茜色の境界線
莉奈に声を荒らげてしまったあの日から、胸の奥に刺さった棘が抜けないまま、卒業式の日を迎えた。
それは、彼女が「女子高生」でなくなる日であり、同時に、ネットの海で輝いていた「ステラ」が幕を閉じる日でもあった。
当日も、莉奈は変わらず迎えに来てくれた。
式が終われば、彼女はすぐに卒業配信の準備のためにスタジオへ向かう。
これが、制服姿の彼女と並んで歩ける最後の時間。
颯太は足を止め、深く頭を下げた。
「……卒業、おめでとうございます。これまで、本当にありがとうございました」
最後のお別れを告げるような挨拶。
莉奈は少し寂しそうに微笑んだが、すぐに何かを言いかけて、止めた。
颯太の胸には、完成させられなかった彼女への曲が、重い石のように居座っている。
あの日々を音楽で形にしたかった。そんな後悔を抱えたまま、二人はそれぞれの教室へと別れた。
教室に入ると、隼人が椅子を引いて待っていた。
「……いよいよ、卒業式だな」
颯太がそう切り出すと、隼人は何かを言いたげな表情で頷いた。
式が始まり、体育館に卒業生が入場してくる。
莉奈はキョロキョロと周囲を見渡し、颯太の姿を見つけると、ほんの一瞬だけ、以前と変わらない表情で手を振ってくれた。
式が進行する中、颯太は遠くに座る莉奈の背中を見つめた。
彼女は時折、隣の席の女子と親しげに言葉を交わしている。
かつて人を寄せ付けない彼女だったが、今は確かにこの場所に溶け込んでいる。
その光景は、彼女が前を向いて歩き出した証で、とても嬉しいはずなのに、なぜか自分の手からこぼれ落ちていくような寂しさが勝った。
答辞が始まると、颯太はこみ上げてくるもの必死に我慢し、目尻を拭った。
一人でいい、誰もいらない。
そう思って壁を作っていた自分を、外の世界へ引きずり出してくれたのはステラであり、莉奈だった。
彼女と出会い、隼人やいろはと過ごした日々は、音が消えた今の世界でも、消えない熱を持って胸に残っている。
式が終わったあと、颯太は喧騒を避けて一人屋上へ上がった。
屋上の下では、卒業生たちが楽しそうに写真を撮り合い、別れを惜しんでいる。
その賑やかさは、今の颯太には届かない。
これから莉奈は大学へ行き、学び、いつか立派な教師になる。
いつか自分ではない誰かと恋をして、幸せを掴むだろう。
自分との唯一の接点だった「高校」という鎖が外れた今、彼女はもう、どこへだって飛んでいける。
「……っ」
茜色に染まり始めた空を見上げると、勝手に涙が溢れた。
しばらく黄昏れたあと、颯太は重い足取りで校門を抜けた。
ふいに、ポケットのスマホが短く震える。
画面を見ると、そこには残酷なまでに淡々とした通知が表示されていた。
『ステラ:【卒業ライブ】今までありがとうございました!』
――始まったんだ。
自分が拒絶してしまった、彼女の最後の舞台。
見られない。
見たくない。
音が聞こえないライブなんて、彼女の声が失われたことを再確認するだけの拷問だ。
逃げるように駅へ向かい、改札に入ろうとした、その時。
不意に、後ろから力強く腕を掴まれた。
「……っ、隼人?」
驚いて振り向くと、そこには息を切らした隼人が立っていた。
隼人は有無を言わさぬ表情で、スマホの画面を突きつけてくる。
『もうステラの配信が始まってる。お前、桜庭先輩の配信を見なくていいのか?』
颯太の思考が凍りついた。
「……な、んで……隼人が、その名前を……」
なぜ彼がステラの正体を知っているのか。
困惑する颯太を余所に、隼人は誰かに電話をかけた。
『黙ってついてこい』
スマホに表示された文字。
隼人はそのまま、拒絶する隙も与えない力強さで、颯太の腕を引いて走り出した。
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