31:決闘準備
「早く剣を準備しろ!」
「椅子を持ってこい!!」
「えーと、あと要る物は……」
辺境軍の騎士たちが慌ただしく動き出した。
半ば茫然自失状態のオズワルドをよそに、やがて全てが整う。
オズワルドはいつの間にか椅子に座らされていた。本来なら決闘を見届けるべき元凶の、もとい、〈姫〉のみが座るのだが、辺境伯が着座しているのに第三王子殿下が立ったままなのもまずいだろうと、彼の分も椅子が用意されたので、オズワルドとレミス、二人仲良く並んで座っている。
「……おい! これはなんだ!」
我に返ったオズワルドが声を震わせ、手渡された一輪の薔薇を潰さんばかりに握りしめる。
「何って……閣下が勝者に渡す薔薇です。ご存知のようにここには蔓薔薇しかありませんので、小振りですが綺麗なものを選んできたつもりです。あ、もしやまだ棘が残ってましたか!?」
オズワルドの手元を見た騎士が心配する。彼は第一検問所を出て真面目に赤い薔薇を探してきたのだ。
実は第一国境壁の外側も厳密にはまだしばらくサイデルフィア領だ。領地内の外壁に沿って鋭い棘のある低木の常緑樹が植えられているのは、元々国境壁越えを心理的にも防ぐ目的だった。しかしそもそも第一検問所を堂々と突破する、フン・タルマルクの辺境部族たちにとっては壁越えなど発想すら無く、ただの緑の外観でしかない。
どこの国の諜報員もどんな手を使ってでも入り込むのだから、結局抑止力にあまり関係がないと気がついたのは景観を整えて割とすぐだった。棘が目立つ荒々しい木樹の生垣は殺風景すぎると辺境伯に訴えた植樹師たちによって、あとから色とりどりの年中咲きの棘あり蔓薔薇が隙間に植えられ、大体いつも蔓薔薇は咲いている。騎士が決闘用に見繕ったのは、外壁に色を添えているそれらの中の一輪だ。
「違う!! なに本格的な〈姫〉に仕立ててるんだよ!」
「ああ、閣下。そんなに振り回しては花びらが散ってしまいます」
咎められたオズワルドは、怒りの表情のまま、薔薇を握った手をすっと膝の上に置いた。薔薇に罪は無い。
「おまえら、これでいいのか!? おまえらの大将なんだぞ、俺は!!」
仕方なく座っているオズワルドだが、吠えるのはやめない。
「奥方が閣下を賭けての決闘、胸熱です!」
「こんな珍事、もう二度とありません!」
「孫にも伝えたいです! 俺はまだ独身ですが!」
「絵師がいればいいのに……」
「さっきの劇団にいるんじゃないか?」
「呼んでみるか!」
辺境軍はちょっとしたお祭り騒ぎである。
「オズ、サイデルフィアは娯楽が少なすぎるんじゃないか? おかしな展開に異様な盛り上がりだぞ」
「言うなレミス。……俺は今、見世物だと自覚している」
「違う。おまえは添え物で、主役は美少女二人だ」
ばっさり言われてオズワルドは撃沈である。確かに女性同士の決闘なんて王都でも見ない催しである。王都では女性騎士も参加しての一騎打ち競技大会の開催はあるけれど、個人の私闘などあり得ない。
部下たちがドレス姿で戦う少女たちの姿を描いてもらいたいと考えるのは、不本意ながらオズワルドにも理解出来た。
「アミリシア様ー!」
「ちゃっちゃと決めてくださいー」
「閣下を渡さないでくださいね!」
騎士たちはオズワルドが止めないので、言いたい放題である。
「くっ! 慕われているのだな、夫人は」
「意外だったかい?」
呟くララハナにカイマールが問えば、彼女は首を横に振った。
「いや。戦えるのなら辺境軍に認められて当然だ」
ただ想定外だったのである。突然決まったオズワルドの結婚は、王室に勧められた結婚だとララハナは聞いた。押し付けられた妻なら離婚して、ハレイ族との和平を示す自分相手でもいいのでは、と直談判に来たのだ。
「武家の娘を宛てがうとは、思ったよりエルセイロ王は分かっている」
アミィは武家の娘ではないし、分かっているのは第三王子なのだが、カイマールも面倒なのでいちいち訂正はしない。
