学校の怪談
いちおう怖い話がメインとなっております。
作者の技量がアレなので何とも言えないですが、怪談などが苦手という方は気をつけてください。
「とある中学校に、動物嫌いで有名な理科教師がいた。彼は校内にはいりこむ動物を片っ端から捕まえては、そのつど殺していたという。殺した動物は骨格標本にして理科室にかざり、入りきらないぶんは学校の敷地に大きな穴を掘って埋める。そんな重度の動物嫌いの教師が、ある日突然神隠しにあったように消えてしまった。前日まではなんともなかったのにまるで祟られたかのように忽然と姿を消した。それ以来、校舎内ではなぜか動物の鳴き声が聞こえてくる。犬や猫、鴉、教師に殺された動物たちの恨みがましい声が廊下をこだまするんだ。その証拠に学校のあちらこちらに神社にあるようなお札が大量に貼られ、トイレの鏡も外されている。お札はもちろん動物たちの怨霊を鎮めるためのもので、トイレの鏡は幽霊が写らないようにということだ。――そんな話が、まことしやかに先輩から後輩に語り継がれている。そのたびにちょっとした騒ぎが起こるんだが、みんな信じてはいない。トイレの鏡は校内暴力が激しかった時代にどうせ壊されるのならということで外したものだったし、理科室にある骨格標本も業者から購入したものだ。動物の声を聞いたというのも、おそらくは多感なお年頃の中学生にありがちな思いこみの類じゃないかということだ。
だが、そのなかで唯一気味が悪かったのは教室とかに貼ってあるお札。よくわからない漢字なんかが書いてあったり、いろいろ図形みたいなものが印刷してあるものだ。それが学校中のいたるところに――それも、体育館の更衣室のロッカーの奥の目立たないところだったり、明らかに脚立を使わなければ届かないような階段の裏のすみとかに貼ってある。たまに誰かが悪戯をして剥がしたりすると、必ず次の日には元通りになっている。どんなに見つかりにくい所のお札を剥がそうと、絶対にその翌日には貼り直されているんだ。
それがあまりにも不自然で気味が悪いということで、ある生徒が先生に真相を確かめに行ったんだ。そんな話はまったくの出鱈目だって言ってもらいたかったんだな。その先生はその中学出身で、行方知れずになった理科教師がいたころに在籍していたこともあってオリジナルの話を知っていた。その中学は新しく作られた団地にともなって創設された学校で、人が住みはじめたばかりだったせいか野良猫や野良犬がたくさんいたそうな。そして創立時からいた教師はほんとうに動物嫌いで、しかも本当にある日突然いなくなってしまったのだという。
この話が何十年も語り継がれてきたのは毎年のようにうるさいくらいの動物の声が聞こえるからだそうだ。どこかで鴉が鳴いていたとかいうレベルじゃない。何十匹もの動物たちが帰る家を探しているのか、殺されたときの悲鳴なのか、それとも自分を殺した相手を呪う声なのか。とにかく異常なくらいの鳴き声がする。そのなかには微かに「たすけて」という人の声もまざっている。だから動物の怨霊を祓うためあちこちにお札が貼られているんだ」
副会長がゆっくり話しおえると、電燈の代わりにすえられたろうそくの灯がゆらりと揺れた。
風鈴とかき氷のよく似合う季節になると、太陽のひかりもじりじりと肌を焦がすようなものになって、夏なのだということを身に染みて感じさせられる。青空はいつもよりもずっと濃さを増し、まるで海がひっくり返ったみたいに広く、深い。
霞ヶ丘高校の旧校舎にある探偵同好会の部室には、運動部の元気なかけ声が届いてくる。ぐるぐるとメリーゴーランドのようにグラウンドをまわっている運動部の部員たちは汗を流し、つらそうな表情をしていた。
夏休みは運動部にとってかっこうの練習時である。
そうはいっても室内でいつものように集まっている探偵同好会の面々はそれが夏であろうと冬であろうと関係なくて、会長の食べるおやつがたくさんのアイスに変わったくらいだ。
「大変そうですねー」
神崎が部室の窓からグラウンドを見下ろしていった。
「中学のころからずっと運動部だったもんで、きつい練習が当たり前でしたから、こんなにのんびりした夏は初めてなんですよね。去年はちょうど大会の真っ最中だったし」
「神崎先輩は野球部だったんですよね」
結衣が神崎の背中に問いかけた。
