古都の夜、青春のざわめき
朝の駅。
新幹線ホームの空気は、普段のビジネス街の静謐さとは正反対の、剥き出しの熱気に包まれていた。 ずらりと並んだ同じ制服を着た人の列。
あちこちで「お菓子買いすぎた!」「トランプ持った?」と弾んだ声が響き、しおりを丸めてバトンのように振り回す男子や、早朝とは思えないテンションで自撮りに興じる女子グループの熱量が、冷ややかなプラットホームの温度を数度上げているようだった。
「颯太、隼人!」
人混みの向こうから手を振りながら駆け寄ってきたのは、いろはだった。
「あ、いろは。そろそろ出発だな」
「うん! 二日目の自由行動、時間があったら合流しない? うちの班、颯太くんたちの行き先と結構被ってるんだよね」
いろはの屈託のない提案に、隼人が「おっ、いいな! 女子が混ざるなら大歓迎だぜ」と身を乗り出す。
一日目はクラス単位の班行動だが、二日目はクラスの枠を超えて、あらかじめ届け出た「班別自由行動」になる。
行き先が被っていれば、旅先での合流は修学旅行の醍醐味の一つだ。
とはいえ、事前に綿密な計画を立てていたとしても、こういう時は大抵予定通りにはいかないものだ。慣れない土地での迷子や、予想以上の混雑、あるいはその場のノリ。
そんな不確定要素も含めて、一つの「楽しみ」ではある。
「……そうだな。時間が合えば」
「約束だよ! じゃあ、また向こうで!」
弾むような足取りで自分のクラスの列へ戻っていくいろはを見送った後、颯太たちは新幹線に乗り込んだ。
走り出した車内は、瞬く間にカードゲームの戦場と化した。
「おい颯太、そこは8切りだろ!」
「いや、ここはあえてパスして……」
狭い座席に男四人で固まり、わいわいと叫びながら大富豪に興じる。
窓の外を飛ぶように流れていく景色を横目に、颯太は心の底から笑っていた。
あっという間に時間は過ぎ、新幹線は奈良に到着した。
そこからはバスでの移動だ。
東大寺の大仏、鹿が群れる奈良公園……。
今までの颯太なら、こうした行事の中でもどこか冷めた自分を感じ、一人でイヤホンを耳に突っ込んでいたかもしれない。
けれど今は、隣で鹿に追いかけられて悲鳴を上げる隼人の姿を見て、素直に「楽しい」と感じている自分がいた。
ホテルに戻り、大広間での賑やかな夕食を済ませ、大浴場で湯船に浸かりながら馬鹿話をする。
一日の行程がすべて終わり、ようやく自分の部屋で一息ついた時だった。
(……少し、書き留めておくか)
今日見た景色や、みんなの笑い声から得たインスピレーション。
忘れないうちにノートに記そうとしたその時、班の男子の一人がニヤリと笑って立ち上がった。
「なあ……女子の部屋、遊びに行こうぜ」
「は? おい、見張りの先生が廊下に立ってたろ」
颯太が即座にツッコむが、隼人までが「いいじゃねえか! 一度きりの修学旅行だぞ、冒険しなきゃ損だ!」と乗り気になってしまう。
「俺は遠慮する」
そう言ってノートを開き直そうとしたが、隼人に無理やり腕を引かれた。
「ノリ悪いぞ颯太! もう向こうには連絡済みなんだよ」
どうやら、すでに連絡を取り合って「今から行く」と伝えてしまっているらしい。
男子の部屋は二階、女子の部屋は三階。
階段とエレベーターの前には先生が陣取っており、正面突破は不可能だ。
「……誰かが囮になって、先生を引きつけるしかないな」
隼人がそう言い出したことで、誰が残るかの押し問答が始まった。
結局、公平にジャンケンで決めることになり……。
「うわ、マジかよ」
負けたのは、一番乗り気ではなかった颯太ともう一人の男子だった。
「……なんで俺が。最初から行く気ないって言っただろ」
そもそも女子部屋に行くことに興味がないのに、そのための隠密行動の手伝いという、最も面倒でリスクのある役目を負わされる。
その不条理さに颯太は呆れ顔で溜息をついたが、一度決まった以上、逃げられそうになかった。
不服ながらも、颯太たちは廊下に出て先生に「ちょっと相談が……」と適当な用件を装って声をかける。
その隙に、隼人ともう一人が影に紛れて三階へと滑り込んでいった。
作戦成功を見届けた颯太は、溜息をつきながら自分の部屋へと戻った。
それからしばらくして。
廊下からバタバタという足音と、「お前ら、いい加減にしろ!」という怒鳴り声が聞こえてきた。 颯太のいる部屋のドアが開くと、そこには先生に首根っこを掴まれ、うなだれた隼人たちの姿があった。
「部屋を巡回してた別の先生に捕まったか……」
そういえば、さっき颯太の部屋にも巡回が来ていた。
「ジュースを買いに出かけています」とその場しのぎの嘘を言ったが、先生は最初からお見通しだったようだ。
こっぴどく説教を食らい、しょんぼりと布団に潜り込む隼人たちを見ながら、颯太はふっと口角を上げた。
呆れるような出来事ばかりだが、それさえもひっくるめて、この時間が愛おしい。
(あと二日、か)
明日は京都。
どんな景色が待っているのか。
少しだけ膨らんだノートを枕元に置き、颯太は心地よい疲れと共に眠りについた。
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