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同じ校舎のどこかで

文化祭準備期間。

午後の校内は、ペンキの匂いと段ボールを切り裂くカッターの音、そして生徒たちの浮ついた声に満たされていた。

颯太のクラスの教室も、昨日までの静寂が嘘のように「メイド喫茶」への変貌を遂げつつある。

フリル付きのカーテンが窓に飾られ、教壇の隅には誰が用意したのかレースの付いた看板が置かれていた。


「おい颯太、行くぞ。買い出し担当の出番だ」


「わかってるよ……」


隼人に促され、颯太は重い腰を上げた。

クラスでの作業が本格化する中、外の空気を吸いに出られるのは「ぼっち」属性の強い颯太にとって、ある意味では救いだった。


学校近くのスーパー。

カゴいっぱいに詰め込まれた飲料水や菓子類を前に、二人はレジを待っていた。

その時、調味料コーナーで、メモ帳を片手に真剣な顔で棚を見つめる女子生徒の姿が目に留まった。


「……桜庭先輩?」


声をかけると、莉奈は驚いたように肩を揺らして振り向いた。


「あ、颯太くん……に、田島くん。二人も買い出し?」


「ええ。先輩もですか? たこ焼き……ですか?」


莉奈のカゴの中には、業務用の粉やソース、そして大量のタコが入っていた。

どうやら莉奈のクラスはたこ焼き屋をやるらしい。


ソースの焦げた匂いを想像した瞬間、脳裏に蘇ったのは、あの夏祭りの夜の記憶だった。

人込みを避けた神社の裏手。

二人で半分こして食べたたこ焼きの熱さと、それを『美味しいね』と言って、少しだけ火傷しそうに笑っていた莉奈の顔。

あの日、初めて『ステラ』ではない一人の女の子として意識し、胸が高鳴ったのを昨日のことのように覚えている。


けれど、そんな甘い記憶を感傷に浸らせてくれないほど、現実の莉奈の負担は深刻そうだった。

彼女の細い腕に対して、その荷物の量は明らかに過剰だ。

ずっしりと重いカゴを下げた莉奈の体は、今にもバランスを崩して倒れてしまいそうに見えた。


「これ、一人で持っていくんですか? 他に一緒に来てる人いないんですか?」


聞けば、本来はペアで来るはずだったクラスメイトが急に体調を崩し、保健室まで付き添っていたのだという。

代わりの人員を頼むこともせず、「一人で大丈夫だから」とそのまま買い出しに飛び出してきた彼女の不器用な優しさが、颯太には容易に想像できた。


莉奈は無理を作るように微笑んでいたが、その言葉とは裏腹に、彼女の指先はカゴの重みで白く強張っている。

細い肩がわずかに震え、重い荷物に引きずられるようにして歩くその姿は、見ていて危うかった。


それを見た瞬間、颯太の中に迷いはなかった。


「……隼人、悪い」


「ん? お、おいっ!」


颯太は自分が持っていた飲料水の入った重いカゴを、有無を言わさず隼人に押し付けた。

そして、莉奈の手からずっしりと重いカゴを半ば強引に奪い取る。


「持ちます。先輩は軽いものだけ持っててください」


「えっ、でも颯太くんのクラスの分が……」


「隼人がいるんで大丈夫です。な?」


「……お前なぁ。まぁ、いいけどよ。現金な奴だぜ、全く」


隼人は両手が塞がった状態で、呆れたように、けれどどこか楽しそうに肩をすくめた。


学校への帰り道。

荷物の半分を颯太に預けた莉奈は、少し申し訳なさそうにしながらも、穏やかな顔で歩いていた。


「……ありがとう、颯太くん。本当に助かった」


「いえ。……無理はしないでください」


「気を付けるね。よかったらたこ焼き食べに来てね。」


校門の前でそれぞれのクラスへと別れる際、莉奈は小さく手を振った。

その横顔には、以前のような周囲を拒絶するような影はどこにもなかった。


教室に戻り、装飾の手伝いや机の移動を一通りこなすと、時計の針はすでに放課後を指していた。  熱気に包まれた教室にこれ以上いるのが息苦しくなり、颯太は隙を見て教室を抜け出した。


騒がしい廊下、階段、中庭。

どこを歩いても準備に励む生徒たちの熱が伝わってくる。

その熱に当てられない場所を求めて辿り着いたのは、屋上だった。


重い扉を押し開けると、冷たくなり始めた秋の風が頬を撫でた。

そして、フェンス際に立つ一人の人影。


「……桜庭先輩」


莉奈だった。

彼女もまた、準備の喧騒から逃れてきたらしい。


「さっきぶりだね」


並んでフェンス越しにグラウンドを見下ろす。

オレンジ色に染まり始めた校庭では、後夜祭の準備なのか、キャンプファイヤーの枠組みが組まれていた。


「今年の文化祭、私……少しだけ楽しみなんだ」


莉奈がぽつりと、風に溶けるような声で言った。


「ずっと、学校の行事って苦手だった。どこに居ても、自分だけが浮いている気がして。でも今は……颯太くんや隼人くん、それにいろはちゃん。みんなが同じ校舎のどこかに居るって、それだけで安心するの。一人じゃないんだって」


それは、画面の中の『ステラ』ではなく、等身大の高校生としての、莉奈の切実な本音だった。

その言葉を聞いた瞬間、颯太の胸の中に熱い塊が込み上げた。

気づけば、言葉が口をついて出ていた。


「だったら……」


莉奈が「楽しみ」だと言ってくれた。

その輪の中に、自分も入っていていいのだとしたら。

握りしめた拳が少しだけ震える。


「俺と、一緒にまわりませんか? ……あ、いや、もちろん隼人やいろはも誘って、みんなで、でもいいんですけど……」


咄嗟に逃げ道を作ろうとした自分を、心の中で叱咤する。


「……本当は、二人でまわりたいです」


莉奈が、驚いたように目を丸くする。


「お互い、シフト以外の時間があるはずです。俺、先輩と一緒にまわりたいです。……二人で」


沈黙が流れる。

風の音だけが響く中、莉奈の頬が夕焼けよりも深く赤らんでいくのがわかった。

やがて、彼女は花が綻ぶような、この上なく愛らしい笑顔を見せた。


「……うん。わかった、颯太くん」


その直後、颯太のポケットでスマホが激しく振動した。

画面には『隼人』の文字。


『おい颯太! お前どこでサボってんだ! 買い出しのゴミ袋、誰が片付けると思ってんだよ。早く戻ってこい!』


静寂は一瞬で打ち砕かれた。

颯太は苦笑いしながら莉奈を見る。


「……戻らなきゃ」


「頑張って。またね、颯太くん」


背後に莉奈の柔らかな視線を感じながら、颯太は屋上を後にした。

駆け下りる階段。

足取りは、いつになく軽かった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


少しでも心に残るものがあれば、


評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。


次回も、よろしくお願いします。

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