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たくさん謎に出会えますように


 早足で進む帰路はよく晴れた空に照らされていて、背中にはうっすらと汗がにじんでいる。黒いブレザーには熱がたまりやすい。結衣の背中もまとわりつくような熱気に包まれていた。

 それでもどうにか日射病で倒れることなく無事に家にたどり着くと、制服を着替えるよりはやくリビングにあるパソコンに向き合う。

 家族共用のパソコンで、あまり性能は良くない。

 よくフリーズするのが難点だが、さほどパソコンを使わない結衣にとってあまり問題ではなかった。

「おかえり。テストはどうだった?」

「占い通りだった」

 母の問いに早口でこたえる。

 はやる心をおさえるのは難しい。

 人差し指を使うだけのタイピングはもどかしくて、すこしくらい練習しておけばよかった、と後悔する。

「えーっと……」

 まずは地図を検索する。

 それから近辺にある桜の名所をしらべる。『ひとつ前の季節に散った花々』というのは夏の前、つまり春の代名詞である桜のことで間違いない。

 暗号はいちどピースがはまりだすと、面白いようにすべてのつじつまが理解できるようになる。何気ない会長の言葉もヒントになっていると気付けるのだ。

 キーボードをたたきながら自然と笑みがこぼれてくる。

 これだからなぞ解きはやめられない。ジグソーパズルを完成させたときのような快感と、トランプタワーを組み立てていくときのようなぞくぞくとしたスリルがこみあげてくる。

「あった!」

 すぐに目的の地図をプリントアウトし、暗号に記された場所にマル印をつける。家からすこし距離があるので電車を使うことにしよう。その前に夕飯。ふと、神崎は大丈夫だろうかと心配になった。

「夜の10時まで」

 それを過ぎればタイムリミットだ。咲はなんとなく勘づいているようだったが神崎はどうだろう。しぶとく食い下がって意外と答えにたどり着いているかもしれない。

 会長の決めたルール通り、他人との相談はなしだ。だから神崎にメールで教えることもできない。

「…………」

 しばらく思案してからどうしようもないと悟った結衣は、夕飯ができるまでのあいだにデジタルカメラを探していた。せっかくの思い出だ、写真に収めておこう。

 カメラのレンズにうつるのが5人であるようにとベガとアルタイルに祈りながら。



 夜になるといくら7月といえどもすこしは涼しくなって、やや天頂を過ぎた半月が顔をのぞかせている。天気予報のとおり夜空はすっきり晴れ渡っており霞ヶ浦の夜景はところどころで星がまたたいているという感じだ。

 結衣は身支度をととのえ家を出る。駅にむかって歩き出す。

 ポケットには財布と小型のデジタルカメラが入っている。

 それ以外に必要なものはないだろう――答えが間違っていなければ。

 でも、その心配はしていない。会長を、なにより自分を信じているから。

 家から駅までは徒歩で10分というところだ。その途中、どこかで祭りがあるのかあでやかな青や紅の生地が織りまざった浴衣を着た人びととよくすれ違った。

 そのなかにはもちろんカップルなんかもいたりして、そのたびに会長と副会長のことを思い出す。

 幼馴染ということだったから恋人同士になれるチャンスはいくらでもあるはずだ。探偵でなくともあのふたりがお似合いなのはすぐわかる。

 空はとっくに真っ暗だというのに駅前は人工の光にあふれていてすごく明るい。

 ファストフードの看板や街灯が、これでもかとばかりに街中を照らしている。プラットホームに立って電車を待っているあいだにも目を凝らして空を見上げるが、月明かりがやっと届くくらいだ。

 電車に乗り込むと、寝過ごしてしまわないよう窓の外の景色をずっと見ていた。

「あ、結衣ちゃん」

 と声をかけられたのは、目的の駅で電車を降りてからだった。

 同じ電車に乗っていたのに気がつかなかったらしい。改札口をでる寸前で、うしろから咲の声がしたのだ。

「こんばんは」

「結衣ちゃんがいるってことはここであってるみたいね」

 咲がほほ笑む。

 いつもの隙のない制服ではなく、デニムのホットパンツにTシャツ姿の咲は新鮮だ。学校のそとで出会うといちだんと大人びて見える。

 斜めがけにしたショルダーバッグも、学生鞄とは違った雰囲気をかもし出している。

「時間は大丈夫でしょうか」

「10時までに間に合えば」

 会長が部室を去る直前に残していった時刻。それまでにはまだ十分な余裕がある。

「どうせ会長と副会長が先に到着しているだろうし、あたしたちはゆっくり行けばいいわけだし」

「神崎先輩はどうなんですか?」

「あいつは――たぶん、川沿いをずっと自転車で駆けてるんじゃない? 最後まで解けなかったみたいだけど、この付近で川といったら星合

ほしあい

川しかないからね」

「大変ですね」

「あいつにはちょうどいい運動になってるんじゃないの。体がなまって仕方ないころだろうし」

「わたしだったらいくら夜でも倒れちゃいます」

「運動しか能がないんだから、自転車を数時間こぎ続けるくらいはしなきゃだめでしょ。――神崎の家から考えて、そろそろこの辺にいてもいい頃だとは思うけどね」

 駅のすぐ前にあるシャッターの下りた商店街をぬけ、地図を見ながら星合川の河川敷にむかって足をすすめる。結衣に地図をもたせると反対の方角へ行ってしまうので、もっぱら咲が道案内を務めている。

 閑散とした住宅は、女子二人で歩くには少々さびしすぎる。

 うす暗く感じる街灯をたよりに、星合川の土手までたどり着くと、自転車のライトが目にはいった。

 ここまで来るともう人の気配はない。川のせせらぎの音が聞こえるなか、チャリンチャリンという自転車のベルが鳴らされる。

「あー、よかった!」

 神崎が疲れきった様子で歓声をあげた。

 ママチャリらしい自転車のかごからペットボトルの飲み物をとりだし、ひといきに飲み干す。かなり汗をかいているのか、シャツがぺっとり張り付いている。

「何時間走ってたの?」

 咲が冷たく問う。神崎は携帯をとりだして時間を確認した。

「ざっと3時間ほど」

「それだと家に帰ってからすぐってとこか。夕飯は?」

「途中のコンビニですこしだけ。腹が減ってしょうがないんだ」

「チョコあるけど、欲しい?」

「お願いします」

 ショルダーバッグから板チョコを探し出すと、神崎に手渡す。ついでに物欲しそうな視線を感じて結衣にもチョコをあげる。

「偶然にも三人がそろったところで、あたしにいい案があるんだけど」

 そう言って、咲が提案する。

 話をひと通り聞き終えると三人は、ニヤリとほくそ笑んだ。

季節はずれで、夏の感覚を思い出すのに苦労します。

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