透き通る嘘と、本当の想い
いろはとのデート当日。 颯太は、駅前の広場に円形のモニュメントの近くで、少し緊張した面持ちで立っていた。
ここは、初めて颯太、隼人、莉奈、いろはの四人で遊んだ時と同じ待ち合わせ場所だ。
あの時はまだ、莉奈との距離も今よりずっと遠く、いろはとも「友達の友達」という関係だった。
スマホをいじりながら時間を潰していると、少し離れたところから聞き慣れた声が届いた。
「颯太くん! 待たせてごめんねっ」
駆け寄ってきたのは、いつもより少し大人びた私服に身を包んだいろはだった。
首に巻かれていた薄いサポーターも取れて、顔色は良く、元気そうな笑顔に安心する。
莉奈と行った夏祭りのような情緒ある景色とは違う、ビルが立ち並ぶ都会でのデート。
颯太はどう振る舞うべきか戸惑っていたが、いろはは迷いのない足取りで歩き出した。
「今日はね、行きたいところがあるんだ。行こう、颯太くん!」
まず向かったのは、街の中心部にある大型の水族館だった。
薄暗い館内、青く照らされた巨大な水槽の中を色とりどりの魚たちが泳いでいく。
ペンギンたちのコミカルな動きや、優雅に舞うクラゲに、いつの間にか颯太の緊張も解けていた。
いろはは純粋に楽しんでいるようで、時折、颯太の袖を引いては「見て見て!」とはしゃいでいる。 そんな彼女の横顔を見ていると、不意に莉奈のことが頭をよぎった。
今、莉奈は何をしているだろうか。あの歌の反響で、困ったことになってはいないだろうか。
(……いや、ダメだ。今は目の前のいろはに集中しないと。彼女のために来たんだから)
失礼なことを考えてしまったと、自分を戒めるように首を振る。
お昼は館内のレストランで海を見ながらパスタを食べ、午後からは迫力あるイルカショーを見たり、お土産屋で記念品を選んだりした。
それは、どこからどう見ても、どこにでもある「普通のデート」そのものだった。
夕暮れ時、水族館の外にある海沿いのベンチで、二人はしばらく並んで座っていた。
オレンジ色に染まった空が海面に溶け込み、遠くで波の音が規則正しく響いている。
歩き通した足の疲れと、心地よい潮風。
今日という一日が終わろうとしている実感が、静かに二人の間に満ちていた。
「……今日は、ありがとう。本当に楽しかった」
いろはが膝の上で指を組み、海を見つめたまま静かに口を開いた。
その横顔は、いつもの元気いっぱいで天真爛漫な彼女とは違い、どこか大人びていて、少しだけ寂しそうにも見えた。
「こっちこそ。いろはが元気そうで良かったよ。……その、首も、もう大丈夫そうだし」
颯太がそう返すと、いろはは「うん、もう全然平気だよ」と小さく笑った。
けれど、その視線は水平線に固定されたままだ。
何かを言い出そうとして、迷っている。
そんな空気を感じて、颯太もまた、言葉を失ったまま夕日を見つめ続けた。
やがて、いろはは意を決したように深く息を吸い込み、ゆっくりと顔をこちらに向けた。
穏やかな沈黙が流れる。
しかし、その静寂を破ったいろはの次の言葉に、颯太の心臓は跳ね上がった。
「……ねぇ、颯太くん。莉奈先輩って、ステラなんでしょ?」
あまりにも唐突で、核心を突いた問い。
颯太は一瞬、息が止まった。
「え……っ? な、何言ってるんだよ。そんなわけないだろ」
必死に否定しようとしたが、声が上擦っているのが自分でもわかった。
しかしいろはは、焦る颯太を責めるわけでもなく、穏やかに理由を話し出した。
「私、ステラのファンだから。……カラオケでも聴いたし、部室での練習でも莉奈先輩の声、ずっと聴いてた。……文化祭のあの時、みんなが『ステラに似てる』って騒いでたけど、私は確信してたよ。……あの『仮歌』の話の時だって、二人とも変に焦ってたしね」
女の勘なのか、それとも莉奈を友人として、アーティストとして見つめてきた執念なのか。
いろははすべてを悟っていた。
莉奈はいろはのことを「友達」だと言った。
いろはなら、本当のことを話しても内緒にしてくれるはずだ。
そんな誘惑が脳裏をかすめる。
それでも、莉奈との約束を、莉奈が守り続けてきた秘密の居場所を、自分の判断で明かすことはできなかった。
颯太は何も答えられず、ただ唇を噛み締める。
その沈黙が、何よりの肯定だった。
「……ごめん、今の冗談。ステラが莉奈先輩なわけないよね」
いろはがふっと笑って言った。
それは、明らかな「嘘」だった。
颯太が答えられないのを見て、いろはなりの優しさで気づいていないふりをしてくれたのだ。
「……ごめん」
颯太が絞り出すようにそう言うと、いろははわざとらしく明るい声で茶化してきた。
「あはは、謝らないでよ。……やっぱり、颯太くんは莉奈先輩のことが好きだもんね」
「それは……っ、そんなんじゃなくて……」
図星だった。
否定したくても、自分の心に嘘はつけない。
莉奈と過ごした時間、彼女の歌声、不器用な笑顔、そのすべてに惹かれている自分を、颯太はもうはっきりと自覚していた。
けれど、それを認めることは、今この瞬間、隣にいるいろはの想いを真っ向から拒絶することにも繋がってしまう。
言葉を選ぼうと焦るほどに、沈黙だけが重くのしかかった。
そんな颯太の様子を見て、いろははいたずらっぽく、けれどどこか切なげに目を細めた。
否定しようとする颯太の言葉を遮るように、いろははベンチから立ち上がった。
「……でも、付き合ってないなら、私にもチャンスあるってことだよね」
最後の一言は、海風にさらわれるような、小さな呟きだった。
何を言ったのかは、はっきりと聞こえなかった。
それを問い詰める暇もなく、いろはは「そろそろ帰ろっか!」と歩き出してしまう。
その後ろ姿を追いかけながら、颯太の胸には、解き明かされた秘密の重さと、いろはの新たな想いが、波のように押し寄せていた。
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