29:辺境伯の縁談話
「……は?」
ものすごい形相でララハナから怒号を浴び、睨みつけられているオズワルドといえば、あんぐりと口が開きとても間抜けな顔をしている。アミィが初めて見る表情だ。これはララハナの言葉に理解が追いついていない。
「あらオズ様、縁談がおありでしたのね」
アミィが軽口を叩くと、彼はぶんぶんと音がしそうなほど首を横に振った。
「違う! 誤解だ! 彼女の事は知らない! アミィ、信じてくれ!!」
「オズ、落ち着け。それじゃ浮気を疑われてる旦那だぞ」
カイマールがオズワルドの肩に手を置く。
「そうですよ閣下、奥方になに弁明してるんですか」
「縁談を断ってるって話なんですから誤解も何もありません」
「振られているのにやってきたイタイ少女です」
オズワルドを守るために集まっていた彼の周りの騎士たちも、大将に声を掛ける。
「おい! イタイ女と言ったおまえ! そこに直れ! 首を落とす!」
ララハナは戦場での印象そのままに激情型だ。
「ハレイ族というのは首狩族なのか?」
妙に静かな声だがよく響いた。レミスである。
「そんな過激な一族とサイデルフィア辺境伯を、縁付けなくて本当に良かったよ」
ララハナは驚いて彼を注視し、「おまえは……エルセイロ王族の者なのか?」と質した。
「……そうだ。君の肖像画を見ていたから、君が誰だか分かった」
「もしや王家は辺境伯に結婚の打診をしなかったのか!?」
浅慮そうなララハナでもオズワルドの態度で、彼に話が通っていなかった事に気が付いた。
レミスが他国の王族と分かっても、彼女が態度を改めないのは仕方がない。ハレイ族は自国のフン族王にさえこのような態度なのだ。あくまでもハレイ族とその他の一族。彼らが崇めるのは守護精霊であり、尊敬するのは族長だ。
それを知っているレミスは柔軟に〈文化の差〉と考えているから、無礼な少女に苦言を呈する事はない。
「首を落とすのは侮辱された時のみ! 我々は戦で首など狩らない!」
「……侮辱の線引きが低すぎないか?」
「あんな辺境伯夫人、おっかなすぎる……」
「良かった……嫁入りされなくて」
ララハナの粛清対象になりそうな騎士の面々は、ひそひそと会話を続けていた。
しかし、ララハナは彼らに気を取られておらず、真っ直ぐにレミスにくってかかる。
「大陸の作法に則り、正式にフン・タルマルク王国ハレイ領主ノルトウ・ブルシュの名でエルセイロ王国、ラモライズ・ドア・エルセイロ七世にオズワルド・サイデルフィア辺境伯への結婚を申し込んだ! なのに辺境伯に話さえしなかったのだな!?」
ララハナは事実を知り憤慨している。
(あ、そこは常識的に貴族の国際結婚として筋を通したのね)
アミィは意外だった。国境紛争のどさくさで押しかけ女房になる方法を選びそうなのに。
「初めて彼の勇姿を見た時一目惚れしたから、父様に辺境伯に嫁ぎたいとお願いしたのに! 父様も“あの男ならおまえに相応しい”と喜んでくれたのに! 私はずっとおまえが好きなんだ!」
ここでララハナに視線を向けられたオズワルドは、身体をびくりとさせ「お、おう」と口籠もった。
「カイマール様、私は目の前で夫を口説かれてるんでしょうか?」
アミィの疑問に「修羅場かこれ?」と、カイマールは首を傾げる。
なんとも奇妙な三角関係の様相だが、「いや、夫婦に横恋慕している女がいるってだけでしょう」と誰かが正解を言った。
「でも姫様は、見合いの機会さえ奪われていたって事でしょう?」
降って湧いたアミィの婚姻以前に話があったのだ。アミィはレミスの弁明を待つ。
「姫の初陣を考えたら一年前くらいか? 確かに俺は結婚なんか全然考えてなかったから、結局断っていたと思う」
オズワルドに被せるように「だから月日を置いて何度か申し込んだ。なのに最後の返事は“辺境伯は婚姻済み”だ! 当然納得できないだろう!」とララハナは叫ぶ。
「……あのね、ララハナ姫。他国の貴族に嫁ぐならもっと実情を調べないといけないんだよ」
レミスは年下の少女に言い含める優しい口調になった。
