探偵たちの作業場
文化祭も押しせまった一週間前になると、にわかに学校中が騒然としはじめる。あちこちの同好会だけでなく、クラスごとの企画があったり、文化部などは唯一の発表の場だったりするところもある。
それにともなって放課後の遅くまで居残って文化祭の準備をする生徒も増えてくる。
授業がなくなり、文化祭の準備に専念できる日までにはまだ数日があるが、探偵同好会の部室でも黙々と作業が行われていた。
「…………」
沈黙のなかで、ときおり副会長がワープロのキーボードをたたく音と、裁断ばさみが布をたちミシンが駆動する軽快なリズムがなっている。
誰もしゃべらない。口を開く余裕がないのだ。
五人分の洋服――もとい、衣装を作るのには研ぎ澄まされた集中力と、迅速な作業が求められる。シャーロックホームズを模したインバネスコートと鹿撃ち帽という特殊な洋服を縫うのにも時間がかかり、〆切を翌朝にひかえた漫画家の作業場のように張りつめた空気が流れていた。
結衣と神崎が寸法を測り、それに見合ったサイズに布地を切りだしていく。
慣れた手つきでミシンを扱うのは咲と会長で、副会長は家から持ってきたノートパソコンをにらみつけている。そんな光景が数日前から継続していた。
活動が終わるころにはみなくたくたになって、口をきこうともしない。
まるでハードな合宿を終えたばかりの運動部みたいなありさまだった。
「一着、あがりです……」
か細い声で咲が報告する。
会長は出来上がったばかりのインバネスコートをチェックすると、大きく息を吸い込んだ。
「みんな、休憩するわよ」
はーい、という乾ききった声がして、いっせいに倒れ込んだ。
「結衣ちゃん、すごく似合ってるじゃない」
完成したばかりの衣装をまとった結衣を見て、会長が歓声をあげた。
シャーロックホームズと呼ぶにはすこし頼りない気もするが、結衣の容姿がいいのもあって様になっている。
「そうですか」
結衣がはにかむ。
「写真同好会に行って写真集を作ってもらおうかしら。一部800円くらいなら黒字になるわよ、きっと」
「言っておきますけど探偵同好会ですからね」
咲がくぎを刺した。
通販などでホームズの衣装をまかなおうと思っていたのが思いのほか高価で、自作せざるを得なかったのである。それでも生地をそろえるために相当な出費があり、財政は苦しい。
会計担当の咲としては渋い顔だ。
「わざわざ衣装じゃなくても、イベントは成り立つんじゃないですか」
という苦言は、
「そんなの盛り上がらないじゃない」
という会長に一蹴されている。
「向こうが変装してくるのは目に見えてるんだから、こっちもコスプレで対抗しなきゃだめでしょ」
「やっぱりコスプレになるんじゃないか」
副会長がため息をついた。
パソコンの画面を見つめすぎたせいで目が充血している。パンフレット用の原稿をかくので苦労しているのだ。
草案をつくっては会長のもとへはこび、ボツにされる。重い足取りでふたたびパソコンの前へ戻り、また原稿を練り直す――という繰り返しだった。
「これなら探偵同好会っぽくっていいでしょ。ホームズ以外じゃちょっとマイナーで分かんない人も多いだろうから、他の名探偵のコスプレができないのは残念だけど。明智小五郎とか、ポアロとか、三毛猫とか、赤い蝶ネクタイと伊達眼鏡とか」
「たしかに名探偵ではあるけどな」
なにか違うものも混じっているような気がする。三毛猫とか三毛猫とか三毛猫とか。
「それにメイドやなんやだと恥ずかしいけど、ホームズなら気兼ねなく着られるしね。文化祭中ならさほど違和感もないでしょ」
「いいですね。おれもはやく着てみたいなあ」
レギュラーのユニフォームにあこがれる補欠部員のようなまなざしで、神崎が結衣を称賛する。
ほおを赤くする結衣。
「慣れるのにちょっと時間がかかるかもしれないです。なんだか不思議な気分です」
「その格好で登校したらどうかしら」
会長がいじわるな提案をする。
だが意外にも、結衣は名案だと思ったようだった。
「いいですね! わたしシャーロック・ユイに改名して学校に来ることにします」
「いや、それただの中二病だから」
からかったつもりが真に受けられてしまい、気まずそうに会長がつっこむ。
結衣は残念そうに首をひねった。
「そうですか?」
「制服以外で学校来ちゃダメでしょ」
「警察に補導されるかもしれませんね」
咲がいう。
「名探偵なのに警察に捕まるなんてへんですよ」
「いや、結衣ちゃんのほうがへんだから」
会長の的確な反論で、わずかな休憩時間はまくを閉じた。
「あとは誠くんのぶんだけが完成してないからね。もし作れなかったら、まあ、仕方ないってことで」
気合いを入れ直すために会長が声をかける。
「なんでおれのだけやる気がないんですか」
「だってもう疲れたじゃない。いざとなったらワイシャツをもみくちゃに丸めて、ヘアアイロンをやたらめったらにかけて金田一耕助になってもらうから」
「あと一週間もありますし、大丈夫ですよ」
「そうかしら」
会長は目を細めた。
「油断してミシンの縫い目をミスったりしちゃうかもしれないわよ」
「それって会長のせいじゃないですか」
「気が抜けてる誠くんの責任よ。だから頑張ってちょうだいね」
「……なんか納得いきませんけど、とにかく頑張ります」
神崎がワイシャツの裾をまくる。10月中旬になって、副会長がコートを着込んでいるのに対して神崎はブレザーだけで過ごしている。そのブレザーでさえ、いまはいすの背もたれにかけられていた。
「さて、あと一着、さくさく完成させちゃいましょう。その頃には健輔の原稿も完成しているだろうしね」
「鬼のように厳しい編集長がいなければな」
副会長が眼鏡をくい、と指で調整する。
「これだけのパフォーマンスをするんだから宣伝は派手にやらないと。向こうだって全力で宣伝してくるわよ」
「いいじゃないか、片方がやれば」
「いやよ」
会長の眼光が鋭くなった。
「あいつらにだけは絶対負けないんだから。あの――怪盗同好会なんてふざけた同好会には、絶対に」
自分から喧嘩を吹っ掛けに行ったのにもかかわらず、会長の鼻息は荒かった。