探偵と怪盗
ここから10月編になります。
霞ヶ丘高校には探偵同好会をはじめ、大小様々な同好会や部活が存在しており、正確な数は学校側も把握していないという。それは同好会を設立するにあたって顧問の教師が必要ないことが大きいのだが、もちろん設立のための条件もいくつか定められている。
そのひとつが文化祭での活動報告だ。
各同好会は生徒会に申告して、文化祭での活動報告を行わなければならないという一文が生徒手帳に明記されている。
そのため10月の終わりにかけて開かれる文化祭が近づいてくると、同好会の部室が並ぶ旧校舎は慌ただしい雰囲気が流れだす。
「さて――今年はどうしたもんかしらね」
放課後の部室で、ペンをくるくる弄んでいる会長と、難しい表情で眉間にしわを寄せている会長が話しこんでいる。
議題はもちろんすぐに迫った文化祭についてのことだ。
「去年と同じように適当な推理小説を紹介しておけばいいんじゃないか。毎年そんな感じだったろう」
「つまんないじゃない、そんなの」
会長がペンをいじる手をとめ、木馬で遊ぶみたいにいすを前後に揺り動かす。
プラスチックのきしむ音が周期的に副会長の耳をついた。
「せっかくの文化祭なんだから派手にやりたいじゃない? 来年の新入部員のことも考えなきゃいけないわけだし、ひとりくらいは感銘を受けて門戸をたたいてくれるかもしれないわよ」
「まあ、それも一理ある」
副会長がうんうんと頷いた。
「それで、具体的にはどうしたいんだ?」
「それが思いつかないから困ってるんじゃない」
大きくため息をつく会長。
部室には後輩たちの姿はない。活動のない日を選んでゆっくり話し合うためだ。しかしふたりだけでは良案も考え付かず、数時間ほどこうして果ての見えない会議が続けられている。
「即興の推理なんてのはどうだ。シャーロックホームズがよくやっているみたいに持ち物の記名を見て、名前をあててみせるとか」
「いまどきの人間はそうそう名前をかいたりしないでしょうが。制服姿でやってきて、鞄に思いっきりYUIとか書いてあるのなら別だけど」
「……やっぱりふたりだけで相談するっていうのが間違いだったんじゃないか。児玉くんならなにかしらよさそうなアイデアを出してくれそうだし、白谷くんだって思いもよらない名案を思いつくかもしれない。つまらない意地張るのをやめれば楽になれるぞ」
「そんなの、先輩としての面目が立たないじゃない」
リスのように頬を膨らませる会長。
副会長は肩をすくめた。ギプアップというジェスチャーだ。
「べつに探偵同好会のみんなで考えればいいことじゃないか。わざわざ隠す必要もないだろう。児玉くんは去年も一緒にやっているわけだし」
「あんなの咲ちゃんの蔵書をならべただけの図書館じゃない。今風にアレンジするなら推理小説喫茶みたいな感じだけど、そんなの流行らないわよね。せめてメイドや執事をつけるとかしないと」
そういって会長は副会長の顔をまじまじと見た。
「なんだ?」
いやな予感がする。
「――いや、やっぱり無理ね。苦情が殺到するのがオチだわ」
「失礼だな、本人の目の前で」
「結衣ちゃんなんかは美人だからメイド衣装も似合うだろうけど、健輔はギャグにしかならないし」
「そこまで言うならみなみがメイドをやればいいんじゃないか」
ぶぜんとした口調で副会長がいった。
会長の眼が冷たくなる。
「そんなことやらせたいわけ?」
「自分の後輩にやらせようとしていたじゃないか」
「変態」
「みなみだって僕に執事役をやらせたらどうだろうかってちょっと想像しただろ。それと同じだ」
「聞く耳持たないわね。たとえ理由がどうであれひとのメイド姿がみたいだなんて、裸を想像するのと同じくらいセクハラだし」
「二度目だが、自分の後輩でそれをしていたじゃないか」
「とまあ、あげ足とって八つ当たりしてみたんだけど。びっくりした?」
「いつものことだと思ったさ」
副会長がつかれたようにこめかみのあたりを押さえてマッサージする。それからくるりと首を回した。
「この案も駄目ね。ホントにどうしようかしら」
「悩んだところで仕方ないと思えてきたな。さっきみたいに話があっちこっちに飛躍するもんだから」
「あら、怒ってるの?」
「そういうわけじゃない。明日が見えないだけだ」
「夜の12時を過ぎれば明日になるわよ」
「仮にそうだとしても夜明けはこないな」
「まったくつべこべと」
会長がいじっていたシャーペンを床に落とした。かがんでそれを拾うと、テーブルの縁から顔をのぞかせる。
「うちのメイド姿見たかった?」
「はい?」
「健輔がどうしてもというのならやってあげてもいいけど」
「……なにか裏があるだろ。それに僕はコスプレに興味はない」
「あらそう。食いついてくると思ったんだけど」
会長が残念そうにいすに座り直す。
「変装ならともかく、コスプレなんて探偵同好会には関係ない。客は集まるかも知れんが」
「なんで変装が関係するのよ」
「探偵の宿敵はいつだって完ぺきな変装をしてくるものさ。そのくらい小説の基本だ」
「――そうね。いいこと思いついたかも」
会長は不敵に笑みを浮かべると、ゆっくり立ち上がった。かばんも持たないまま部室のドアへ近寄る。
「帰るのか?」
驚いたような声で副会長が背中ごしにたずねた。
「そんなわけないじゃない。ちょっと交渉をまとめに行くのよ。あっちも忙しいだろうし、ことは急がなきゃ」
「僕も一緒に行こうか」
腰をあげかける副会長を、会長はやんわりと制す。
「健輔、怪盗同好会っていうのがあるの知ってる?」
「聞いたことはあるがな。具体的に誰がいるのかはさっぱり」
「運のいいことにそこの部長と友達なのよね。誰とは言わないけど。この前話してるときに一度でいいから真剣勝負をしてみたいねってことになったんだけど――」
会長がニヤリと笑った。
「――今がそのときかもしれない」
会長が部室を出ていくと、副会長はひとり取り残された。ひどく静かだ。そして、のどかだ。
だがどういうわけか落ち着けない。変な緊張感が部屋に満ちている。それが嵐の前の静けさであることを、副会長は知る由もなかったのだ。
またちょっと文体が変わった気がします。
でも、個人的にはこちらのほうが好きなので、いまのままで書いていこうと思います。
ほかの章よりも長くなりそうです。