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祭りの予感、膨らむ独占欲

海でみんなと遊んでからからの数日間、颯太の日常は以前のそれに戻ったはずだった。

自室に籠もっての楽曲制作、画面越しに眺めるステラの配信、そして生活のためのバイト。

いつも通りのルーティン。


それなのに、心にぽっかりと穴があいたような、妙な焦燥感が胸の奥に居座っていた。


(……なんだかんだ、楽しかったんだな)


面倒だと思っていた海での一日。

けれど、耳を澄ませば今も波の音や、いろはの突き抜けるような笑い声、そして隣で聞いた莉奈の小さな独白が聞こえてくるような気がする。


趣味で作っている制作中の楽曲に、無意識のうちに夏らしい明るいコード進行を混ぜてしまっている自分がいた。


そんなある日のバイト中。

休憩室で何気なくシフト表を確認すると、いつも隣に名前があるはずの隼人が、数日間ごっそり抜けていた。


「あいつ、家族旅行にでも行くのか……」


隼人がいない。

それは、颯太がこの店で唯一の「知っている顔」として、いつも以上に責任を持って働かなければならないことを意味していた。


お盆シーズンの混雑は予想以上だった。

店内に客が溢れ、普段は厨房専門の颯太も、レジの助っ人として駆り出されることになった。


「いらっしゃいま……あ」


自動ドアが開き、入ってきた親子連れを見て、颯太は言葉を失った。

そこには、いつもより少しラフな格好をした莉奈と、彼女の面影を色濃く残した上品な女性

――莉奈の母親が立っていた。


莉奈と目が合う。

彼女は一瞬、心臓が止まったかのように動きを止めると、気まずそうに帽子のつばをぐいと下げて視線を逸らした。

颯太もまた、どう振る舞えばいいかわからず指先が強張る。


「……こんにちは。いらっしゃいませ」


「あ……うん。こんにちは、颯太くん」


消え入りそうな声で、莉奈が挨拶を返す。

すると、隣にいた莉奈のお母さんが、颯太のネームプレートを覗き込むようにして目を輝かせた。


「あら、あなたが二宮颯太くん?」


「お、お母さん!?」


莉奈の焦り声を無視して、莉奈のお母さんは穏やかに微笑む。

「いつも莉奈が、家で楽しそうに颯太くんのこと話してて会いたかったのよ……うふふ、これからも莉奈と仲良くしてやってね」


「ちょっと、余計なこと言わないでよ……!」


莉奈は顔を真っ赤にして、母親の袖を必死に引っ張っている。


普段の冷静さはどこへやら、必死に母親を急かすその姿は、画面越しの完璧なステラでも、学校での高嶺の花でもない、等身大の「ただの女の子」だった。


(……あんな莉奈、初めて見た)


颯太の前だけで見せる表情とはまた違う、家族にだけ向ける無防備な焦り。

そして、家で颯太の話をしているという事実。

自分しか知らないはずの彼女の裏側に、いつの間にか颯太が深く入り込んでいる。


その事実に、颯太は喉の奥が熱くなるような、猛烈な特別感を感じていた。


颯太もまた顔が熱くなるのを抑えられなかった。


「……はい。こちらこそ」


不器用に応えるのが精一杯だった。

同時に、胸の奥でひっそりと、泥臭い安堵が広がった。


(……隼人が、ここにいなくてよかった)


隼人が今ここにいないことに、心底ホッとしている自分がいた。

こんなにも可愛らしくて、人間臭い彼女の姿を、隼人に――他の誰にも見せたくない。

自分でも驚くほどの、暗くて強い独占欲が、心の中に芽生えていた。


莉奈はひったくるようにケーキの箱を受け取ると、「……またね」とだけ残して足早に店を出ようとした時。


莉奈の足が、出口付近の壁で止まった。


莉奈が見つめていたのは、近所の神社で開催される「夏祭り」のポスターだった。

極彩色に描かれた花火と、提灯の明かり。

莉奈はしばらくそれを無言で見つめ、どこか羨ましそうに、あるいは何かを願うようにして店を後にした。


その夜。


颯太はいつものように、ステラの雑談配信を聴いていた。


『……今日はね、お母さんとケーキを買いに行ったんだ。すっごく美味しくて、幸せな気分になっちゃった』


リスナーは「どこのケーキ?」「いいなー」とコメントを流している。

けれど、そのケーキを箱に詰めたのが自分だということを、世界で颯太だけが知っている。


当然、颯太の名前は配信には出てこない。

けれど、それで十分だった。


ふと、昼間に莉奈が見つめていたポスターを思い出す。


――また、遊びましょう。


海からの帰り道、颯太はそう約束したはずだ。


誘いたい。

けれど、そんな勇気はどこを探しても見当たらない。

隼人たちも誘えば、少しは気楽になるだろうか。


けれど、隼人はおそらく旅行で不在だ。

いろはを誘えば間違いなく来てくれるだろうが、そうすると女子二人に男子一人。

当然他に誘える友達なんていない。


海以上に、颯太が気まずい思いをするのは目に見えている。


何より――颯太の心の奥底が、はっきりと告げていた。

あの祭りの明かりの下を、莉奈と二人だけで歩きたいのだと。


颯太はスマホを握りしめ、莉奈へのメッセージ画面を開く。

打ち込んでは消し、打ち込んでは消す。


『今度、近くでお祭りがあるんですけど……』


そんな当たり前の文章さえ、指が震えて送信ボタンが押せない。

これは「二宮颯太」が「桜庭莉奈」に送る誘いなのか。

それとも、身の程知らずなファンが、画面の向こうのステラを求めているだけなのか。


画面の向こうで、ステラが笑っている。

颯太は勇気を振り絞り、暗い部屋の中で一人、静かに呼吸を整えた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


少しでも心に残るものがあれば、


評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。


次回も、よろしくお願いします。

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