「辺境伯姫ー、君は奥方の声援はしないのかい」
「うるせえ、はっ倒すぞ」
隣で茶化すレミスにオズワルドは不機嫌丸出しだ。
「一瞬でつく勝負に声援出来るかよ」
辺境伯は彼女たち双方の実力を知っている。
向かい合ったアミィとララハナに、それぞれ武器が手渡されると、周囲が静かになった。
「木剣、だと? 刃を潰した模擬剣ではないのか?」
木剣は騎士見習いが使う初心者用の物なので、ララハナが拍子抜けする。
「鍛練用の模擬剣でも重傷を負う危険があります。勝敗を決めるだけなら木剣で十分でしょう」
木剣を準備した騎士の説明に「そうだな」とララハナは頷き、「思ったより重さもあるしな」と納得した。
「ええ、大陸一重くて硬いリドルラルの木で作っているので、普通の木剣だと舐めていたら痛いですよ」
続く騎士の説明に「待て!」とレミスが口を挟み、「リドルラルは熱帯地方の未開地に自生する高価な木材だ。王室だけが輸入しているはずなのだが?」と、オズワルドを横目で見る。
やばかったのか!?と驚く説明騎士に反し、オズワルドは皮肉な笑みを浮かべてレミスを見返した。
「祖父の代からジェイメル王国の親戚に融通してもらっているぞ。立派な木材ではなく主に木剣目的の端材だから輸入規制に引っかからなかったみたいだ」
悪戯っ子のような顔の親友は、揶揄っていたレミスへの意趣返しで鬱憤を晴らしているのだろう。
「主に、と言ったな。全く。失言を咎めないといけないこっちの身分にもなれよ」
「知らん。たまたま友人になった男が王子だっただけだ」
「はあ、絶対馬車の軸受にも使用しているだろ。今後作ると言っていた水車にも使うんだろ」
「黙秘する。返答が欲しければ王家から正式な質問書を送れ」
「……別にいいよ、軍事利用でも。どうせエルセイロ王国の戦力として、認めざるを得ないんだから」
「殿下、他国の者の前でそれは……」
レミスの従者がこっそりと話しかけるが、レミスはこちらを注視していないララハナをちらりと見る。
「王家とサイデルフィアの関係性なんて、どうせ他国には筒抜けなんだし、あの姫様に聞かれたって構わないよ」
なんて事は無いと示すのだった。
ひとしきり木剣を確認していたララハナだが、アミィに「夫人、剣を交換してもらえないか」と頼む。
「なっ! 我々が剣に不正をしているとでも!?」
騎士が気色ばむ。
「いいわ。敵陣で疑い深いのはいい事よ」
アミィはあっさりと自分の剣を差し出す。
「対応を感謝する」
ララハナは恭しく礼をした。戦士への感謝の仕草である。
「ハレイ族に限らずタルマルクの辺境部族たちはよく名誉を賭けて決闘する。その時一方が望めば武器の交換は認められている」
カイマールが語り、「そういう文化だ」と締めた。
「私だって急拵えの決闘の場で細工をする時間があったとは思わないし、誇り高きサイデルフィア騎士がそんな不正はしないと承知している。ただ夫人のいう通り敵地に一人だ。立場上申し出るのが筋なんだ」
ララハナは困った表情で弁明する。
「いいの。私も善意じゃないわ。あなたが負けた時に武器のせいだと言い出さないためよ」
アミィは肩を竦めた。
「私が負けると……。よほど自信があるのだな」
アミィを見据えて木剣を構えるララハナを手で制し、「審判はソロイド子爵でいいね?」とレミスが確認する。
「ああ、エルセイロの英雄なら文句はない」
自国の敗戦によりサイデルフィアに土地を奪われた事に対し、ハレイ族は目前のエルセイロを恨まず、フン族王を負かしてくれたカイマールに好意的なのだ。
新生タルマルクの統一戦争で辛酸を舐めさせたフン族はずっと憎悪の対象だ。元敵国に怒りを持たないの“そんな価値観なのだろう”とレミスは考える。隣国の内政不和は国内だけでやってくれるのなら関係ない。
「ご指名ですか。では僭越ながら私が審判をいたしましょう。公平を軍神に誓って」
レミス王子の手前、神妙な顔でカイマールが進み出た。




