天才魔女が自作の恋活アプリで『理想の寄生先』を検索したら、天敵のお堅い監査官と99.9%マッチングしました
「ふふふ……あーっはっはっは! 見なさい、今日も王都のあちこちで魔力波長の恋が生まれているわ!」
王都の片隅にそびえ立つ、象牙の塔の一室。
足の踏み場もないほど魔道具のパーツや古文書が散乱する汚部屋のど真ん中で、ボサボサの金髪を乱した魔女・クロエが高笑いを上げていた。
今年で22歳。魔法省の研究開発局に所属する天才魔女にして、今王都を席巻している恋人探し魔道具『マヂマッチ』の生みの親である。
「愛なんて所詮、魔力波長の適合率と、プロフィールの条件検索に過ぎないのよ。私の作ったアルゴリズムの手にかかれば、運命の出会い(笑)なんて完全に制御可能ってわけ!」
恋愛経験=年齢のクロエは、今日もモニター代わりの巨大な水晶玉に映るデータを見てご満悦だった。
しかし、その高笑いは、背後の扉が「バンッ!」と
乱暴に蹴り開けられたことで中断される。
「……その運命の出会い(笑)のせいで、王都の治安維持局が徹夜の連続だと知ってて笑っているのか、クロエ主任」
地を這うような、絶対零度の声。
振り返ると、そこに立っていたのは魔法省の監査局に所属するエリート、レオンだった。
一糸の乱れもない漆黒の制服。銀縁眼鏡の奥で光る、神経質そうな切れ長の瞳。
規則と規律を親の顔より愛する男であり、自由奔放なクロエにとっては天敵中の天敵だ。
「げっ。レオン監査官。ノックくらいしたらどうなの」
「ノックは三回した。君が気味の悪い笑い声を上げていて聞こえなかっただけだ」
レオンは部屋の惨状を忌々しげに見渡すと、クロエの前にズンッと分厚い羊皮紙の束を叩きつけた。
「君の作った『マヂマッチ』への苦情と始末書の山だ。プロフィールを過剰に幻影加工したことによる暴行未遂沙汰が数十件。先日には、高級レストランのテラス席で『幻惑のマタタビ』が使用され、マッチング中の猫人族が発情して暴れるという前代未聞の騒ぎまで起きた」
「そ、それはユーザーのモラルの問題であって、私のシステムのせいじゃないわよ!」
「さらに言えば、この無駄なシステムのサーバー(魔力集積回路)が、王都の予備魔力をゴリゴリと食い潰している。……来月の予算会議で、君のプロジェクトの凍結を提案させてもらう」
「なっ! 凍結ゥ!?」
クロエはガタッと椅子から立ち上がった。
「冗談じゃないわ! これだけのカップルを成立させている少子化対策の要よ!? 多少のバグはあれど、私の
『魔力波長マッチング』は100%完璧なのよ!」
「完璧? 恋愛という不確定要素の塊を、数式で制御できるなどと本気で思っているのか。君のような『恋愛経験ゼロ』の頭でっかちが」
痛いところを突かれ、クロエの顔がカァッと赤くなる。
「わ、私に経験がないことと、システムの正確性は関係ないわ!」
「ほう。では証明してみろ」
レオンは銀縁眼鏡をクイッと押し上げ、冷酷に見下ろしてきた。
「そのシステムが完璧だと言うなら、今すぐ君自身のデータを入力してみろ。それで君が『運命の相手』とやらを見つけ、正常な恋愛関係を築けるというなら……予算凍結の件は白紙に戻してやってもいい」
売り言葉に買い言葉だ。
クロエは「上等じゃない!」と叫び、手元にあるマスター用の手鏡を引き寄せた。
「見てなさい! 私の超厳格な条件と魔力波長に適合する、完璧な王子様を見せつけてやるから!」
クロエは猛然と画面をタップし始める。
『条件1:私の研究を絶対に邪魔しないこと』
『条件2:三日風呂に入らなくても文句を言わないこと』
『条件3:部屋の片付けと食事の用意を全てやってくれること』
「……それは恋人探しではなく、ただのオカンの募集ではないのか?」
「うるさい! これが私の求める理想なの! そこに私自身の魔力波長を読み込ませて……実行!」
クロエが手鏡に魔力を流し込む。
水晶玉の巨大なスクリーンに、凄まじい勢いで王都中の男性データが流れていく。
