24:夫は多忙で妻は暇?
アメリアたちの帰国後も、オズワルドは会議で忙しい。すぐに助言を請える彼らがいないので、サイデルフィアの人間で知恵を絞るしかない。
辺境の端が荒地になったのは粘土質で硬く水捌けが悪かったせいだ。
「農地として再生の基礎は出来たが、これからも堆肥は必要だ。これは国内で調達したいと思う」
「それが良いでしょう。南の穀倉地帯のレンモル領に打診してみますか」
各地の村役人を纏める取締役長の一人が意見を出す。此度の農地改革のメインになった地域の長である。勉強するオズワルドに触発された形で、よく調査していた。
これ以上ジェイメル王国と親密だと思われてはいけない。あの凡庸王がまた要らぬ妄想をしそうだからだ。
『そんなにサイデルフィアを奪われることを心配するくらいなら、とっととジェイメルと文化同盟でも結べばいいのにね』
オズワルドの友人のレミス王子がかつて言った言葉だ。
まだ優しい表現だった。本音を言えばレミス王子もオズワルドも、更にはカイマールまでも、軍事同盟が組めれば良いと考えている。そうなればフン・タルマルクは大人しくなる。さすがにジェイメル王国の後ろ盾を得たエルセイロ王国を相手にしたくないだろう。
だが、ジェイメル王国にはエルセイロ王国と同盟を結ぶ利点が無い。
ジェイメル王家は、自国の貴族令嬢が嫁いでいるサイデルフィア領には好意的だが、エルセイロ王家とは距離を置いているのが実情だ。
理由は簡単。
“信用できないから”
戦争をした事が無いため、友好的な関係だと思っているのはエルセイロ側だけだ。ジェイメル王国とて隣国と不仲なのは出来れば避けたいから、当たり障りのない外交をしている。
“親しくしても裏切られるかもしれない”と危惧されているのだ。
それはエルセイロ王朝の歴史を鑑みるに仕方がない。
建国に協力した弟たちの力を削ぐために不毛な地に閉じ込めた初代王。臣下を侮蔑したため謀反を起こされ独立された愚王。血筋による絶対王政の中には当然賢王も居た。しかしそんな新興国をずっと見てきたジェイメル王国からすれば、〈王家の正当な血筋〉は猜疑心が強いと感じる。特に今代王がそんなタイプで、そんな王朝とは関わりたくない。
エルセイロ王族はジェイメル王族との婚姻をずっと打診しているが、断り続けている。いつ自国の王女を人質に取られるか分かったものじゃない。そんな認識なので縁は持ちたくないのだ。
「まあ王家の文句くらい黙って聞き流すさ」
オズワルドは首を竦めた。相手にしないのが辺境の処世術だ。王家はサイデルフィアに強く出られない。
王家と本気で全面戦争をはじめたら、まずサイデルフィアが勝つ。
王国軍の元大将率いる魔獣討伐のソロイド騎士団、現役で隣国と紛争中の辺境騎士団。実践経験のない騎士が多い王立軍が数で上回っても相手にならないだろう。形式だけの貴族騎士などは戦意喪失してきっと役に立たない。
なんならジェイメルから大型兵器の輸入も出来る。エルセイロの中央政権より、サイデルフィア領の方にジェイメルは力を貸すからだ。そうなればフン・タルマルクも辺境から手を引く。そんな展開をオズワルドは予想している。だから王家の建前だけの苦情などどうでもいい。自領でやる事は山積みなのだ。
「さて、次は分水についての草案だが……」
辺境伯の言葉に役人たちは手元の資料に目を落とした。
オズワルドは多忙で、アミィは退屈していた。辺境伯夫人としての仕事は?との声など聞こえない。しばらく女夫人がいなくてもサイデルフィア領は問題なかったのだ。
(むしろ鬼門の中央貴族の娘なんて、辺境にとっては異分子なのでは? 余計な事しないで大人しくしているのが正解なような気がする。……めんどくさいし)
