ドアマットヒロインになる展開は最初に潰したので。
しっかり根回しさえしていればドアマット展開は防げるのでは? というネタです。
ついでにあれこれテンプレを盛りました。
「ロレーヌ・アヴァルド公爵令嬢。君との婚約を破棄する。社交界では淑女の鑑として振舞いながら、裏では聖女にして義妹であるルルを苛め抜くような裏表のある女性とは結婚できない! 私は苦しんできたルルと結婚する!」
建国祭の夜会で婚約者の義妹のルルをぶら下げて、第三王子ジェラルド・ド・スルーフィッツが宣言した。
視界の端で血縁上の父とその自称妻がニヤニヤしている。
ここで取り乱して泣き喚くのが向こうのお望みだろう。
欠片も興味が無い婚約者に欠片も心当たりがない罪状で責め立てられても、ロレーヌには一切ダメージが入らないのだが。
苛められたという割には、ルルのドレスは一流デザイナーが手掛けた一級品だし、宝飾品もロレーヌよりギラギラしている。おそらく義姉にドレスを作るのを禁止されていますの、とジェラルドに泣きついたのだろう。彼女にねだられるままに仕立てて購入したのかもしれないが、金貨を積めばセンスが手に入る訳ではないという証明のような派手さだ。聖女を名乗っているのに煽情的なドレスを着ているのは気にならないのだろうか。幸運なことに、華やかな美貌のルルには似合っているので、その費やされた金貨は無駄になっていない。良かったですね殿下、無駄な買い物ですが。
「殿下の言い分は分かりましたわ。婚約の解消を受け入れます。それより、幾つか宜しいかしら?」
「罪を認めないつもりか!」
「それについても申し上げたいことがございますので」
ジェラルドを止めようとアワアワしている側近に視線を送り、一旦ロレーヌにこの場を任せて貰う。
邪魔な荷物を放り出す千載一遇のチャンスなのだ。とっとと国王から許可をもぎ取ってきて来い。国王としては婚約の継続をして欲しいだろうと分かっているが、それはそれ、これはこれ。ロレーヌからすると学園の成績も振るわなかったような第三王子など、正直に言ってしまえば邪魔なお荷物のひとつである。これを機に放り投げたい。
「アヴァルド元代理公爵、ここへ」
ぱんぱん、と手を鳴らして、犬を呼ぶように血縁上の父を呼ぶ。
その雑な呼び方に気分を害したらしく、真っ赤な顔の男が殴り掛からんばかりの勢いで近づいてきた。
ジェラルドは自分に対する泣き言を覚悟していたのに別人を呼ばれてきょとんとしている。元? とか代理? とか呟いているところを見ると、矢張りルルに都合のいいことばかり吹き込まれていたようだ。
「なんだ! 父親を呼ぶのになんと無礼な」
「御託は結構。わたくしはお前に、娘の教育を命じた筈ですね。この惨状をどう収拾付けますの」
「当然、殿下が婿入りなさるのだから、お前が身を引くのだ」
元代理公爵は自信満々に胸を張って、一瞬前の怒りなど忘れたようににやつく。
これで己の勝利を確信しているのだから笑える。
「ディート、書類を」
背後に控えていた従者のディートから複数の書類を受け取った。
「本日成人を迎えた事を認められ、わたくしがアヴァルド公爵となりました。身を引く? 愚かなことを仰らないで下さらない? そもそもそこの娘はわたくしとなんの関係もない、ただの穀潰しですのに」
周りにも裁可の印が見えるように掲げる。
そこにはロレーヌ・アヴァルド女公爵を認める、との文が書かれていた。
最早国が正式に認めている立場を、元公爵代理の分際で覆せるわけがない。
「ルルは私の血を引く娘だと神殿も認めているだろう!!」
「それと、アヴァルド公爵家に、なんの関りが?」
「アヴァルド公爵は私だ!!」
「いいえ、アヴァルド公爵はわたくしの母、そしてわたくしです。お前はただの入り婿。入り婿の娘に公爵家との関りはありません」