「サイデルフィアを調べた! 辺境伯のお父様もお爺様もジェイメル王国の貴族令嬢と結婚しているじゃないか! 私になんの問題があった!」
「……エルセイロ王家に申し込んだ事が失敗だよ」
「どういう事だ!?」
「エルセイロ王家がそもそも他国の力を得る国際結婚なんて、認めるわけがないんだよ。オズの父親も祖父も勝手にジェイメル王国から配偶者を連れてきたんだ。ジェイメル国王の許可も得て、エルセイロ王が反対するのは却って国際問題になるくらいの状況になってから、事実婚の事後承諾を求めてきた」
「……つまり」
ようやくララハナは理解した。
「そう。勝手にサイデルフィア家に申し込めば良かったんだ。少なくともオズワルドへの求婚は通っていたはずだ」
「おまえが潰したのかー!!」
姫君の怒りはレミスに向かう。
「まさか。僕は権限のない第三王子だよ。サイデルフィア家に紛争中のフン・タルマルクから釣書が届いて“どういう事だ?”と国王が訝しがってね、王子たちに意見を求められただけだ。君の肖像画もその時拝見した」
レミスは飄々としている。
「和平目的かとか、サイデルフィアの懐に入って内部を崩すのではとか、色々意見が出て面白かったなあ。あ、ララハナ姫の一目惚れなんて説は全く上がらなかったから、今びっくりしてるよ」
結局ハレイ族の思惑はどうでも良かった。断るのは決定事項である。
辺境のハレイ族が自国の王家に反発しているのは周知の事実。サイデルフィアとエルセイロ王家の関係性が、幼児同士の仲違い程度に思えるくらい険悪だ。
主要民族のフン族に数で負けて、彼らの名を冠する国に属する事になったのが屈辱であり、それでも戦争になれば国の名の下に戦わなければならない。しかしそれこそがハレイ族の妥協点で、それ以外は政権に従う気はないと突っぱねている。その戦闘力を失いたくない王が結局折れて、辺境は野放しが実情だ。
確かに状況はサイデルフィアに似ているかもしれない。だがエルセイロはサイデルフィアを恐れ、フン・タルマルクはハレイ族を持て余している。根本的に違う。
「父様は私が辺境伯と結婚したら、フン・タルマルクを裏切ってもいいと言っていた! その条件を知っていたら話は変わっていたか!?」
ララハナの主張に「あ、やっぱりそうだったんだ」とレミスが反応した。
「そりゃ益々エルセイロ王が認めねえな」
カイマールが嘲笑する。
「これ以上サイデルフィアが強くなるなんて絶対許さねえ」
「ソロイド子爵の言う通りだ。君たちは選択肢を間違えた。君たちだけじゃなく外国からの縁談がちらほらオズに舞い込んでいたから、陛下は中央貴族の娘を宛てがえと僕に命令したんだよ」
「え? そうなのか?」
レミスの暴露はオズワルドも初耳だった。
「印象深かったのは小国の九歳の王女だな。内乱に巻き込まれそうで保護目的の縁談だった。オズには人道的にその王女と結婚してもらっても良かったんだけど。陛下が外国との縁を嫌ってさあ。ほんと器が小さいよね」
(父親を貶すのはまずいのでは?)
アミィは思ったがここは国の最果て。咎める者も王に告げ口する者もいない。
「その王女はどうなった? まさか国内で殺されたり」
ララハナは人情家でもある。他国に逃げなければならない幼いライバルの行く末を心配した。
「内乱がおさまってね、話が立ち消えた」
それは良かった、と一同が安堵する。
「だからねララハナ姫、君に勝機はなかったんだ。ごめんね」
レミスの軽い口調は口先だけの謝罪に聞こえた。
「くっ! それで辺境伯の後ろにいるその女が妻なのだな!」
ようやくララハナがアミィの姿を見る。貴婦人の装いをしてオズワルドに従っている若い女だから確信していた。
「アミリシアと申します。ララハナ姫」
取り敢えず挨拶をしたものの“以後お見知りおきを”と定型文を付け加えていいのか迷う。優雅さだけは気をつける。辺境伯夫人として。
ララハナは唇を噛む。彼女が初めて会うエルセイロの貴族女性である。アミィの洗練された仕草はララハナには無縁のものだ。悔しくなった彼女は矛先を変える。
「辺境伯はそんな弱そうな女で良かったのか!?」