「そうだよ。けどその大会でひじをやっちゃってね、しばらく落ち込んでいたところを会長に見つけてもらって探偵同好会にはいったんだ」
「誠くーん、うちは会長じゃなくて部長だからねー」
部室の中央におかれた長テーブルに足を投げ出している会長が、うちわを力なくあおぎながら訂正した。脱力しきった四肢はまるでしぼんだ風船のようだ。
そのそばには派手に彩られたアイスの包装が散らばっている。すべて会長が食べてしまったものだ。
「元気ないですね、会長」
自分で持ってきた小型扇風機を首元においた咲がいう。
咲の手にはホラーを売りにした怪談推理小説がにぎられている。
「暑いからねー。咲ちゃんはひとりで涼しいだろうけど」
「すみません。ひとり分しか家になかったもので」
「それはそうと、その扇風機を先輩にゆずる気はないのかしら」
「先輩は涼しそうなうちわをもっていますから」
会長のうちわには花火をイメージした写真が印刷されている。よく駅の前などで配っている無料のものだ。そのほかにもいくつか会長はもらってきた団扇を部室にストックしていて、気分によってそれらを使い分けている。
「会費でクーラーを買えばいいんじゃないか」
結衣といっしょに宿題を広げている副会長が提案するが、本から視線をあげた咲にひと睨みされて首を引っこめる。
「どこにそんなお金があるっていうんですか。ただでさえもろもろの雑費で苦しいんですから馬鹿なことを言わないでください」
会計担当の咲がくぎを刺す。
「それから神崎もはやく宿題にもどる。いつまでもサボってると終わらないよ」
「はーい」
気のない返事をして、神崎が結衣と副会長のあいだの席に座る。
三人の目の前には山のように宿題が積まれていて、それを少しずつ減らしているところだ。夏休みに入ってからしばらく、同じ光景が続いている。
「そんな宿題なんて初日にとっとと終わらせたらいいのに。うちを見習ったら?」
「みなみのように、徹夜してまで宿題を片付けようとは思わないからな」
「甘いこといってるから宿題のひとつも終わらないのよ。根性たたき直したほうがいいかしら」
会長が大きな欠伸をした。
伝染するように、宿題にとりくんでいる人たちも欠伸をしはじめる。
ほとんど無風だった部室に、そよ風のような生ぬるい風が吹き込んでくる。その風にかすかに髪をたなびかせながら、会長がむくりと上体を起こした。
「合宿しよう。そうだ、それがいい」
「合宿ですか?」
咲が問いかえす。
「去年はやってなかったような気がしますけど」
「だから今年からやるの。たしか書類にいくつかハンコとサインをすればいいんだったわよね」
「はい。会長と副会長の承諾、それから学校側への報告があれば」
「じゃあ今すぐ書類作成にとりかかってちょうだい。健輔とうちは明日サインするから、今日中に話を通しといてね。合宿やるならはやいほうがいいだろうし」
「そうですか」
咲は書類の詰まった棚の底から一枚の紙をとりだすと、ボールペンで必要事項を書き込みだす。
「なんでまた急に合宿なんてやるんだ」
副会長があっけにとられて言った。
「いいじゃない、どうせ宿題くらいしかやることがないんだし」
「それはそうだが、なにをするっていうんだ?」
「そうね――」
会長がニヤリと笑った。
「怪談でも話しましょうか」
翌日は、忙しかった。
もともとあまり広くないスペースに、テーブルや棚が所狭しと置かれている部室であるからそのままでは5人が寝られるような隙間はとてもない。だから寝袋をならべられるだけの空間をねん出するために、季節はずれの大掃除をしなければならなかったのだ。
床には埃がつもり、寝転がっただけでぜんそくを起こしそうなくらいだ。
会長と副会長が必要な事項を書類に書き込んでいるあいだ、咲や神崎たちは雑巾がけをしていた。
もちろんスカートの下にはジャージを着ているのだが、夏場ということだけあって非常に暑い。探偵同好会には不似合いなほど汗をかいた結衣は、熱中症になりかけて廊下で休んでいる。
途中で仕事のなくなった副会長が咲に指示されながら高い場所の掃除をはじめる。窓は全開にしてあるのだが、空中に綿ぼこりが舞っていた。
「お疲れさーん」
ようやくのことで掃除が終わり、見違えるように綺麗になった部室が完成したのは、夕暮れのころだった。
会長がねぎらいの言葉をかけながら、どこで買ってきたのかラムネのビンを配る。
「いやー、綺麗になるもんだねえ」