そもそもの大前提を知らなかったらしいジェラルドは、目を白黒させて元公爵代理とロレーヌ、そしてルルを見ている。
ロレーヌが5歳の頃に病死した母の世代なら知っている者もいたかもしれないが、それから11年、ことあるごとに元公爵代理がアヴァルド公爵として名乗り続けたせいで、本来誰が公爵家の血を継いでいるか忘れられてしまったらしい。
11年前、母の葬儀が終わり屋敷が哀しみに沈む中、元公爵代理は意気揚々と愛人と同い年の娘を連れてきた。
お姉さまずるいずるいと喚いて母の形見を奪おうとする害虫に、まだ5歳ではあったものの貴族の誇りを持つロレーヌは容赦しなかった。
家令に命じ元公爵代理から決裁権を奪い、私財以外の公爵家の財産への手出しを禁じ、アヴァルド公爵家の声明として各高級店に彼らのツケは支払わないと宣言したのだ。
幼くとも公爵家の心得を母から叩き込まれたロレーヌである。
5歳の幼女の冷徹な判断を聞き、それだけ優秀ならばと第三王子の婿入り先に選ばれてしまったのは不幸だったが。
「ま、待てロレーヌ、君が公爵ということは、ルルは……?」
おお、つい先ほどまで義姉から虐げられる悲劇の妹を護るという状況に酔っていたジェラルドが、とうとう現実を見始めたようだ。
はらりと扇を開き口元を隠し、ロレーヌははっきり告げる。
「我が家の居候ですわ。アヴァルド公爵家の血を継いでおりませんので当然公爵家は継げませんし、そもそもそれの母とも再婚していませんので、立場としてはそこの娘の母方の男爵家の縁者、でしょうか」
父が元代理公爵でいる為には、妻は女公爵である母でなければいけない。
つまり義母を名乗る女と再婚するとなると、実家の伯爵家の次男に戻り、その上で男爵家の次女である愛人と結婚することになる。
それでは必然的に平民同士の結婚になってしまう。おまけに潤沢な資金をもつ公爵家から引き出せる金も減る。なので義母がアヴァルド公爵夫人を名乗って社交界に出ているのは詐称行為に他ならない。ルルも同様に、公爵令嬢ではないのにそれを名乗っている。
今までロレーヌがそれを許していたのは、纏めて始末するタイミングをはかっていただけだ。面倒ごとは一度で済ませたかったので。
財産を食い潰し寄生する害虫の駆除に躊躇いはない。そこに父親に対する親愛の情はないし、新しく家族になると宣う相手への期待もない。最も、己の立場を弁え、大人しくしているならそれなりに遇するつもりではあったのだが。まぁ愛人がいて正妻の娘と同い年の娘がいる時点で期待していなかった。愛人と娘についても同様だ。大人しくこちらの顔色を窺って、屋敷の隅で慎ましく暮らすなら本邸に置いてやってもよかったのに、それに満足せずロレーヌを排して公爵家を我が物にしようとしたから、別邸に押し込め最低限の使用人に見張られる生活になったのである。
それで反省すればよいものを、元代理公爵が夢物語を吹き込み甘やかしたせいで、ルルは義姉を貶め罠に嵌め、いつかその地位を奪ってやるのだというバケモノに成長してしまった。
「酷いわお姉さま! でたらめを言わないで! いつもそうやってあたしを苛めるのね!!」
「お姉さまと呼ばれる関係ではないけれど? お前はアヴァルド公爵家の家系図に居ないの。貴族として家系図に居ない娘を妹と認めることは出来ないのよ。例え父親が同じでも。苛めるも何も、本来の立場を教えてあげているのに、それを苛めだと吹聴されてもね」
「あたしはお父様の娘よ、だからアヴァルド公爵家を継いだって問題ないわ!」
「だから……」
どうしてこんなに話が通じないのか、とため息をつきながら、おいお前の女どうにかしろよとジェラルドを見る。
しかし現実を見始めたジェラルドは、そっとルルから距離を取ろうとしていた。掴まれた腕が外れずに苦労している。判断が遅い。