アミィはそう思っているから茶会だの夜会だの開く理由がない。家令にそれとなく勧められても、「オズ様も忙しいし資産の無駄遣いじゃないかしら。今は領地改革に力を入れる時期だと思う」と躱していた。
「所詮〈王都の女〉だと、領地の女性たちの反感を買うのはごめんよ」
アミィはサイデルフィアに何ももたらさない存在だ。むしろサイデルフィア家の財産を実家に使わせている。その金額に見合わないと思っていた。オズワルドが妻として扱ってくれるから体裁が保てているのだ。
「まさか。魔の湿原森に特攻する辺境伯夫人を、見下す領民などいないぞ」
一人茶会をダリアの庭の東屋で楽しんでいたアミィの元に、辺境伯がやって来た。
「旦那様、お帰りなさいませ」
「お帰りなさい、オズ様、今日は夜まで帰られないとばかり」
「ああ、今日はキリが良いところで解散した」
静かにオズワルドを迎える家令と違い、アミィは若干慌てている。
「今は休憩中です! 長時間の刺繍は疲れますの!」
夫が仕事中に、自分は優雅におやつを食しているのは、さぼっているようで気が引けたのだ。
しかしそんな事を責める貴族の夫はまず居ないと、早くアミィに理解してほしいとオズワルドはひっそりと溜息をつく。
「夜会と言えば……近隣の貴族も招いて辺境料理を振る舞う懇親会を開きたいと思う。君に支度を任せたいんだが」
「辺境伯夫人のお仕事ですか?」
「そう捉えてくれ。魔物料理メインにする。ああ、この近辺は中央と違って魔物肉に抵抗はない。昔から親しんでいる」
「そうなのですね! 素晴らしいです!」
王都で偶に見かけた魔物肉は燻製で、立ち寄る冒険者や、遠路を征く行商人たちの安価な保存食として売られており、アミィも興味本位で少量買って齧っただけだ。東のサイデルフィアは魔物肉を常食する野蛮人だと、中央貴族たちは嗤っていたが失礼な話である。
国は戦争時にも十分な兵糧を送らなかったと聞く。現地で調達するしかないではないか。湿原森を抱えたサイデルフィアは厄介モノの美味い食べ方を確立していたから、そこまで食糧難に陥らなかった。
嫁ぎ先の歴史を調べれば調べるほど、アミィは国に対して腹立たしくなる。
「食べず嫌いですよねえ。新鮮なお肉は美味しいのに」
そこは上から目線で言ってやれる。
「うーん、王都周辺とこちらの魔物では違いがあるから、なんとも言えないな」
今でも家畜が圧倒的に少ないサイデルフィアでは、討伐した魔物肉も上質な蛋白源なのだ。やがては広い牧草地も作って牛を飼い、乳製品加工にも力を入れたいとオズワルドは計画している。
「……で、夫婦で魔物を狩りたいと考えているんだが、どうだ?」
夫が妻に提案する事ではない。しかし、オズワルドはこの提案は妻が喜ぶだろうと確信していた。
「まあ素敵!」
アミィは目を輝かせている。やっぱり間違いはなかった。
「辺境伯夫婦が狩った獲物を提供する事によって、サイデルフィアの強さを見せつけて、周辺を威嚇するのですね!?」
「……うん? 認識にズレがあるよ、アミィ。東部は実質サイデルフィアの傘下にある。今更そんな必要はない。単なるもてなしと考えてくれ。美味い魔物料理にはサイデルフィアの技術が詰まっている。両親が元気で生きていた時は時折そうした招待をしていたんだ。折角だから君と狩りにいけたらと思っただけだ」
「分かりました! カイマール様と奥様にも助言をいただいて、狩る魔物の選定をしましょう!」
嬉しそうにアミィが手を叩くのを家令は複雑な思いで眺めた。反感や財政がどうのこうの言っていたのは、単に乗り気でなかったのだ。
夫人が狩った肉を馳走する。まさにサイデルフィアらしいではないか。家令は自分にそう言い聞かせるしかなかった。




