届いた音、触れなかった距離
昼休みの教室は、いつも通り騒がしかった。
颯太は唯一信頼している親友の田島隼人と並んで校舎を抜け、屋上へ向かう。
隼人は中学二年生のとき、親の転勤で颯太と同じ学校に転校してきた。
全校生徒の少ない中学では、颯太の所属していた野球部は三年生の引退と同時に廃部になった。隼人も、前の学校で続けていたサッカーをここでは続けられず、二人は揃って帰宅部になった。
放課後の時間を持て余すうちに、自然と一緒にいるようになり、気づけばそれが当たり前になっていた。
昼休みの屋上は、校舎のざわめきから切り離されたみたいに静かだった。
金網越しに見える空はやけに高く、まだ少し冷たい春の風が、コンクリートの床をなぞっていく。
颯太はフェンスに背を預け、地面に置いたコンビニの袋をぼんやりと見下ろしていた。隣では隼人が、いつもの調子でパンをかじっている。二人の距離は近いが、颯太の意識はどこか遠くにあった。
――昨日公開されたあの曲。
自分が作った曲が、ステラの声と映像をまとって、もう“自分の手を離れた場所”にある。その事実が、じわじわと胸の奥に残っていた。
隼人がふと思い出したように口にしたのは、楽曲提供の話だった。
颯太はゆっくりと顔を上げる。
隼人に楽曲提供の話はしていたが、隼人はVtuberや音楽には興味がなく、話を聞き流しているものだと思っていた。少し意外に思いながらも、颯太は簡単に説明した。
動画サイトで使っている名前では出さなかったこと。
あくまで“別の名義”として、曲だけが独立する形を選んだこと。
理由は単純だった。
誰の曲かよりも、誰の声で、誰の物語として届くか。それを一番大事にしたかった。
隼人はそれ以上深くは突っ込まなかった。ただ「らしいな」と短く笑っていた。
やがて隼人は、「ステラステップ」のMVを再生して見せてくる。
颯太は隼人が横向きにして見せてきたスマホの画面をちらりと見た。再生数はすでに二万を超え、コメントは熱量に溢れている。
――すごい。
その一言では、まったく足りなかった。
数字が伸びていることよりも、画面の向こう側にいる誰かが、確かにこの曲を聴き、何かを感じ取っているという事実のほうが、胸に重くのしかかってくる。
「元気もらいました」
「今までの活動を思い出して泣いた」
コメントにある短い言葉のひとつひとつが、颯太の心に静かに染み込んでいった。
自分が作ったメロディを、ステラが自分の表現で歌い、映像として動かした。
見るたび、胸の奥がじんわりと熱を帯びる。
あのメロディを思いついた夜のことを、颯太はよく覚えている。
活動初期のステラを颯太は知っている。再生数も伸びずファンも多くはなかった。それでも、画面の中のステラは楽しそうだった。
そんな姿を思い浮かべながら鍵盤を叩いていたら、自然とあのメロディが出てきたのだ。颯太自身も驚くほどに簡単に出てきた。
それが今、こんなにも遠くまで届いている。
颯太はスマホから視線を離した。胸の奥に残る余韻は、簡単には消えそうになかった。
自分は”作った側”なのに、まるでリスナーの一人みたいに、何度も心を揺さぶられてしまう。その事実が、少し可笑しくて、同時に悔しい。
――そのときだった。
屋上へ続く扉の前で、誰かが足を止めた気配がした。
昼休みの屋上は、基本的に人が少ない。だからこそ、声は思った以上に通ってしまう。
入口の陰で立ち止まった少女――莉奈は、扉に手をかけたまま動けずにいた。
屋上に誰かいる。その事実に気づいた瞬間、引き返そうとした。だが、風に混じって届いた言葉が、足を縛る。
楽曲提供。
ステラ。
別名義。
はっきりした会話ではない。ただの断片だ。それでも莉奈の胸は、理由もなくざわついた。
それは、知っている話題だった。
いや――知っている、では足りない。
もしかしてあの人が楽曲を提供してくれた、”そうた”さんなのか。
昨日の電車。
あの曲と、視線が一瞬だけ重なった記憶が、胸の奥でよみがえる。
そう思った瞬間、莉奈は扉からそっと手を離し、足音を殺してその場を去った。昼食を持ったまま、行き場を失った感情だけを胸に残して。
颯太は、彼女がそこにいたことを知らない。
ただ、昼休みの終わりが近づくにつれ、理由のわからない胸騒ぎだけが、薄く残っていた。
――その夜。
夕飯を終え、母親がテレビの音量を落とす頃、颯太は自室でスマホを眺めていた。
画面には、何度も再生したMVのサムネイルが残っている。
明るくて、前向きで。
それでもどこか切なさを含んだメロディ。
ステラのこれまでをなぞるようなアニメーション。
積み重ねてきた時間を肯定するみたいな、優しい光の演出。
――やっぱり、彼女の曲だ。
そんなことを考えていたとき、スマホが震えた。
表示された名前に、指が止まる。
ステラ
楽曲を納品した日以来の連絡だった。
理由はわからない。
高鳴る鼓動を抑えながら颯太はSNSのメッセージを開く。
短いメッセージだった。
けれど、その一文だけで十分だった。
――少し、お話できませんか?。
颯太は息を整え、画面を見つめる。
もう、ほとんど気づいている。
それでも、これはきっと“確信”に変わるための一歩だ。
返信を打つ指は、少しだけ震えていた。
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