条件が厳しすぎるため、弾かれるデータが続出する。だが、やがて検索スピードが緩み——。
『ピロリンッ! マッチングしました!』
『適合率:99.9%(奇跡の相性です)』
「ほ、ほら見なさい! 私の超ワガママな条件と魔力波長を完璧に満たす男が、この王都にはちゃんと存在してるのよ!」
クロエは勝ち誇ったように振り返り、レオンにドヤ顔を向けた。
しかし。
レオンはスクリーンを見たまま、完全に石のように固まっていた。銀縁眼鏡の奥の瞳が、限界まで見開かれている。
「……レオン?」
クロエがいぶかしげに振り返り、スクリーンの『適合者の顔写真』を見た。
そこには。
【氏名:レオン・クラウゼ】
【職業:魔法省 監査局】
【趣味:掃除、家計簿をつけること】
「………………………………は?」
クロエの口から、間抜けな音が漏れた。
スクリーンに映っているのは、間違いなく今真後ろに立っている天敵の顔だった。
「ちょっ、えっ!? なんであんたがマヂマッチに登録してんのよ!?」
「き、局長が『若者の流行を知るのも監査だ』と無理やり登録を……っ。ていうか、なぜ君との適合率が99.9%なんだ!? システムの重大なエラーだろう!」
「……本当ぉ? 監査局長ってあんなにお堅いのに、そんなこと命令する? 実はあんたが自分でこっそり出会いを探して登録したんじゃないの?」
「なっ、ちが、俺は断じて不純な動機など……ッ!」
図星を突かれたのか、普段は冷静沈着なレオンがかつてないほど狼狽し、耳の先を真っ赤に染めている。
クロエは半眼になりながら手鏡を操作し、「適合理由の詳細」を表示させた。
『分析結果:ユーザー【クロエ】は極度の生活破綻者であり、生存のために保護者を必要としています。一方、ユーザー【レオン】は極度の潔癖症かつ、世話の焼けるダメ人間を見ると放っておけない【重度のオカン気質】を隠し持っています。魔力波長の凹凸もパズルのように完璧に噛み合っており、魂レベルでの共依存関係が築けるでしょう』
「重度のオカン気質……」
「魂レベルの共依存……」
残酷なまでに的確な人工知能の分析結果に、二人は絶句した。
クロエは恐る恐る、隣に立つレオンを見上げる。
「そういえば……あんた、いっつも私のこと怒ってばっかりだけど。私の部屋のゴミまとめて捨ててくれるし……昨日だって、徹夜明けの私に温かいスープと毛布を置いていってくれたのって……」
「…………ッ」
クロエの脳裏に、さらに思い当たる光景がよぎる。
監査だなんだと口うるさく言いながら、クロエのプロジェクトが潰されないように、裏で書類の不備を修正してくれているのも——。
「あんた……もしかして」
クロエがじっと見つめると、レオンはバッと顔を背け、咳払いを一つした。
「……ゴホン。この99.9%という異常な数値。どう考えてもシステムのバグである可能性が高い」
「えっ?」
「よって、この適合率の妥当性を、私自身の手で『現地検証』する必要がある」
「……現地検証?」
「ああ。次回の休日に、君と俺で実地検証を行う。市街地でのデータ収集だ。……それまではバグだと断定できない以上、プロジェクトの凍結は一時保留としておこう」
公的な監査官としての建前でガチガチに武装しているが、要するにそれは。
「おいコラ待て! それって休日にデートするってことじゃないの!? ちょっと、監査官ー!?」
バタンッ!
クロエがツッコミを入れるより早く、レオンは逃げるように部屋から退出していった。その後ろ姿は、どう見ても照れ隠しで逃走する男のそれだった。
一人残されたクロエは、手鏡に映る『適合率99.9%』の文字を見つめた。
顔が熱い。心臓がうるさいくらいに鳴っている。
「……魔力波長の、スパーク……」
自身の胸に手を当て、クロエはベッドにボスンッと倒れ込んだ。
「……私の作ったシステム、やっぱり完璧すぎるじゃないのよぉぉぉ……っ!」
王都を席巻する恋人探し魔道具は、どうやらその生みの親にまで、逃げ場のない完璧な出会いをもたらしてしまったようである。