確かに元公爵代理はアヴァルド公爵家の分家出身で選ばれはしたので遠縁ではあるが、公爵家の直系であるロレーヌが居る時点で相続権はない。もしロレーヌが死んだら母の妹である叔母の息子の誰かに相続権が流れる程度の血の濃さである。
それらは母が病床のうちに正式に届け出がされていたので、都度父に書類を読ませて教え込んだ。わたくしを殺せば一切の権利を失うぞ、と。
「新しいドレスが作れない、宝飾品を買ってくれない、茶会に出してくれない、夜会に連れて行ってくれない、そう殿方に泣きついていたのは知っています。当然でしょう。そこの娘にそれらの権利はないのですから」
ルルに縋られて気持ちよくなっていた令息たちの顔を順に眺めながら、はっきり教えてやる。可哀想な義妹を苛めるな! と乗り込まれる度にきちんと彼女は義妹ではありません、と教えていたのに、信じなかったのは向こうだ。
女の涙に目が眩み、最低限の裏取りもしないで信じ込んで、正当な血筋の公爵令嬢を責めたという事実は、彼らの今後に暗雲を齎すだろう。
ルルは男を手玉に取るのが上手かった。
華やかな美貌を美しく見える角度で歪ませ、お姉さまが苛めるの、と涙を零してみせる。そして公爵令嬢には見えない粗末なドレスで説得力が増す。公爵令嬢ではないから、男爵令嬢ですらないから、その粗末なドレスですら分不相応なのに。
公爵代理の父と立場としては男爵令嬢である母にくる招待状にくっついて社交界に行き、そこで出会ったそれなりの身分の令息に泣きついて贅沢をするようになってしまった。
「だ、だが、聖女、聖女なんだから」
ジェラルドの直前に貢がされていた侯爵令息が、まだ現実を見たくないのか口を挟んでくる。
大半の貴族は建国祭という年に一度の舞台で起こった醜聞に興味津々でありながらも関わりたくない、という顔をしているのに、蛮勇である。
「わたくしずっと知りたかったのですけれど、どこからその娘が聖女だという話になりましたの?」
記憶を探ってみるが、ルル自身が聖女だと名乗っているところを見たことはない。
だが社交界ではいつの間にか、彼女が聖女だということになっていた。
確かに今から16年前、ロレーヌやルルが産まれる前に、神殿に神託が下った。
今年産まれる娘の中に聖女が居る、と。
なので可能性としてはルルが聖女でもおかしくはないだろう。神託で語られた髪色と瞳の色も一致している。桃色の髪と瞳は珍しく、平民にはおらず貴族にも少ない。今夜会に居る中で条件に当て嵌まる少女は、ほんの数人しかいなかった。
だが、ルルを聖女だと祀り上げるのは早計だとしか思えない。
「ルル嬢ほど頻繁に孤児院に通っている令嬢はいないだろう!」
「他には?」
「治癒魔法を持っている!」
「他には?」
「えっと、あとは……優しい!」
また零れそうになったため息を飲み込んで、同じように考えているらしい男たちの顔を覚える。あいつらとは取引しない。
風向きが変わってきたと思ったのか、元公爵代理の顔色が良くなっているのも腹が立つ。
「そうだ! 公爵家は継げずとも、ジェラルド殿下の妃には聖女のルルがふさわしい!!」
今度は公爵家からではなく王家から甘い汁を吸おうという思惑が透けて見える。
当のジェラルドは必死に腕をほどこうとしているが。
「聖女の条件の最も重要な部分が抜けているのではなくて?」
「……?」
神託の髪色と瞳の色、あとは普段聖女らしい振る舞いをしている、というだけでルルを聖女だと思っていた男たちは、ロレーヌに言われても不思議そうな顔をしていた。
どうせ、聖女と思われる色だと気付いたルルが点数稼ぎに行った善行を見て、それだけで聖女だと思いこんだのだろう。そして聖女のようだといわれたときに、大げさに否定するか曖昧に微笑んで誤魔化すかしたのだ、あの娘は。少しでもロレーヌより素晴らしい令嬢だと思われたがるルルの所業らしい。
