19:過去の英雄
「俺が一番改革に力を入れているのが農業だ。夜会で酔っ払いに戦闘伯なんて野次られた事もあるがな、好きで戦ってるわけじゃない」
オズワルドが目を伏せた。
彼は勇敢に敵と戦うと称賛されている。
しかし本当は前線に向いていないのではないかとアミィは思う。辺境軍を率いる大将として部下を鼓舞する立場にあるため、敢えて代々の辺境伯のように先陣を切っている。彼を守る優秀な者たちが周囲を固め、百戦錬磨の英雄カイマールが補佐をしているし辺境軍は強いのだろう。実戦を見た事がないアミィは話を聞いて想像するしかないが、オズワルドを失えば戦況が変わるのは間違いない。
敵も味方も辺境伯を勇猛果敢な戦士だと信じている。サイデルフィア辺境伯とはそうした〈もの〉だと歴代領主が作り上げてきたのだ。それをオズワルドは踏襲しているだけでないかと思う。
「好きで戦争している人たちは変態でしょう」
けろりと言うアミィに「なんだそれは」とオズワルドが吹き出す。
「えーと、……王都の騎士団で誰かが言っていたような」
違う。グローバ王国の傭兵ギルドのお調子者の男が言った。
『兵士の中にたまに気持ち悪いのがいるよな。好きなだけ人を殺せる悦びとか、いかに残忍に殺せるかとかに固執する、生死の極限状態による感性の麻痺だけじゃない、生まれ持った性質がぶっ壊れているヤツ。アイツら変態だぜ』
戦争で心が壊れていく兵士たちとは違う人種は確かに居た。狂人に近い。それは軍医にもいたから酷いものだ。兵士は実験体じゃない。
「カイマールおじさんには俺の臆病さがバレていると思う」
どこかしょんぼりしたオズワルドに、アミィは「あー」と間の抜けた返事をして黙り込んでしまった。
「俺の妻は否定も慰めもしてくれないのか」
じっとりとアミィを見た後オズワルドは、眉尻を下げて小さく笑う。
「まあ、爵位を継ぐまで湿原森に入りたがらなかった俺と違って、君は初めてなのにすごくはしゃいでいたらしいから、おじさんも比べたがるよな」
「別にはしゃいでいたわけでは……」
いや、はしゃいでいたかもしれない。“腕試しをしたい”なんて普通の娘ではない。トパーズの人格のせいだけじゃない。きっと自分の魂は狩猟族の気質なのだ。
でもアミィは食べるための獣を狩って、人を危険から守る為に魔獣を討伐する。戦争で殺し合いをしたいわけじゃない。それはオズワルドも同じはず。
「臆病でいいじゃないですか。領主様は統治をするのが仕事です。逃げてでも生き残るのが大事です。弱さじゃありません。それは戦略的撤退と言います」
「……戦略的撤退、か。カイマールおじさんがよく言っている……」
アミィはオズワルドに微笑む。
「ソロイド将軍は部下を無駄死にさせる事はなかった。そうでしょう?」
一騎当千の活躍のような華々しい戦果を上げたからではない。彼が英雄なのは、疲弊していた戦争を終結させたからだ。
カイマールは国境付近の戦場に大軍を集結させたフリをして連合軍を国境付近に集中させた。その時彼は連合の主導国のフン・タルマルク王城に攻め込む別部隊を率い、防御が手薄な王都を狙う。時間をかけ敵を探り、綿密な極秘計画を立てた。たった一度の奇襲に失敗は許されなかった。逃げる間もなくフン・タルマルクの王族は拘束される。シガット大公国も同盟軍の敗北を知りあっさりと降伏した。
確実に大元を叩くのはサイデルフィアの十八番である。新しい将軍がサイデルフィア領の出身だとフン・タルマルクもシガットも知らなかった。国と良好な関係とは言い難いサイデルフィアの騎士がまさか国軍入りしていたとは思わなかったらしい。もし把握していたとしても、辺境得意の極秘戦略に対処できていたかは疑問である。
「アミィは随分おじさんを尊敬しているよな」
「え、ええ、当然でしょう。国を平和にしてくださった方だもの」
「そう、だよなあ………俺の目標だ」
窓の外を見るともなく見ていたオズワルドは溜息をつき、「それにしても」とアミィに視線を戻す。
「よく将軍を知っていたな。終戦当時は英雄扱いだったおじさんも、王家や中央貴族たちが〈国軍の勝利〉としか広めなかったから、俺たちの世代じゃ中央で忘れられているらしいのに」
