23:領地改革
ブロールン家は情が薄いように感じたアミィに「中央貴族はそんなものよ。政略結婚で繋がりを作っていくの」と、その貴族の枷を断ち切ったアメリアが淡々と言う。
ブロールン伯爵家との婚姻はジョゼットの実家の侯爵家には旨味はなかった。ただ次期伯爵の美貌に惚れたジョゼットの押し切りだ。令嬢に人気のあったエデュアルズを金の力で買ったと、当時から陰口を叩かれていた。滅多に交友の場に行かないアメリアは、そこまで知らなかった。
しかしそれを知った今は、そんな妻を守らなかった弟に非があると思っている。持参金で伯爵家の見栄を保てたのなら誠意を持つべきだ。“意に沿わない結婚だから”と軽く扱うものではない。もう説教出来る関係ではないが。
妻の認めない愛人との不貞の子など、ジョゼットでなくても許せないだろう。どこか物事を醒めて見ている婚外子の姪が、父親の不義に対しジョゼットに同情しているのには驚いた。
辺境伯婦人とは云えまだ十代である。市井で平民として二重生活をしていたと聞いたが、その経験ゆえに物事を俯瞰で考えるのだろうか。
「ねえ、ブロールンの名を捨てても私たちは親族よ。何かあれば相談してね」
アメリアは妙に大人びた姪を可愛がりたいと思っていた。
改革に着手したオズワルドの仕事は概ね順調だ。
ジェイメルの耕し機は思った以上の活躍で、牽引する元軍馬たちも何となく生き生きして見える。人のために改良された軍馬は、人の役に立てるのが嬉しいのかもしれない。
改良土が落ち着けばちょうど麦の種蒔き時になる。不毛の地に黄金の穂が揺れる光景は、代々の辺境伯が夢見たものだ。実現させたい。
川の工事も進んでおり、そのうち各村にひとつずつ共有の水車小屋を建てるつもりだ。
辺境の小競り合いで辺境軍が動く事態でない凪いだこの時期に、やれる事は急いでやる。
オズワルドは、自身に軍を率いる資質は備わっていないと思っている。猪突猛進に振る舞っているのは演技だ。アミィに零した通り、臆病者の自覚がある。
しかし彼に領主の才覚があるのは、こうした領地改革だ。いっときの平穏の隙に領地を発展させるべく積極的に計画を練る。合理的に動く男なのだ。
アミィが伯母のアメリアと会えたのは良かった。アメリアはミッダイド博士の配偶者としても、便利器具の開発者の才媛としても、ジェイメルのその界隈で有名だ。彼らは親戚として、表面上は両国の友好の架け橋として、これからも協力を惜しまない事を約束してくれた。
頼れるのが自国の王家ではなく、隣国のジェイメルの親戚であるのは仕方ない。建国時からの不和なのだ。なかなかに根深い確執がある。
オズワルドの母の実家は今でもオズワルドの誕生日には品物を送ってくれる。結婚祝いには『花嫁衣装に』と母の妹が最高級のジェイメル絹の反物を贈ってくれたし、祖母実家の現当主からはサイデルフィア家紋を透かし彫りした銀食器一式を頂いた。とても大事にしてもらっていると思う。
(アミィも外国に居る伯母の存在が心強いだろう。俺に愛想尽かしたら、すぐにジェイメルに逃げ込まれそうだな)
その心配は今のところ杞憂である。
治水工事には、領内中に人夫の募集をかけた。
宿泊食事は無料で給料も出るとの事で、思った以上に人が集まった。出稼ぎにくる働き盛りの男性たちの他に近隣の老人や女性もやってきた。オズワルドが雇う条件を出さなかったせいである。
『力のない者でも出来る事はある』
オズワルドは周囲に告げた。
インカ川は掘削がされ、川幅も大きく広げる。元軍馬たちは川を浚う大きな熊手を引くのにも活躍した。川底も粘土質なので、陸に上げられたあとは堤防にも利用する。荒地の岩も混ぜ固めていく。その作業は非力な者でも出来た。