ロレーヌより上に立ちたいなら勉学に励むなり治癒魔法を究めるなりすればいいのに、最も少ない労力で最も大きい利益を得ようとする、ルルらしい目の付け所だ。
勉強もしたくない、治癒魔法は擦り傷を治す程度だとバレたくない、出来る限り男にちやほやされたい、という欲望が駄々洩れなのだが、気付くのは同性ばかりだった。
どうして分かりやすくあざとい女に、一定の男はフラッとよろめくのだろう。
冒頭のジェラルドの宣言から、興奮しているのは令息の中でもルルに傾倒していた者だけで、令嬢や夫人、ある程度目端の利く紳士たちは白けた目で見ていたのに。
「聖女とは、災厄が起こった時にそれを打破する女性のことですわ」
「そんなことは分かっている。相変わらず理屈臭い女だ! 死んだお前の母親と」
「お母様への侮辱はやめて下さる? 今なら当主権限でお前を除籍できるの」
「……ッ! この!!」
殴ろうと振り上げた拳を、一瞬でロレーヌを庇ったディートが掴む。
従者風情が! と叫ぶ元公爵代理だが、この建国祭という晴れの場での暴力事件を防いだのだから感謝してほしい位だ。
「ではそこの娘が聖女だと主張なさる皆様にお聞きしますけれど、神託が降ってから16年、災厄は起こっていまして?」
ロレーヌの言葉に、面々はぴたっ、と止まった。
そうなのだ。
神託が降ったということは、その聖女が生きている間、更に言及するならば魔力が最盛期を迎える15歳から20歳までの間に、何らかの災厄が襲うということだ。これは神の慈悲である。災厄は防げない、逃れられないが、その被害を抑えることが出来る乙女も同時に産まれる。災厄と聖女はセットであり、どちらか片方だけが現れることはない。
そして、災厄を防がなければ聖女ではない。
「災厄が起こっていない以上、まだ聖女ではありませんわ」
他国では聖女候補と思われる少女を集めて教育する場合もあるらしいが、それはそれで問題が生じているそうだ。
聖女が産まれた地域で災厄が起きる場合が多く、一か所に集めてしまったせいで駆けつけるのが遅れ、治めるのに余計な時間がかかったりするとか。
そもそもどんなことが起きるのか分からないので、何を教育するのかというのもある。おそらく国に対する忠誠心を教えたりするのだろうが、災厄が終わればただの少女である。あまり意味があるとは思えない。
災厄を抑えたあとは象徴として神殿で余生を送るか、王家に庇護されて王子と結婚するか、などと厚遇されはするものの、あくまでもことが終わった後である。その前の候補の段階でちやほやされる状況になった我が国の現状は、他国から見れば情けないものだろう。
「そもそも聖女は災厄を治める程度の才が求められます。そこの娘の治癒魔法の腕前では、とてもとても……」
「おっ! お姉さま!! 酷いわ!!」
「お前は酷いとしか言えないの? 何度義姉ではないと言っても右から左だし」
とうとうバカ娘がギャン泣きしてしまった。
頑張っているジェラルドが哀れになってきたから、せめて腕を開放してやればいいのに。
「こ、これからッ! これからあたしが! すくうん、だもっ! あたしがっ!」
「そう? あと4年、まぁ死ぬまでに何らかの災厄が起こるでしょうし、その時に頑張って」
多分ルルは聖女ではないが。
そして聖女だと認定されなければ、平民の娘が第三王子と結ばれることはない。
「それはそうと、ルル、また懲りずにアヴァルド公爵家の名義で借金したわね? 元公爵代理、お前の監督不行き届きよ。まとめて3人に請求するから、払えないならお前も除籍した上で強制労働してもらうわ」
借金?! と、周りの貴族たちがざわつく。別に借金をしないことが貴族の条件というわけでもないし、事業や自然災害などで借入する場合もあるので借金自体は責められないが、これまでのロレーヌの説明で彼らと公爵家に関係がないことが証明されている。
ギリギリ元公爵代理は関りがあるが、その不義の娘であるルルは詐欺である。
