重なる手紙、聖夜の足音
楽曲の骨組みは、もう完成していた。
残された最後の一片は、歌詞。
颯太は、莉奈と過ごした日々を一つずつ手繰り寄せ、言葉に変えていった。
屋上で交わしたぎこちない会話、修学旅行の夜に共有した静寂、そして、彼女が勇気を出して打ち明けてくれた過去の孤独。
(一音も、一文字も、無駄にはできない)
過去の莉奈がこの曲を聴いたとき、「もう大丈夫だよ」と心から思えるように。
丁寧に、祈るような気持ちで言葉をピアノロールに沿わせていく。
それは彼女の人生を肯定するための、一通の長い手紙を綴る作業に似ていた。
「……なあ、そういえばステラのことでいろはが心配してたんだけど、お前何か聞いたか?」
終業式を数日後に控えた昼休み。
購買のパンを広げていた颯太に、隼人がふと思い出したように話しかけてきた。
「いろはが? いや、最近は作業に没頭してて……。何かあったのか?」
「最近、配信の頻度がすごく減ってるんだってさ。昨日の配信でも、『近いうちに、みんなに伝えなきゃいけないことがある』って言ってたみたいで……。いろはが言うには、ファンの間じゃ卒業の匂わせじゃないかってちょっとした騒ぎになってるらしいぞ」
その瞬間、颯太の心臓が大きく跳ねた。
莉奈が自身の進路に向けて何か決断をしたことは知っている。
けれど、それが「ステラの終わり」を意味するのだとしたら。
彼女が大切に守り抜いてきた居場所を畳んでしまうかもしれないという予感に、形容しがたい不安が胸を支配した。
(先輩……。もしかしてステラの活動、辞めちゃうのか……?)
もし莉奈が新しい道に進もうとして、卒業を考えてるのだとしたら応援したい。
けれど、ステラとしての彼女が消えてしまうかもしれないという現実は、あまりにも重く、鋭く颯太の胸に突き刺さった。
もし卒業が本当なら、彼女の隣に居場所をもらった自分はどうなってしまうのか。
一度よぎった不安は、どれだけ打ち消そうとしても黒い影となって広がっていく。
その焦燥感を振り払うように、颯太は楽曲制作の最後の一押しに魂を削った。
この音が、言葉が、彼女との繋がりを繋ぎ止める唯一の道標であるかのように。
そして――
終業式の前日の夜。ついに、最後の一音が決まった。
ヘッドホンを外し、静まり返った部屋で大きく息を吐く。
自分のすべてを注ぎ込んできた音が、今、完璧な形で目の前に存在している。
張り詰めていた糸が解けるような安堵感と、心臓を直接掴まれるような高揚感が同時に押し寄せた。 画面の中で揺れる波形は、もはや単なるデータではない。
今の莉奈の想いを乗せて、孤独だった過去の彼女を救い出すための、血の通った音楽だ。
「できた……。やっと、届けられる」
込み上げてくる熱いものを噛み締めながら、颯太は震える指先でスマホを手に取り、莉奈にメッセージを送った。
『曲、完成しました。……直接お渡ししたいので明日、会えませんか?』
返信はすぐに届いた。
『お疲れ様です! 完成したんだね、すごく嬉しい。……明日の夜はクリスマス配信の準備があるから、放課後の短い時間だけなら大丈夫だよ。屋上でいいかな?』
莉奈からの返信画面を見つめたまま、颯太は数秒間、固まった。
「クリスマス配信」という文字を見て、ようやく、明日が十二月二十四日であることに気づいたのだ。作業に没頭しすぎて、世間のカレンダーが完全に頭から抜け落ちていた。
(……俺、なんの迷いもなく誘っちゃったけど。イブの日に呼び出すなんて、まるで……)
自分が無意識に、一年の中で特別な日に彼女を誘い出していたことに今更ながら気づき、顔が熱くなる。
莉奈に変な誤解をさせていないだろうか。
恥ずかしさでスマホを置く手さえ少し震えたが、それでも会えるという事実に、胸の鼓動は早まるばかりだった。
せっかくの特別な日、完成した曲を渡すだけじゃなく、何か贈り物をしたい。
そう思ったものの、具体的な案は何も浮かばなかった。
時間はもう夜。
明日の放課後には約束の時間が来てしまう。
(プレゼント……何がいいんだろう。今からじゃ、何も用意できないか……?)
焦りながら必死に考えを巡らせた。高価なアクセサリーは、今の自分たちの距離感には重すぎる気がする。何より、彼女に本当に喜んでもらえるものが何か、今の自分には分からなかった。
時計を見ると、近所の雑貨屋が閉まるまであとわずかだった。
颯太は衝動的に上着を掴み、家を飛び出した。
冷たい夜風を突き抜けて走る。
閉店間際の店内に滑り込み、棚を必死に探して見つけたのは、雪の結晶が銀色に輝く、クリスマスらしい上品なレターセットだった。
(手紙、か……。これなら今の俺でも、俺にしかできない形で届けられる)
過去の彼女へ送る「曲」という手紙に加えて、今の彼女へ送る「言葉」という手紙。
それが、最も誠実なプレゼントに思えた。
帰宅後、デスクに向かう。
莉奈が颯太の音楽を見つけ、拾い上げてくれたことで、どれほど救われたか。
彼女がいなければ、この旋律が生まれることは決してなかった。
颯太のような無名の作曲家を信じて、大切な歌声を預けてくれたこと。
未熟な自分を今日まで導き、支えてくれたこと。
あふれ出す言葉を一つずつ吟味し、今の関係を壊さないように、けれど嘘のない真っ直ぐな言葉を選び取る。
文字を綴るたびに、莉奈と過ごした時間の重みが、紙の上へ静かに積み重なっていく。
一文字ずつ、丁寧に、今の全力を込めてレターセットを埋めていった。
迎えた十二月二十四日。
冷たく澄んだ空気が、終業式を終えた校庭に満ちている。
カバンの中には、完成したばかりの音源が入ったプレイヤーと、一通の手紙。
期待と、ステラ卒業への不安。
そして言葉にできない高鳴りを胸に、颯太は莉奈と何度も言葉を交わしてきた屋上へと続く階段を上った。
雪が降り出しそうなほど、静かな昼下がりだった。
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