オズワルドは個人の資産は殆どない。歴代の辺境伯が手に入れてきた賠償金やら宝物は全てサイデルフィア領の財産だ。本格的な戦争になれば中央の援軍まで待てない。政治の中枢を信用していないので備えが必要だったのだ。
しかし少なくともオズワルドの代では、王家もサイデルフィを無下には出来ないだろう。なんせ当主が自身の結婚式で王家に忠誠を誓ったのだ。サイデルフィアが要請すれば国軍を派遣するしかない。
爽やかな笑顔で本性を隠した策略家の第三王子が、最大限の支援をするに違いない。彼は武闘派でもないのに、王国騎士団を含む軍部の〈顧問参謀〉とか云う訳の分からない役職に就いている。王族特権を活かして彼が作った職位である。職権濫用も甚だしい。
しかしそれは『サイデルフィアと国軍の連携を取るため、有事の際の決定権が欲しい』と、レミス王子自身が議会に掛け承認されたものだ。必ずしも円満な関係ではないサイデルフィアとの調停役に、相応しいのは彼だと上層部が認めた形である。
オズワルドは忘れていない。あれは貴族学院の卒業式の日。
『君たちサイデルフィアにだけ負担を強いたりしない。僕は力をつけて必ず君の味方になる』
真摯な瞳でオズワルドに告げたレミス王子殿下の言葉。
中央貴族の甘ったれ連中に混ざって学院に通うなんて、馬鹿らしくて面倒だと思っていたオズワルドにとって、彼との出会いは有意義だった。打算の交友を超えた以上の関係になれた。
レミス王子はサイデルフィアの重荷を軽減してくれるだろう。だからオズワルドは財政に余裕があるこの時期に一気に領地経営を見直したいのだ。
こうした公共事業で雇用を増やして、領民に賃金を与えるのも政策の一環である。
各地の街には元々労働者のための宿泊施設があり、今はあまり使用されていないそれらを、人夫受け入れ拠点にした。
やってきた女性たちは食事の準備や洗濯や掃除をするし、力の衰えた老人たちは出来る作業を熟す。
サイデルフィアの死に地を豊かな地にしようとの、当主の熱意が領民たちにも伝わり人を動かしているのだ。
荒地が耕されて柔らかな土に変わってゆく。
蛇行して先細り、最後は枯れてしまう小川を直線で人為的な水路を作り、本流のインカ川に合流させる。インカ川は掘削がされ深く広くなり、大雨の対策として堤防も出来上がってゆく。同時に要所の橋も架ける。水を堰き止めての大工事にはジェイメルの最新技術を取り入れる。数百年持つように石造りだ。ここの人員に最も人夫を割いた。とにかく急速に進める。
一通りの作業を村民たちは驚いて見守るだけだったが、やがてオズワルドの指示がなくても農地に石灰を撒き土地を整え、麦の撒き期に備えた。フン・タルマルクから奪った農産地と同じような収穫を期待して。
サイデルフィアに技術を伝授したジェイメルの派遣士たちも役目を終え、やがて帰国の途に着く。
辺境伯夫妻にソロイド子爵夫妻、その他関係者が一行を見送る際、アメリアは代表者の顔で『閣下、地質学者を雇ってメドール山の中腹の土質を調べてください。恐らく良質な粘土です』と置き土産をした。彼女は夫の助手もしているので土質にも詳しい。陶芸に向いていれば、これからサイデルフィアの産業となり得る。有難い助言だった。
『ぜひ夫婦で遊びにきてくださいね』
最後にアメリアが、親戚として笑顔で挨拶をする。それが可能な平穏な時代に早くなりたいものだ。『是非に』と応じたオズワルドの言葉は決して社交辞令ではない。




