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ストーカー犯

「――最近ストーカーの被害に遭っているみたいなんです」

 神崎がそう切り出したのは、よく晴れた9月のことだった。

「ストーカー? 気のせいじゃないの?」

 会長が顔をしかめて問いかえす。あまり気分のいい話ではない。

「おれも最初はそうかなって思ってたんですけど、いつも知らない人につきまとわれているような気配がしたり、いつの間にか学校の机に置いておいたものの配置が変わっていたり、撮られた覚えのない写真が落ちていたり……ってことがあって」

「でも確固たる証拠はないわけね」

「そうなんです」

 神崎がため息をつく。

 長い夏休みが終わりをつげ、新学期をむかえてようやく休みボケが抜けてきた頃だ。そうはいっても残暑は厳しく、まだ夏の雰囲気が残っている。

 長い休みがあると、学校という空間が非日常になってしまうことがあるのだが、再び授業がはじまると自然に元通りになっていく。

「犯人の目星はつかないの?」

「ぜんぜん」

 首を横にふる神崎。会長はあごに手をあててふーむと考えこんだ。

「つけられてる気配があるのなら逆に待ち伏せて捕まえちゃえばいいのに」

「相手が刃物なんかを持っていたりしたら危ないじゃないですか。それにまだストーカーをされていると決まったわけでもないですし」

「ヘタレね。体つきは悪くないくせに」

 会長がやれやれといった視線を神崎へ向ける。

「健輔なら返り討ちにされそうだけど、誠くんなら大丈夫なんじゃないの?」

「いやですよ。怪我したくないですし」

「そんな弱腰じゃ犯人を追いつめたあと、逆切れされて殺されるわよ」

「会長だって得体のしれないストーカーは怖いですよね?」

「うちは平気よ。合気道は黒帯だし」

「ほう?」

「健輔は黙ってて。とにかく、ストーカなんて根暗なものはこっちから出向いてやればいいのよ。そうすれば万事解決なんだから」

「そういうもんですかね」

「そういうもんよ」

 胸を張ってふんぞり返る会長。

 神崎は内心で、相談する相手を間違ったかな、と思う。

「副会長、相談があるんですが……」

「ちょっと誠くん、それどういうこと」

「まさか立ち向かっていけという回答を得られるとは予想していなかったもので。参考にならなそうなので副会長にも話したほうがいいかな―、と」

「いいかなー、じゃないわよ。人がせっかく親身になってやっているっていうのに」

 腕を組んで憤慨する会長。

 そして部室のすみからホワイトボードを引っ張ってくると、黒のマジックで文字をかこうとしたがインクが切れているらしく、かすれた線しか出て来ない。

「咲ちゃん!」

「新しいマジックならそこの戸棚にはいってますよ」

 咲が本から顔をあげずにこたえる。いま読んでいるのは図書室から借りてきた古い推理小説だ。表紙には昭和時代の看板にあるような主人公が描かれている。

 会長は棚から取り出したマジックのビニールを勢いよくはがすと、ペン先を神崎につきつけた。

「チキンな誠くんに代わってうちらがストーカー犯を捕まえてやろうじゃないの。ただし探偵同好会らしく待ち伏せや強引な行動はなしということで!」

「ありがとうございます、会長!」

「誠くん、うちは会長じゃなくて部長だからね」

「わかってます会長」

「…………」

 会長はしばらく複雑な表情でまっ白なホワイトボートを見つめていたが、やがて気を取り直したように口を開いた。

「もう一度聞くけど犯人に心当たりはないんだね?」

「はい、まったく」

「よく女性がストーカーに会うっていうのは聞きますけど、男の人がされるっていうのは珍しいですね」

 ホワイトボードが用意されるなりウサギのような俊敏さで神崎のとなりにもぐりこんだ結衣が、楽しそうにいう。

 他人の不幸を喜んでいるのではなく、事件が起こったことがうれしくてたまらないのだ。

「そうそう。振られたんだけど諦めきれなくてストーカーになっちゃう人とかいるよね」

「素敵ですよね。純愛です」

 結衣がうっとりした瞳を宙に浮かべる。

「すこしちがう気がするんだけどな。まあいいや。大事なのは誠くんだ。最近誰かに告白されたなんてことは?」

「いえ。この前まで夏休みでしたし」

「ついでに聞くけど誠くん彼女いないの? そのルックスなら引く手数多でしょうに」

「そうでもないですよ。おれなんて大したことないですし」