「定期的に掃除をしないからですよ。いったい何年分の埃がつもっていたことやら」
咲が愚痴る。神崎もそれに同意しうなずいている。
「うちが入部してからまったくやってないから、少なく見積もっても2年半分くらいはあるかな。本当にごくろうさまって感じだね」
会長がラムネを飲みながらいう。ビンに閉じ込められたビー玉がからからと音をたてた。
「それで、合宿はいつやるんですか?」
ひと息にラムネを飲みほした神崎が聞く。白いポロシャツは途中、汗で透け過ぎてしまって体操着にかけられている。そのシャツはいまも窓際でハンガーにかけられながら干されているところだ。
「明日は部活がない日だから、明後日の夕方に集合してからその翌日までということにしようかな。メインはもちろん怖い話だからね。結衣ちゃん、怖い話は平気だよね」
いちばん不安要素のある結衣に尋ねる。
「わたしは大丈夫です。昔からそういうの得意なもので」
「よし。その他は知ったこっちゃないから、ひとり一つ以上は必ずとっておきの話を用意して来るように」
「久しぶりに僕の出番がくるみたいだな」
オカルトや超常現象が大好きな副会長が眼鏡を光らせながらいった。普段よりも数倍、生き生きとしているように見える。
「しばらく怪談を語る機会なんてなかったから、ストックがたまっていたところだ。児玉くんが泣いて震えるくらいのものを用意してこようじゃないか。平生のうらみ、ここで晴らさずいつ晴らす」
「あー、頑張ってください」
手をひらひらと振る咲。
副会長がキッと睨みつけるが、その口元は薄笑いを浮かべている。
「夜の学校は想像以上に怖いものだ。それを思い知るがいい」
「副会長、顔がちょっと怖いです」
神崎の言葉は、本人には届いていないようだった。
合宿の日は朝からめずらしく、しとしとと雨が降っていて、どんよりした曇り空が空を覆っていた。ノックをするような音が周期的に閉め切った窓をたたいている。
会長と副会長の持ってきた5つの寝袋が床にならべられ、まんなかにあるろうそくを囲むように配置されている。
消灯時間をすぎ、明かりの消えた校舎は暗いという程度のものではなく、完全な闇に包まれていた。そのなかで、ろうそくの頼りなげな灯だけが儚げにゆれる。
吹けば消えてしまいそう。
耳が痛くなる静寂のむこうで雨滴の音がこだましている。
ろうそくを囲んだ寝袋のなかで、副会長がおもむろに口を開いた。
「合わせ鏡というものがあるのは知ってるかな。その名の通り、鏡を二つむかい合わせたものだ。鏡は本来、自分の正面だけを写しだすものだが、場合によっては背中を見たいということもある。そんなときに使われるのが合わせ鏡なわけだ。けど、すこし考えてみてほしい。鏡同士を向かい合わせるとそこに写っているものはいったい何なのか。片方の鏡に映ったもう片方の鏡が、また鏡を映す。鏡のなかに鏡が写り、そのなかにまた鏡が映る――という具合に、鏡は無限に鏡を映している。両方の鏡には無数の鏡が写っている。鏡かがみカガミ。その果てにはいったい何があるのだろうか。鏡か、それともほかの何かか。僕にはわからない。ひょっとしたら悪魔かもしれない。
それは僕らと同じ、高校三年生のある生徒の身に起こった出来事だ。受験も差し迫った12月のこと、教室でふたりの生徒が話していた。よくある都市伝説の類だけど、その学校の体育倉庫には布をかけられた合わせ鏡がおかれていて、鏡の間に立つと鏡のなかから無数の手が伸びてきて引きずり込まれてしまうという話だった。過去にも何人もの生徒がその鏡に消されていて、鏡から出てくる無数の手はその生徒たちが不幸な仲間を増やそうとしてやっていることなんだと。
その話を聞いた生徒はもちろん信じなかった。だが、本気でその話を信じ込んでいる友人と口論になり、ある夜実際に確かめることになったんだ。迷信に決まっている。そう思って深夜の学校にむかうと校門で友人が待っていた。なぜかリュックサックを背負った恰好で。不思議に思った友人が問いかけると、ああ、とか、うん、とか返事になっていないような返事ばかり。どうにも様子がおかしい。その友人は足取りもおぼつかないまま校舎のなかへはいって行く。まるで手繰り寄せられるように。あわてて彼を追っていくと真っ暗な体育館があった。こっそり鍵を開けておいた窓から体育倉庫に侵入すると、合わせ鏡にかけられている布をとった。