貴族たちがざわついたのは、借金をしたことより、公爵家を名乗った者の裏取りをせず借金をさせた誰かがいる、という事実だ。
もし正規の金貸しなら相当な間抜け、違法ならば相当な闇金が予想される。
となるとルルがその借金を返済する為には娼館に行く可能性が高く、災厄が起こったとて駆けつけられない。聖女であれば災厄が起こったときにすぐ動ける。ということはつまり、消去法ではあるがルルは聖女ではない。
「きっ、貴様!! それが実の父親に対する態度か!! ええい離せ!!」
「お嬢様に危害を加えようとする暴漢を取り押さえるのは私の職務ですので」
元公爵代理が殴ろうとするのを止めれば離すと思うが、未だに捕まれているということはずっと殴ろうとしているに違いない。
「ジェラルド殿下、そういった訳ですので、ルルと結婚なさるなら連帯責任で借金の返済義務を負わされると思いますけれど、どうなさいます?」
「い! いやだ!! 聞けば私に訴えた事は全て嘘じゃないか!! 王族に嘘を吐くとは!!」
「……それを見抜くなり、確認をするなりを怠ったのも、問題なのですけれど」
「私は悪くない!!」
「なっ! ジェラルド様?! あたしを捨てるんですの!! お腹には貴方の」
「分かりやすい嘘を吐くな!! 手しか繋いでないだろ!!」
まぁ泥沼。
ぎゃあぎゃあワァワァ大喧嘩する二人に、これを逃せば莫大な借金が圧し掛かる瀬戸際の元公爵代理と自称妻まで参戦する。曰く、あの別邸で二人きりになった、だから本当はそういう行為があったんだ、腹の子供をどうしてくれる、責任を取れ、云々。
寄生する先がロレーヌからジェラルドに移動した為に、ロレーヌへの怒りが消えたらしく元公爵代理は漸くディートから解放されていた。
何しろロレーヌにしがみつこうにも、借金返済が条件である。無理だ。それなら王族のジェラルドの私財で払ってもらおうと考えているのが手に取るようにわかる。
社交界では噂が命取りになりかねない。
確かにそれは真実だ。
真実ではあるものの、こんなに分かりやすい嘘を信じ込むほうがどうかしている。3対1でジェラルドが押されてはいるものの、王家の威信もかけて子など居ないという結論に落ち着くだろう。もし本当に居ても平民との間の子が王族と認められることはない。
国王陛下は末っ子のジェラルドを甘やかしてはいるものの、冷徹な政治家の側面も持っている。
こんな醜態を晒した彼をこれまでと同じ待遇にはできない。
伝えるべきことは伝え終えたので、玉座の国王陛下にアイコンタクトを送る。
「ジェラルド」
「父上! 助けて下さい!」
半泣きになりながら、まだ離して貰えない腕を引っ張っているジェラルド。
どんな握力で掴んでいるのだろう、と、ロレーヌは段々気になってきた。そういう物理的な力の強さは知らなかった。
「お前を離宮に幽閉する。アヴァルド女公爵、婚約の破棄ではなく解消に収めてくれ」
「畏まりました」
「父上?!」
「本来なら断種の上放逐するところを幽閉にするのだ。抵抗するな」
「そ、そんな……!」
「陛下! 娘の腹の子」
「元公爵代理、いや、もう除籍されるのだったな。では説明する必要もない。3人とも連れ出せ。夜会に平民が紛れ込んだ」
駆け寄ってきた騎士たちが手早く3人を取り押さえ、ずるずる引き摺って行く。
漸く解放された腕をさすりながら、ジェラルドは意気消沈している。よく見ると手が青くなっていた。血流が止められるほど強く掴まれていたのか。娼館に送るより地下闘技場に送るべきだろうか。もしかしたら女拳闘士として一世を風靡できるかもしれない。
「みな、王家の恥が失礼した。音楽を再開せよ。蔵から秘蔵のワインを出す故、楽しむがよい」
国王陛下の言葉により、おかしな空気になっていた夜会がゆっくりといつもの流れに戻る。
ジェラルドはまだおうけのはじ……と呟いているが。