 神崎が照れくさそうに頭をかく。否定してはいるが多少は自分の容姿について自覚しているのだろう。

「神崎先輩カッコいいですもんね」

 結衣が遠慮なくいう。

 憧れや羨望などの響きはまったく含まれていなくて、純粋に事実を述べたという感じだ。

「咲ちゃんもそう思うよねー」

 会長が静かに読書にいそしんでいる咲に話題を振るが、

「副会長のほうが男前ですよ」

 という皮肉で返すあたりは慣れている。

 男前と評された本人の鼻孔が、すこしだけ誇らしげに膨らんだ。

「お世辞だってわかってる?」

「分かってるさそれくらい」

「そう。それならいいんだけど」

 しっかり釘を刺してから会長がホワイトボードに向きなおる。

「彼女はいない――と。……ひょっとすると男色の線もあるかもしれないわね」

「ホモってことですか?」

 結衣が聞く。

「近年は性がオープンになってきてるからね。誠くんを好きになった男子がいても不思議じゃない」

 真剣な表情でうなずく結衣と会長。

 神崎は頭痛がしてくるのを感じた。

「容疑者の範囲が広がっちゃいましたね」

「仕方ない。誠くんだもの」

「神崎先輩ですものね」

「男もありよね」

「ありですね」

 勝手にふたりで話を進めていく。これでは推理が明後日の方向どころか月あたりまで飛躍しかねないと神崎が会話をさえぎった。

「どうして女子という方向を疑わないんですか? それ以前にどうして恋愛がらみと話がきまっているんですか? 他の可能性もありますよね」

「そりゃあ――女の勘というやつかな」

「ですよね」

 野次馬根性とも言いかえられるんじゃないだろうか。サスペンスドラマを見せたら案外ハマりそうな気がする。その素質は十分にあるはずだ。

 咲と副会長が会話に参加してこないのが唯一のなぐさめだろうか。

「誠くんはなにが原因だと思ってるのさ。うちらの貧相な想像力じゃ恋愛沙汰しか思い浮かばないものでね。教えてくれるとありがたいかな」

 会長がニヤつきながら質問する。どうせ答えなど返ってくるはずがないとたかをくくっているのだ。事実その通りなのだが。

 神崎が頭を抱えて悩みだす。

「あんまりに成績がいいものでひがまれたとか」

「自虐ネタはいいから」

「……誰かと間違われているとか」

「そんなことないでしょ。ストーカーまでしているくらいだし」

「すごく奥手な女の子が定期券を拾ったんだけど恥ずかしくて声がかけられないとか」

「持ち物が動かされてた謎が解決できないでしょうが。少女漫画でも読んでたの?」

「…………」

 辛らつな言葉に黙り込む神崎。

 どうしてストーカー被害について相談したのに自分が責められなければいけないのだろうか。

 助けを求めて副会長に視線を送るが、なぜか部室に持ち込んでいるプラモデルを作るので忙しそうだ。おそらく戦艦なのだろうが完成した瞬間に会長の手によって破壊されそうな予感がする。

「部室で関係ないことしてんじゃないわよ」

 とかなんとか言って。

 そのときの副会長の悲しげな瞳が脳裏に浮かぶ。それは同時に、いまの神崎の瞳でもあった。

「事件は解決してくれるんですよね?」

「たぶんね。ストーカーはどっちかというと探偵よりも警察の仕事だとは思うけどさ」

「わたし頑張ります!」

 と結衣が元気な声を張り上げる。

 やる気も実力もあるのは結構だが、かなり天然なところがあるので間違った方向へ直進して行ってしまったときがすこし怖い。最悪の場合、神崎が犯人に仕立て上げられることもありえる。

「さっそく張り込んで来ましょうか」

 いきり立っている結衣を会長がなだめた。

「まあまあ落ち着いて。うちらは犯人の姿を見ることなく特定しなきゃいけないんだからね。それがルールだよ」

「はーい」

「まるでゲーム感覚ですね」

 という精一杯のいやみは、会長に通じないみたいだった。華麗にスルーされる。

「探偵同好会としてはこんな簡単な事件じゃ申し訳ないくらいね。答えは決まったようなものだし」

「だったら早く解決してくださいよ」

「ちょうど暇だったところだしね。本格始動と行きますか」

 会長がバン、と長テーブルをたたくと、反対側にいた副会長のプラモデルが反動で床に落ちていった。あーあ、可哀そうに。


9月編になります。

いろいろ文体が変わったりしているのには目をつぶってください。

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