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楽しい生活が送れますように

「なるほどね」

 会長が色とりどりの短冊をながめながら言った。

 まだ陽が高いので雰囲気は出ないが、短冊を飾るとだんだん七夕らしくなってきた。他人の願い事は見ないようにするのが礼儀ということで、会長もすきをうかがいつつ遠くから観察している。

 ときどき目を細めたりしながら様子をうかがっているものの、なかなか上手くいかないようだ。

「なにが、なるほどね、なんですか」

 神崎がうちわであおぎながら訊く。

「みんながどんなお願い事をしたのかと思ってさ。視力2.0のうちが見ればすぐにわかることなんだけどね」

「嘘をつけ。そんなによくなかったはずだ」

 副会長がすぐさま指摘する。

「……1.0でも充分だし」

「僕も眼鏡の補正を含めて1.2はあるが、ちっとも短冊の文字は読めない。つまりなるほどと言いながら、なにもわかっていないということだな」

「そうなんですか。よかった、おれロクなこと書いてなかったから」

 会長が小さく舌打ちする。

「僕のもあまり見られたくないな。特にみなみには。学校中をメガホンを持ちながら走り回って馬鹿にされるような気がする」

「あ、それあるかもしれません」

 神崎と副会長が笑う。結衣もつられて少しだけ笑った。たしかに会長ならやりかねない。

「なによ、失礼ね」

「あたしのは別に読まれてもかまいませんけど」

 片手に本を咲が言う。

 その推理小説はもうほとんど読み終えられていて、あとは数ページを残しているだけだった。普通よりもずっと速いペースで読み進めることができるらしい。

「なんて書いたの、咲ちゃん」

 会長が身を乗りだして問う。

 顔を動かさず、視線だけをちらりと会長へ向けて咲は

「――わざわざ教えるのもなんだか嫌ですね。というわけで秘密です」

 と言ってとりあわない。不満げな会長はこんどは結衣のほうを見た。

「結衣ちゃんは?」

「わたしもあんまり他人には教えたくないかも……です」

「なんだ、つまんない」

 赤の他人の織姫たちに平気な顔して願い事をたのむわりに、自分の周囲の人たちにはお願いを聞かれたくないものらしい。かくいう会長も結衣になんと書いたのかと尋ねられて、言葉を濁しているのだから。

「あ、そうだ」

 と会長がなにやら思い出したようにもう一枚の短冊をふところから取り出した。

 白い長方形の紙にはまだなにも文字が書かれていない。近くにあったボールペンを手に取り、くるくる器用にもてあそぶ。

「せっかく探偵同好会なんだし、うちがクイズを出してあげる。このくらいの問題はすぐに解いてもらわないとね」

「なんですか?」

 神崎と結衣が興味しんしんといったふうに会長の手元をのぞきこむ。ちょうど本を読み終えた咲も、鞄に文庫本をしまってから注意を向けた。

「ちょっとした暗号なんだけどね、個人で解いてもらおうと思って。つまり他人と話し合ったり、相談したりしてはいけないってことだからね」

 黒字のボールペンでさらさらと文章をつむぎだす。会長の字は崩してはいるが、読みにくいものではなかった。

 出来上がった暗号文をのぞきこんだ神崎が読みあげる。

「ふたつの流れが重なるとき、地上の星は現実となり――」

 そこで言葉に詰まる。

「この『鵲』っていう字はなんて読むんですか」

「かささぎ」

 会長が即答した。

「えーと、――鵲の架け橋をもって、織姫と彦星は出会うであろう。ひとつ前の季節に散った花々を目印にして」

 これが暗号の全文だった。神崎はさっぱり見当がつかないようで眉間にしわを寄せている。それはほかの会員たちも同じことで、みな一様に難しい表情をしていた。

 そのなかでひとり、会長だけがいたずらを仕掛けた子供のような笑みを浮かべている。

「さて、君たちにこの難問が解けるかな」

「かろうじで七夕関係だってことはわかるんですけど」

 神崎が頭をかきながらいった。

「それがいったいなにを示しているのかさっぱりわかんないです」

「はい。ヒントはそこまででストップね。自分の頭で考えなくちゃ面白くないよ?」

「みなみ、ひょっとしてこれは……」

 副会長がためらいがちに訊こうとするが、それを会長がするどく遮った。やけに反応が早い。それから目つきもいちだんと厳しくなっているようだ。

「言っちゃダメだからね」

「あ、ああ……」

 副会長も心なしか複雑な表情をしている。

「なんだか頬が赤くなってません、副会長?」

 咲に指摘され、あわてて顔をそむける。だが耳のはしが赤くなっていることまでは隠せていなかった。

「なにか秘密がありますね、これは」

 うすら笑いを浮かべた咲が副会長につめ寄る。いすに座ったまま後ずさる副会長はまるでハンターに追われた小動物のようだ。

「そんなにいじめないであげなさいよ」

 見かねた会長が口をはさむと、こんどは会長のほうへ向きなおる。

「怪しいですね。ふたりして隠し事してませんか?」

「してないわよそんなこと」

「だったらどうして目をそらすんですか。やましいことがある証拠ですよ」

「咲ちゃんの顔が近すぎるからでしょ。暗号が解けないからってうちに八つ当たりするのはやめてちょうだい」

「そんなことありませんよ。このていどの暗号、すぐに解けちゃうんですから。それよりも面白そうなことが転がっているもので」

「あ、わかった。会長たちこのあとデートでもするんじゃないですか。きっと二人にしかわからないようなメッセージが隠されていて、待ち合わせ場所と時間が書かれていたりして」