鏡は呪われているみたいに薄気味悪い。夜の学校ということもあっていくら迷信だと思っても恐怖心がうかんでくる。それに友人の様子も変だ。ふらついた足取りのまま鏡のあいだへ引き寄せられていくとしゃがみ込んでしまった。すこししてから友人の視線が不自然なことに気づいた。さっきからまるでなにかを凝視しているように動かない。大丈夫か、と声をかけようとしたとき突然友人が狂ったように絶叫し出した。それなのに友人は叫ぶばかりで逃げ出そうとしない。必死に手足をじたばたさせている。それがまるで鏡のなかから出てきた無数の手によって全身を掴まれているみたいだと気付いたその生徒は友人をおいて逃げ出した。そのまま留まっていたら自分まで鏡のなかへ引きずり込まれてしまうような気がしたんだ。体育倉庫を飛び出す。心臓は壊れたように鼓動している。校門を過ぎてからようやく友人のことが心配になった。あいつは大丈夫だろうか。助けにいったほうがいいんじゃないだろうか。そんな思いが鎌首をもたげてくる。恐るおそる確認にもどると、そこには誰もいなくて布のとれた鏡だけが残っていた」
ふと部室の窓があいているような気がして振り返る。だが窓は閉まっていた。
「次の日には友人が平気な顔で登校して来るんじゃないかという淡い期待はかなわなかった。友人が行方不明になったまま数日が過ぎ、その生徒は鏡を見るのさえ怖くなった。そこから得体のしれない腕が伸びてくる気がした。だが受験前の大事な時期に学校を休むわけにはいかない。次は自分が襲われるのではないかという恐怖におびえながらも学校に通う日々。勉強も手に付かない。しかし一週間がたち、登校してみると体育倉庫のあたりが騒がしい。震える足でそこへ向かうとぼろぼろになった友人が、割れた鏡のあいだにしゃがみ込んでいた。失踪したときとまったく同じ格好で。あとから聞いた話だと行方不明になっていた間の記憶はないらしい。だから友人は自分の腕についた無数のあざを不思議そうに眺めていた……」
夜も深まり、副会長の話も幾つか目になった。
口には出していないが神崎と咲の顔色は良くない。正反対に元気そうなのは会長と結衣である。副会長にいたっては水を得た魚のように元気だ。
ただ、ムードを出すためにいつもよりずっと低い声で喋っている。そのたび中央のろうそくが消えてしまいそうになる。
「いやーゾクゾクするねえ」
合宿という名の百物語を提案した会長が笑いながらいう。
「こういうときに健輔は役に立つからね。ほんとにイベント向きの男さ」
「今日ばかりはなんとでも言ってくれ。非常に気分がいい」
「結衣ちゃんも平気そうだね」
会長が平気な顔をしている結衣を見ながらいう。
「すごく楽しいですよ」
結衣がこたえる。
「怖くないの? 今のも相当ホラーだったと思うんだけど」
「そうですね――でも、これは論理的に説明がつきますから」
「いやあっけからんと言ってのけたけど、結構すごいこと口にしたね。説明してもらおうか」
「はい」
会長のリクエストにこたえて結衣がうれしそうに話しだす。
「この事件――キーは彼らのおかれた状況にあります。彼らは受験生だということを念頭に考えれば、自然と真相は見えて来ると思います。副会長、勉強は好きですか?」
「大嫌いだ」
「即答ありがとうございます。わたしもそうです。きっとその友人も受験のプレッシャーに悩んでいたことでしょう。逃げ出したいとも思っていたはずです。でもそんなことはできない。たとえ逃げ出したとしても内申に傷がついてしまう――。そこで考えました。合わせ鏡に引き込まれたことにして行方をくらましてしまえばいいのではないだろうか。こんな受験から逃げ出してしまえ……まあ、こんなところでしょう。話をもちかけて一緒に確かめさせたのは証人を作るためです。いきなり失踪したのでは意味がありませんからね。演技も手が込んでいます。きっと何回か練習したんでしょうね。どんな人間でも夜の学校なんて怖いものです。それなのに平然とピエロを演じられるのですから、きっと慣れてしまうくらい学校に忍び込んだのだと思います。そして生徒を怖がらせて体育倉庫から追い出し、まんまと自分は逃げおおせたわけです。ですが途中で受験をやめてしまうことが怖くなって、戻って来たのでしょう。つじつまを合わせるために合わせ鏡を割って。きっと学校側もへんなうわさを立てられたくないので、あまり言及はしなかったことでしょうし」
