秋風の中で、君を想う
九月も半ばを過ぎ、窓から入り込む風には少しずつ秋の匂いが混じり始めていた。
ホームルーム。
教壇に立つ学級委員の必死な制止も虚しく、教室内は文化祭の出し物決めという熱狂に浮かされていた。
すでに調理室の使用枠は埋まってしまったらしく、議論の焦点は「教室で何ができるか」に絞られている。脱出ゲームやカジノといった案が飛び交う中、一人の男子が放った「メイド喫茶」という一言が、教室の空気を一気に加熱させた。
女子側からは「自分たちが着る前提なの?」と呆れたような声が上がり、それに対して男子側が「じゃあ俺たちが女装するか?」と冗談で返して笑いが起きる。
そんな、文化祭前特有のどこか浮ついた、けれど騒がしく心地よい喧騒が教室を支配していた。
そんな喧騒を、颯太はいつものように一番後ろの席で、他人事のように眺めていた。
自分のような「ぼっち」にとって、クラスの出し物など、いかに目立たず、いかに労働を回避できるかのパズルに過ぎない。
(……メイド喫茶、か)
ふいに、脳裏に一つの映像が浮かんだ。
ひらひらとしたエプロンドレスに身を包み、少し困ったように頬を染めて「……おかえりなさい」と呟く莉奈の姿。
(…………っ!)
自分の想像力に殺されるかと思った。
慌てて首を振り、その煩悩を追い払う。
莉奈は一つ上の学年の先輩だ。……莉奈がやるわけではない。
仮に自分のクラスがメイド喫茶になったとして、他クラスの莉奈がメイド服を着る理由などどこにもない。
だいたい、莉奈にそんな格好をさせるなんて……いや、それはそれで……。
「よし、じゃあ『メイド喫茶』か『お化け屋敷』、どっちがいいか挙手で決めるぞ!」
そんなことを考えていると、案が二つに絞られたようだった。
学級委員の声で現実に引き戻される。
颯太は考えた。
メイド喫茶になれば、女子が接客の主役だろう。
男子は裏方で皿を洗うか、買い出しに行けば済む。
一方、お化け屋敷は暗闇での設営や驚かし役など、拘束時間が長そうだ。
(……メイド喫茶の方が、圧倒的に楽だな)
そう確信しながらも、颯太の体面が邪魔をした。
いい歳した男子が「メイド喫茶」に堂々と手を挙げるのは、なんだか下心が透けて見えるようで恥ずかしい。
結局、颯太は無表情のまま、「お化け屋敷」の方にひょいと手を挙げた。
結果は圧倒的多数で『メイド喫茶』に決定した。
「よし、決まり! 男子は装飾とキッチンをメインで、あと数人は呼び込み担当な!」
心の中でガッツポーズを作りながら、颯太は平静を装って窓の外を見た。
これなら当日は適当に裏方をして、隙を見て軽音部のステージを見に行けるはずだ。
チャイムが鳴り、一斉に生徒たちが動き出す。
教室に残って盛り上がるクラスメイトを背に、颯太は鞄を肩にかけた。
(……桜庭先輩、今日は部室にいるだろうか)
期待がないと言えば嘘になる。
あの日以来、莉奈の姿を学校で見かけるたびに、心臓の鼓動が一段階速くなるのを感じていた。
旧校舎の『第二音楽室』。
扉の向こうからは、今日も練習の音が漏れていた。
だが、中に入っても、そこに莉奈の姿はなかった。
「あ、颯太! 自ら顔を出してくれるなんて、珍しいね!」
マイクスタンドの前にいたいろはが、歌うのをやめてパッと顔を輝かせた。
「……別に、曲の仕上がりを確認しに来ただけだ」
「あはは、照れちゃって。曲なら順調だよ! 昨日、莉奈先輩が来てくれてさ。ボーカルのニュアンスとか、息の使いかたとか、つきっきりで教えてくれたんだ」
昨日だったか、と颯太は胸の内で小さく溜息をついた。
どのみち昨日はバイトだったから、放課後に残ることはできなかった。
莉奈は、学校生活を送り、配信活動をこなし、その合間を縫っていろはのボーカル指導までしている。
「桜庭先輩、大変じゃないのか。……自分の時間、かなり削ってるだろ」
「あはは、私も心配したんだけどさ。先輩、『私も勉強になるし、楽しいから大丈夫』って。あ、そうだ! 文化祭、何やるか決まった?私たちのクラスはスタンプラリーやるんだよ」
いろはの話では、クラスの枠を飛び越えて、学校全体を使った大規模な企画らしい。
「全スタンプ集めたら景品もあるから、絶対来てよね! 隼人も誘ってさ!」
「……ああ、気が向いたらな」
練習の邪魔にならないよう、短めに切り上げて部室を後にした。
校門を出る頃には、空は淡い群青色に染まっていた。
家に帰り、夕飯を済ませて自室へと戻る。
明かりを点けないままの部屋で、デスクの上のパソコンを起動させた。
颯太はいつものようにステラの配信をチェックする。
『みんな、今日も一日お疲れ様! 最近は少し忙しいけど、新しいことに挑戦してる感じで、すごく充実してるんだ』
画面の中で笑うステラ。 その笑顔の端々に、あの日、夏祭りの花火を見上げていた莉奈の、あの「百パーセントの笑顔」が重なって見える。
(……もう一度、見たいな)
モニターの光を反射する瞳で、颯太は静かに思った。
文化祭という喧騒の中で。
そして、これから続いていく日常の中で。
莉奈が心から笑える瞬間を、誰よりも近くで、何度でも見つめていたい。
そのために、今の自分に何ができるだろう。
秋の夜風に揺れるカーテンの隙間から、遠い夜空を見上げ、颯太は決意を新たにした。
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