 サスペンスドラマ好きの神崎が割りこんだ。思考パターンが主婦に近づいて来ているのかもしれない。整った顔立ちを際立たせている両目が、きらきらと輝いている。

「どうなんですか会長」

「はっきりしてください会長」

「あーもう! 知らないから!」

 芸能人にむらがるマスコミのような後輩たちのあいだを縫って自分の鞄をつかむと、会長はドアのノブに手をかけた。

「夜の10時までに考え付かなかったら諦めて寝ることだね。夜更かしは身体によくないから」

 そして出ていく。

 遠ざかりかけた足音が途中でひきかえして戻って来た。

「うちと健輔はデートなんてしないんだからね」

 あかんべーと舌を出して去っていく会長。どうやら機嫌を損ねてしまったらしいとみて、咲と神崎は互いに顔を見合わせた。

「ちょっとからかいすぎたかな」

「会長はあのくらいじゃへこたれないでしょ」

 にべもなく言ってのける咲。その小柄な体からはちっとも反省している様子が見られない。会長の残していった短冊に目を向けると、制服のブレザーから手帳をとりだして文章のメモをする。

 この暑いなかでも霞ヶ丘高校の女子生徒のほとんどはブレザーを着こんでいる。それが校則なのだ。ちなみに男女ともネクタイの着用は強制されていないので、大事な行事があるときくらいにしか見かけない。

 男子生徒だけがブレザーを脱いでもいいというのは賛否両論あるが(女子側からはもちろん、男子側からもある)、いまのところ校則は変えられていない。

「僕も帰ることにしようかな」

 標的を自分に向けられないうちに副会長がそそくさと帰り支度をはじめる。

「暗号も解けたことだし」

「やっぱり。会長との秘密のメッセージがあるんですね」

「そんなことはない。論理的に考えればすぐに答えは浮かんでくるさ」

「ちょっとだけでいいんでヒントをお願いします副会長」

 神崎がすがりつく。

 副会長はすこし考えてから

「状況をよく考えることだね。これはある日突然道ばたに落ちていた暗号というわけではない。たまには出題者の意向を察しながら推理するというのもアリだと思うよ」

「会長のことを思い浮かべろっていうことですか」

「端的にいえば、そうなる」

「だから副会長はすぐに暗号が解けたんですね」

「さて帰るとするかな」

 棒読み口調ですがりつく神崎が引きはがすと副会長は部室を出ていった。部屋に残されたのは咲と神崎、それから黙りこくっている結衣だけだ。

 結衣は短冊に記された暗号とにらめっこをするかのように、じっと会長の手書きの文字を凝視している。そして、ろう人形かと錯覚するくらい動かない。

 完全に集中しきってしまっている結衣には声をかけづらく、自然と咲と神崎の挙動も静かなものになる。図書館にいるような静けさがやがて部室を覆った。

「……なあ、全然わからないんだけど」

 咲の耳元で神崎がささやく。

「手助けはしないから」

「たのむ。今度アイスでも奢るからさ」

 ちらりと冷たい目線をやってから咲は

「じゃあ特別に教えてあげる」

 と言った。

「この暗号はどこか特定の場所を指し示しているものだから、地図でも持ってきた方がいいかもしれない。そして今日は七夕。キーワードは流れ」

「――流れ? 流れ星かなにか?」

「最初のほうに書いてあるでしょうが。『ふたつの流れが重なるとき』って。あとは会長の言動を思い出せば、ある程度予測はつくかな」

「マジ?」

「まじ」

 うーむ、とふたたび首をひねりながら暗号文を見つめる神崎。咲は壁にかけられたアナログ式の時計を見やると、鞄を肩にかけた。

 時刻は5時30分をすこしまわったくらいだ。

 さっさと帰ろうとする咲を追いかけて神崎も急いで自分のバッグをつかむ。部室を出ようとして、ひとり残った結衣に「おつかれ」と声をかけた。

 その声で我に返ったように立ちあがる結衣に手を振ってから、神崎は駆け足で咲のあとにつづいた。

「あ……」

 気付いたら誰もいなくなっていた。

 答えはだいたい察しがついたが、細かいところは家に帰って調べないとわからない。開け放たれた部室の窓を閉めるとき、生ぬるい風がほおを撫でていった。

 まだ明るい陽ざしを背に、結衣は探偵同好会の部室の電気を消して、ドアを閉めた。

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