連行されはしないものの、騎士たちに案内されて退出していく。
それを見るとはなしに眺めながら、ロレーヌは壁際に向かった。
女公爵の婿の立場が空いたのだ、婚約者の居ない次男三男が群がってくることは予想できる。それでも一旦気分を変えたかった。
「お嬢様、お見事でした」
「漸く我が家のゴミを処分できたわ。わたくしの婿はあんな能無しでないと良いけど」
ディートが手渡してきたグラスを受け取り、唇を湿らせる。
元公爵代理に期待する気持ちは、病床の母から愛人の存在を聞かされた時に消えてなくなった。母を見舞うこともなく愛人に入れあげるのはまだしも、その愛人が婚前から切れなかった恋人だと聞いて、父への愛情より嫌悪の方が勝ったのだ。
「血の近さで夫を選んだのはお祖父様のミスね。盆暗に家を潰されるところだった」
「では、お嬢様が夫に求める条件とはどういったものでしょう」
「そうねぇ……」
くるくる、とグラスの中のワインを揺らし、少しだけ考える。
「まずは、誠実であること、かしら」
「成程」
元公爵代理の様に、入り婿の分際で愛人を作るのは見逃せない。
恋人が居たなら入り婿の話を断ればよかった。入り婿は彼でなければならないというものではなかったのに。公爵家の財と権力は欲しい、恋人とも別れない、何なら正妻であり正当な血筋の母と娘を排除してお家乗っ取りをしたい、など、恥を知れ。
「娼婦もどきに引っかかる低能もお断りだわ」
「勿論でございます」
ルルの振る舞いは平民でも娼婦と間違われるものだった。
ボディタッチを繰り返し、媚びと涙で気を惹いて、作り話で同情を買う。
ジェラルドは自分より優秀なロレーヌを疎んじ、感情を表に出す淑女失格のルルに癒されると入れ込んだ。まともな令息は敬遠していたが、それなりの数の令息がルルの為に婚約破棄している。つまり、今から届く釣書の中にはそういった手合いが混じっているということ。
そういった輩は覚えているから避けられるが、全ては無理だろう。
「あとは領地経営の邪魔をしなければ、もうそれでいいわ」
「地位や外見などは気になさらない?」
「そうね、最低限貴族で、清潔で健康なら」
「でしたら、私はいかがでしょう」
「……え?」
勢いよく、少しだけ後ろに立っていたディートの方を向く。
ディートとの付き合いはそれなりに長いが、こういった冗談を言う男だとは思わなかった。それで驚いて彼を見るが、いつもと変わりない。緊張しているようにも、からかっているようにも、真剣な顔すらもしていなかった。いつも通りの、執務室で必要な書類を手渡すときのような顔である。
「冗談、よね?」
「いいえ、本気ですが」
「えぇ……」
「信じられませんか」
「ちょっと、そうね、無理かも」
「では条件と照らし合わせても無理でしょうか」
「……」
そう聞かれて、ふむ、と考えてみる。
誠実ではあるだろう。これまで彼に裏切られたと思ったことは―――地味にあったが、それは今日のおやつはチーズケーキと聞いていたのにザッハトルテだった、みたいな、ごくごく小さなドッキリの裏切りだった。それが結構頻繁にあったが、まぁ、ギリギリ誠実かもしれない。少なくとも仕事の面で裏切られたことはない。恋愛面は知らない。告白されて断っているところに遭遇して気まずかったことはある。
娼婦もどきの令嬢が再度現れても、流されることはないと思う。従者にしておくには勿体無いような男前なので、当然ルルにも言い寄られていたが、その振る舞いには眉をひそめていたし、あの阿婆擦れがと言っていた。ただ妙齢の少女に向かって阿婆擦れがと言う口の悪さはいかがなものか。美形だから見逃されがちだがちょいちょい口が悪い。