「……そういうことか」
副会長が感嘆のため息をもらす。その隣では会長もおどろいたように目を見開いている。
「まさか怪談話まで事件にしちゃうなんて。ほんとに探偵の鏡みたいな後輩ね。これだけでも合宿をやったかいがあったというものだわ」
「それほどでもないですよ。この話はたまたま説明がついたというだけのことですから」
はにかむ結衣。
「……いまの話を聞いていて思ったんですけど」
咲が口を開くが、めずらしく口調が重い。まるでなにかにおびえているみたいに。
「最初に話してもらった副会長の怪談、あれってひょっとすると別の真相が隠れているんじゃないかって」
「どんな風な?」
会長が問うが、咲はなかなか喋り出そうとしない。
「……俺も、すこし気付いたかもしれません」
かわりに神崎がいった。
「めずらしいね。教えてよ」
会長が茶化すようにいうが、神崎もあまり気乗りしないようで、ためらいがちに話しはじめる。
「動物嫌いの教師ってひょっとすると動物の呪いとかじゃなく、誰かに殺されたんじゃないでしょうか。おそらくほかの教師か、校長の手によって」
「ふむふむ。それで?」
「あまりにも不自然な失踪の仕方ですし、計画的な犯行ではなかったと思います。きっとなにか口論になるなりして、衝動的に殺してしまったんでしょう。だけど遺体の隠し場所がない。そこでひらめいたのが動物たちを処分していた穴です。ここに埋めれば匂いや骨も誤魔化すことができる。動物の遺体なんて気味が悪くて掘り返す人もいない」
「…………」
「お札は事件をカモフラージュするのと、恐怖心の表れなんだと思います。ありもしない怪談に信ぴょう性を持たせれば、誰も理科教師が人によって殺されたなんて考えない。それに人を殺すというのは恐ろしいことです。いくら信じていなくても霊や祟りによって復讐されるんじゃないかと思えてくる。だからお札を張って魂を鎮めている。動物ではなく、人の魂を」
ひょっとすると、どこからか聞こえてくる「たすけて」という声は本物なのかもしれませんね、という神崎の声は不思議と遠く感じた。
「――聞いてよ結衣ちゃん。うちさ、あの話のあとに夢を見たんだ。そう、怪談のあとに。当然怖い夢かと思ったらそれがまた不思議な夢でね、ぜんぜん怖くない。どんな夢だったかというと、新しい団地ができてすぐってさ、それまであった自然を切り崩して住宅をたてているわけだよ。それにともなって動物たちも住みかを奪われるんだけど、餌を求めて住宅街に下りて来ちゃうことがあるんだよね。それってすごく危険なことでさ。ひょっとしたら人間を襲っちゃうかも知れなかったり、伝染病をまき散らしたりする可能性もあるわけよ。そうすると結局その動物たちも殺されちゃう。だから電気ショックなんかで山から下りて来ちゃいけないって教えることがあるんだけど、例の動物嫌いの教師もそれをやってるのよ。はたから見たら虐待してるみたいなんだけどね。本当は動物たちのことを考えるとそれがいちばんなんだ。
でさ、その時代ってすごく学校が荒れてた時代でもあるんだよね。特に新しい環境に引っ越してきたばかりなんてみんな不安定だし。学校の備品なんかがあちこち壊されたりしてさ、目も当てられないくらいに。その痕跡を隠すのと学校が安泰することを祈って神社からお札をもらってるんだ。さすがにお札を剥がした翌日には元通りになってるってことはないだろうけど、誰かが見つけるたびにお札が新しく貼られていくわけ。ちょっと風変わりではあるけどね。
それで理科教師なんだけど、暴力の溢れる時代だったから生徒の誰かがいたずら半分で動物を殺しちゃうようなこともあったわけなんだよね。それを処分するために時々地面に埋めてやってたんだけどさ、穴を掘ってる最中に足を滑らせて怪我しちゃったんだよね。そいでしばらく入院。そのついでに暴力のない平和な学校に転勤していったって夢。
――え? 覚えてないの?」
この話に出てきた二つの怪談は、ネットで調べた都市伝説や階段をもとにしてつくったフィクションであります。
自分で怖い話を作るのはけっこうしんどいので、いろいろ検索してたんですけど、かなり怖いです。ああいう文章を書きたいものだ。
それから、本作は通じてはやみねかおる先生の作品をまねている傾向があります。あしからず。