6:自由な生活
伯爵家の警備体制を観察したアミィは、正門とは真逆の裏門が普段使われる事がなく、警備騎士は門に意識をやるでもなく素通りにすると気がついた。
業者のための門は荷馬車が入れる大きなものが正面側に別にある。人間が一人二人通れるだけのこの裏門はなんの為にあるのだろう。
(有事の時にこっそり逃げ出す用かしら。でもこの鍵は錆びてるし、いざという時に使えないのでは?)
どちらにしろ無視されている裏門をどうこうしても気付かれまい。前世で培った技術で鍵を壊し、アミィは堂々と伯爵邸を出た。もちろん鍵が掛かっているように見せかける細工も忘れない。
「すぐにお金になる仕事ってありませんか?」
アミィが真っ先に向かったのは総合ギルドだった。そこは各同業者ギルドの案内窓口であり、貧しい子供にも仕事を斡旋してくれる真っ当な組織である。
このエルセイロ王国では職人たちの相互扶助の意識が高く、組合が出来るのも他国より早かった。ただし、グローバ国のような傭兵ギルドや、自由人の集まりの冒険者ギルドといったものは存在しない。
前世のトパーズがソロイド隊長に『どうして冒険者ギルドがないのですか』と尋ねた時、彼は苦笑いをした。
『権力者が民間の戦力を認めるわけがないだろう。そんな根無し草の生活をするくらいなら兵士になれってこった』
『他国の傭兵ギルドは利用するのに?』
『グローバ王国の傭兵ギルドは国営だから保障がある。信用が第一だからな。ギルド自体の裏切りはまず無い。冒険者ギルドは無法者も多いし基本個人主義だ。騎士や兵士みたいに指示に従うかどうかも分からんから利用はできない』
思えば隊長はいろんな話をしてくれた。異国の風習とか、星座の名前や花言葉まで多岐に亘った。
(随分面白い御仁だったな)
その雑談のおかげで、今世で世間知らずなアミィも総合ギルドの存在を知っていたのだ。
「まあ……あなた幾つ?」
「八歳です」
「うーん、細いし体力無さそうねえ。何かできる?」
「野菜の皮剥きとかなら」
ギルドの受付嬢との質疑応答では年相応に振る舞った。汚れた質素な綿ワンピース姿が、訳あり少女としていい塩梅に人目に映る。どこかの下働き使用人の娘くらいに見られたようだ。
「ちょうど近くの東地区の騎士団詰め所の食堂が手伝いを募集しているから、体験してみる? 出来が悪くてもお駄賃くらいはもらえるわ」
「騎士団内部なら子供にも甘いはず」と、すぐにギルド嬢は紹介状を書いてくれた。日雇者の身分は詮索されない。そのルールは子供にも適用される。
「頑張ってね」
「ありがとうございます。お姉さん」
幸運にもすぐに仕事を得たアミィは、東区騎士団で重宝される事になる。料理に加えて掃除、洗濯の手伝いまでするようになったからだ。稼ぐ金は多くないが労働に対する正当な報酬である。それに賄いをただで貰えるのは嬉しかった。こうして伯爵家でのひもじさは解消された。
せっかく騎士団と縁が出来たのだ。アミィは仕事が終わると騎士団の訓練風景を見るのを日課にした。
(弓使いは居ないのね)
王都の治安維持に特化しているここの騎士団では、必要性が薄いのだろうか。
(飛び道具って便利なんだけどなあ)
騎士のプライドで剣以外の武器は認めないという層が一定数いる。王都の騎士だって軍人で、戦争が起これば結局駆り出されるのだから、武器に拘っても仕方ないと思うのはアミィが傭兵だったからか。
今、エルセイロ王国は戦争をしていない。他国との関係もそこまで悪化していない現状を維持できればいいと思う。傭兵以外の生き方がなかったトパーズと違い、平和な時代で曲がりなりにも伯爵令嬢として生きられるのは恵まれている。
どうやらトパーズが散ったあの戦争でエルセイロ王国は勝利したらしい。カイマール・ソロイドは順調に出世して、最終的に将軍にまで上り詰めたようだ。
いかに味方を死なせないか、と考えながら戦略を立てていた男だ。人望は厚かったに違いない。
「騎士の訓練を見るのは面白い?」
「なんなら騎士になる? 平民でもなれるのよ」
アミィがこっそりと訓練を眺めている事に気がついた女騎士たちが、彼女に声をかけた。
「そうですね。護身のために習えたらいいんですけど」
消極的ながら興味を示すアミィに、騎士たちが休憩時間に指導してくれるようになるまで時間は掛からなかった。
「まずは体力作りだな。体幹を鍛えないと武器は扱えない」
ご尤もである。特に運動をしていない子供の身体だ。アミィは騎士団から伯爵家への往復は走る事にして、家の中では腹筋や柔軟体操を始めた。誰の目にも触れず鍛錬できる隔離生活、万歳!
騎士たちは吸収力のある面白がってアミィに様々な技を仕込んでくれた。お陰で実戦はともかく、手数だけは前世を上回るくらいである。
結局十二歳になるまで不定期に騎士団で仕事した。それは彼女の財産となる。
伯爵令嬢としての教養を身につけたかったが、伯爵夫人がマナー講師を寄越したのはアミィが十歳の時だけ。それでも前世で貴族界に潜入するために教わった教養が記憶にあるのが役に立った。物覚えがいいと講師が驚いたくらいなので、早々に打ち切られたのかもしれない。
結局マナー本を読んだり、過去を思い出しながら一人でダンスのステップの練習をしたりと、独学で淑女教育擬きにも力を入れた。どんな未来を迎えてもいいように、できる事はやっておきたかったのだ。もちろん戦士として鍛える事も忘れなかった。
そうして十四歳になる頃には自称狩人となり、森で動物や鳥を狩っては商店に売りに行くようになった。たまに魔物に出くわすと退治する。それらの毛や皮や内臓などは加工品の材料として売れ、収入はぐんと上がる。
アミィは帽子を被るくらいで特に変装はしていなかったので、黒髪の弓使いの少女はその界隈では知る人ぞ知る存在だった。
冒険者ギルドがあれば加入して魔物退治の依頼でも受けたいくらいであるけれど、残念ながらエルセイロ王国には冒険者ギルドがないので仕方がない。