領地経営の邪魔にはならないどころか、補佐は今もしている業務だ。日常業務で問題が起こったことはない。ロレーヌがうっかり見落としたことを指摘することもあるくらいだ。そもそも優秀さでもって従者に自薦してきた男である。そういえばこいつ自薦だったな、と思い出す。ついでに「生涯に亘ってお仕え致します」と言われてちょっと重いなと感じたことも思い出した。
貴族ではあるし清潔感もあるし、健康体だ。子爵家の次男なので婿入りにも問題ないし、おそらく逆玉の輿と言われるだろう。公爵家の騎士団に交じって鍛錬しているところも見たが、副団長までは勝っていた。お嬢様あいつ騎士団に下さいと頼まれることも多い。そこまで健康であれとは言ってない。
総括。
「別に駄目じゃないけどなんとなく無理って思ったわ」
「そんな馬鹿な」
今度こそディートの顔色が変わる。
ロレーヌの出した条件は大枠ではクリアしているのだから、求婚申し込み最前線ならば受けて貰えると思ったらしい。
「私は何の条件を達成できなかったんですか!」
「大枠では達成してるけどそういうのを通り越して無理かも」
「それはお嬢様の我儘ですよ!」
「うぅん……でもねぇ……」
何だかんだこれまでディートをそういった目線で見たことが無い。
顔はいいと思う。性格も―――まぁ屑の浮気野郎とかではない。但し良くもない。文武両道で隙がない。ちょっと無さすぎる気もするが、その割に口が悪いのでバランスは取れている。
では何が無理か。
普段の振る舞いが、少々不穏なのだ。
ロレーヌの陰口を言った令嬢の家の事業が頓挫したり。
ルルに入れ込んでロレーヌを侮辱した令息の妹が界隈で有名なクズに引っかかってボロボロになったり。
ジェラルドに絡まれた回数だけジェラルドが転んだり。
別にそれらに因果関係はない、と思いたいが、ロレーヌも無能ではない。そういった細々とした報復の裏に、誰かさんがチョロチョロしているのは気付いている。気付いていたが、損はないので放置してきた。
そういう裏で手を回す系男子を婿にするのは、少々、少々、リスクが大きすぎる。
女公爵として社交していたら虎の尾を踏んで大報復祭り開催、とかになったらシャレにならない。
出来ないから困るのではなく、出来てしまうから困る。
「真人間になってから申し込んで欲しいわ」
「私は真人間ですけど!」
「真人間は暗躍とかしないから……」
「しますよ! 真人間でも! 大切な人の為なら!」
「暗躍しているのは認めるのね」
「それは認めますよ」
「潔い」
「結婚しましょう」
「しません」
「今イケる流れだった!!」
「違うと思う」
急遽始まったプロポーズとお断り劇場に、周りの好奇心がワクワクになっているのが分かる。
ロレーヌだって、横でこんな会話が繰り広げられたら気が気じゃない。
ぽんぽんと言い合う二人の間に割り込めず―――正確には割り込もうとしてディートのひとにらみで去って行った―――夜会がお開きになるまで、求婚の答えは変わらなかった。
その後、一枚も届かない釣書に首を傾げつつ、申し込もうとした先がトントン拍子で片付いて消えてゆき、気付けば候補はディートしかおらず。
1年後には首を傾げつつ、彼と結婚することになっていた。
暗躍するにしてももう少し、色々と遠慮してほしい。
それはそれとして、地下闘技場に送られたルルは連戦快勝を重ね、最強の女拳闘士と呼ばれた。
ロレーヌの結婚から2年後、地下闘技場に発生した魔王をぶちのめし、過去最速で災厄を鎮圧した聖女として列聖されることになる。その褒賞に地下闘技場からの解放を提示されたが、あたしの戦場はここだ! と断ったそうだ。どうやら戦いの中に己の価値を見出し、性格も矯正されたらしい。
聖女じゃないとか言ってごめん。
テンプレならヒロインが聖女ですが、それよりゴリゴリ物理の武闘派聖女が爆誕した方が面白いな、と舵を切りました。
地下闘技場でルルは己の生きる道を見つけ、ジェラルドはそれなら結婚しておけばよかった、と後悔します。