ぎくりとしたアミィは愛想笑いをする。アミィが彼の情報を知ったのは英雄談が先ではなく“カイマール・ソロイド”ありきだったのだ。王都の東地区騎士団も、国軍の一部でもある。そこの書庫には軍部が各部署に配布する軍人名簿や暦戦記があり、本来部外者のアミィだが、掃除の名目で入室していたのでそれらを読む事が出来た。一般人ではなかなか閲覧できないものの、秘匿書でもないので彼女の行動が咎められる事は無かった。
むしろ騎士たちには『珍しい物に興味があるんだね』と面白がられ、『おじいちゃんの友達が若い頃戦争に行ってて、その時の隊長がソロイドって人だったんだって。その人が載ってるかなと思って』と捏造話をした。
『軍人名簿には一般騎士や志願兵は載っていないよ。おじいちゃんの友人の若い頃の話なら第三次国境戦争かな』
『対連合軍国境戦争の終戦時の将軍、カイマール・ソロイド子爵じゃないか? ほら、ここを見てごらん。歴代将軍の名前が書かれている』
『俺の親父はソロイド将軍の直属の部下で、タルマルク王都襲撃に最年少で参戦したって自慢してたよ』
『すごく部下思いだったってな。“危うくなる前に逃げろ。それから立て直せ”が口癖だったそうだ』
『あれは将軍がまだ若い小隊長の時から言っていたらしい』
そうだ。トパーズ含む傭兵団もそう言われていた。ただの戦の駒なのに。
『正面からぶつからない戦略は騎士道に反するなんて非難も上層部からあったらしいけど、戦争は勝ってなんぼだし、綺麗事じゃ済ませられないよな』
『名前だけの貴族騎士団員も参戦してみろっつーの。真っ先に逃げ出すぜ』
騎士たちが戦争に騎士道なんて不必要だと考えているのが面白かった。
カーマール・ソロイド将軍は終戦の立役者として文字には残されていない。ただ第十二代将軍として、将軍欄に名を連ねていただけ。
「王都では戦争なんて実感がないし、凱旋パレードを見て騒いで終了でしょうね。すでに忘れられた過去です。だけど騎士さんたちは武家出身の人も多く、父親や祖父から話を聞いていてカイマール様を評価していましたよ」
「へえ、その連中と話してみたいな。今度王都に行ったらクルディおじさんの居る国軍を視察させてもらって、ついでに東地区騎士団に寄ろうか」
オズワルドは少し元気が出たようだ。
クルディとはカイマールの長男である。アミィたちの王都結婚式にも夫婦で参列してもらった。
親戚としてはともかく、彼とオズワルドの関係は微妙である。小競り合いの続く辺境に国軍は援軍を派遣しない。大きな紛争でなければ“国の力など要らないだろう”態度だ。実際そうなのでサイデルフィアは自領で対処できる規模の諍いに、助けを求めたりしない。
中央王立騎士団や王国軍との合同演習を持ち掛けても、いつも却下される。辺境軍に機密事項を知られるのではと危惧しているらしい。サイデルフィア領は国の一部なのに、辺境伯を恐れる王家自身が歩み寄らない。
そのせいで王国軍所属騎士のクルディは、王都では領主のオズワルドと親しくできない難しい立場にある。
クルディに気兼ねなく会えるのが〈視察〉だ。訓練を見学するのは“差し支えない日”を国軍側が指定するので問題ない。辺境伯を案内するのには親戚であり、師団長の身分でもある彼が適任であるようだ。国軍にとって煙たい存在の辺境伯の相手を押し付けているだけかもしれないが。
アミィからすれば、協力体制が取れない方がおかしい。戦争で内部が崩れたら優位だったものが、一気に敗戦に転がる可能性がある。
王家の過去の失敗が尾を引いているのだ。傍観しているうちに辺境は戦力を上げ領土を広げ、事実上の自治区となってしまった。謀反に怯える現王は第三王子が若き辺境伯を懐柔した事に安堵している。
だがオズワルドによると、建前ではレミス王子を立てていても、純粋に友人関係らしく、彼の王室での立場を上げるため、妥協できる面で協力しているそうだ。
その一環が辺境伯の嫁取りで、自分の妻をレミス王子に見繕ってもらい、その縁で王都で挙式をしてくれとの王家の要望を呑んだ。
(オズ様は相手はほんとに誰でも良かったのよね……)
それはアミィも同様だった。しかし逃亡の心算のあったアミィと違い、オズワルドは逃げられない。王子に対する信頼と云うより、極度のめんどくさがり屋なのではと思い始めた今日この頃。




