ、いちおうって」

「言葉のままです」

 咲がしれっと返答した。

 霞ヶ丘高校は主に本校舎と旧校舎、それから野球部の部室などがあるグラウンドとそれ以外の敷地とで構成されている。探偵同好会をはじめとする同好会などの部室がそろっているのが旧校舎で、もとはHR教室として使われていたのが老朽化によってその役目を終えたという経緯がある。

 かわりに生徒の受け皿となったのが本校舎で、文化祭の主な催し物はほとんどこちらで開かれる。

 同好会のなかには部室を改造して発表の場とするところもあるが、クラス単位で行う企画をはじめとして、大部分は本校舎の教室を使うのだ。

 その理由は明快で、本校舎のほうがきれいなためである。

 廊下にあふれかえった備品や、傷んだ壁などが目立つ旧校舎は生徒が使う分には構わないのだが、来校者の眼には触れさせたくないものだ。

 そんな学校側の思惑もあって、文化祭のメインは本校舎となっている。

 グラウンドは土がまいてあるだけのいたって普通のものだが、端にはコンテナのような野球部の部室がおいてある。そこでは広いスペースを利用してダンスなどのパフォーマンスをするのが大抵で、文化祭期間中はいつも観客でにぎわっている。

 体育館も同じようなもので、なにかしらイベントが催されていることが多く、客足が途絶えることはない。

「基本的にはこちらに不利な条件だと思われます。会長がいけないんでしょうけど」

 苦言をていす咲。

「対策はそれぞれ、教室では制服姿のひとに。廊下ではとにかく全員に。グラウンドでは近づいてくる人に。体育館では死角に気をつけるというのが基本ですね」

「心配なのは誠くんと結衣ちゃんなのよね」

 会長が不安要素である二人に視線を向ける。

 どちらもきょとんとした表情をしていて、どうにも頼りない。

「なんでですか?」

「誠くんは言わずもがなの初心者で、結衣ちゃんは文化祭を経験していない。これは大きなハンディキャップになるのよ。たとえむこうに新入生がいたとしても観客に紛れ込むのは簡単。変なことをしなければいいだけの話だからね。対して守るほうはふつうのなかから不審者を見つけ出さなければならない」

「そのためには経験がものを言うからな」

 副会長が言葉を継いだ。

 神崎はひどく不満そうな顔をしている。それに気づいた会長が声をかけた。

「なによ?」

「どうしておれは『言わずもがなの初心者』で片づけられてるんですか。こう見えても観察力は養ってきたつもりですけど」

「その心意気やよし。きっちり証明してちょうだい。結果がすべての世界よ」

 あまりの興味がないふうに会長がさらっと流した。

 副会長のほうを見る。

「ベテラン有利、となると健輔がエースということになるわね、気に食わないけど。いかなる手段をつかっても勝つことが最低条件ね」

「ずいぶん厳しいノルマだな」

「負けたら坊主にしてもらうつもりだから、あしからず。部長みずから断髪してあげるから覚悟しておいてね」

「おお怖い」

 そういった副会長からは余裕が感じられる。どこからわいてきたのか自信満々のようだった。黒ぶちの眼鏡がきらりと光った。

「いやにゆとりがあるわね」

「怪盗ごときに僕が遅れをとるはずもないだろう。UFOに乗ってくるならともかく、安っぽい変装やフェイクには騙されるわけがない」

「そういってるやつほど足元をすくわれるのよね。どうしたもんだか」

「まあ、見ていろって」

 ふんぞり返る副会長。

 今日はいつにもまして偉そうだ。結衣は、副会長の鞄の口から数え切れないほどの怪盗小説が顔をのぞかせているのを見て、合点がいった。かなり研究しているらしい。期待していいものだか迷うが、先輩を信じないわけにもいかないだろう。

「結衣ちゃんは潜在能力を期待してるわよ。どんな環境であれスーパールーキーが負けるという展開はありえない。5月に見せてくれた洞察力と推理力でさくっと捕まえちゃって」

「わかりました」

 結衣の声は震えているわけでもなく、リラックスしすぎているわけでもない。

 平静を保っているという感じだ。

「咲ちゃんはいつものように冷静でいれば問題ないでしょう。手堅く勝利をもぎ取るわよ」

「あんまり油断しすぎると痛い目を見ますよ」

 咲の眼は笑っている。

「誠くんも、せいぜいがんばってね」

「……はい」

 ふてくされた神崎の声。会長のぞんざいな扱いにふてくされているのだ。

 会長は4人の部員たちの顔を見回してから、すっと右手を差し出した。

 その手に結衣の掌がかさねられ、副会長と咲の重みが加わり、最後に神崎の大きな手がそっとのせられた。

「ファイト!」

『オー!』

 元気な声が、小さな部室に唱和した。

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