18:辺境領の歴史
アミィはサイデルフィア領での結婚式、披露パーティを終えて、初めてサイデルフィア辺境伯家の一員となった。王都での結婚行事は(仮)扱いである。
王家の意向や中央貴族などこちらでは重要視されない。東部では圧倒的な権力を持つサイデルフィアは、近隣領の貴族とはほぼ対等な協力体制をとっている。ご近所付き合いを大事にしているのだ。
アミィの実家のブロールン家は王都に近い所に領地を持つ。特に広いわけでもなく、同程度の領地を持つ貴族が王都をぐるりと囲んでいる。それらをひっくるめて“中央貴族“と一括る。
建国の王は温厚派を自分の周りの土地に置いた。領地を同じくらいに区切ったのも、誰かが抜きん出て豊かになって力をつけないように、更に仲のよくない者同士を隣り合わせたりして協力させないように配置したと、歴史学者の見解は一致している。
旧支配者の元で豪族だったエルセイロ家の長男の野望によって立国は為った。
元々住んでいた者たちを排除したからこそ、新しい領地決めができたのだと考えれば血生臭い統一だった。だがそれも時代がそうだったからで、どこも戦争が絶えず、エルセイロ王国だけが非道でもなく、特に残虐というわけでもない。
エルセイロ王国の樹立は、三兄弟の力によって興ったと言える。ただ国王となった兄は、協力者だった弟たちの優秀さを恐れていた。
今でこそ王家とサイデルフィア辺境伯家は他人のような関係だが、建国王の弟二人が追いやられたのが辺境だった。一人は魔の湿原森を含む危険な地。エルセイロ王国はここで取れる薬草やら魔獣の貴重部位などの献上品を求めるため、どこの国にも属さない危険地を国に取り込んだのだ。もう一人は国境付近を与えられたが、いくつもの国が滅び統合され今の形になる前の、小さな国がひしめき合う紛争地の接地で、要するに彼らは中央政権から切り捨てられたのだ。
やがて二人の弟の子孫が婚姻により領地を合併して、サイデルフィア領と名乗る事になった。辺境領が広大なのは統合と、領地争いを繰り返して領土を広げていったからだ。中央は国の拡大戦争について積極的でなく、ほとんど力は借りられなかった。
謀反など考える時間を与えないために、戦いに明け暮れなければならない領地に弟たちを追いやったのに、時代の流れは初代王の思惑から外れてしまう。
王家が気が付かぬ内にサイデルフィア領は東を掌握していた。
「随分愚かですねえ。あれですか。三代目は身上を潰すってやつ」
結婚の儀で親の代理を務めてくれた、ソロイド夫妻を招いてのお疲れ様茶会にて語られる、外部の歴史学者から学べない辺境伯の成り立ちは、アミィを呆れさせた。
「それは商会とかのドラ息子の話だ」
「あら、オズ様。国も大きな商会みたいなもんでしょ」
「規模が違いすぎるだろ!」
「でもあながち間違いでもない気がするがな。特に三世は評判が悪い」
「ええ、なんでも女癖が悪くて、シガット公爵の奥方や娘を愛人に寄越せと命じたため、独立されてしまったのですからねえ」
カイマールの言葉に夫人が追随する。
「え? シガット大公国は元エルセイロ王国だったんですか!?」
びっくりしたアミィに「汚点だから大っぴらには語られない。“家臣の嫁と娘に色気を出したから怒りを買って出て行かれた”なんてな。中央貴族は当時から、肥沃な土地を我が物にしたくて、大公国が独立したと思っていたようだ」とオズワルドが補足する。
しかも側室としてではなく愛人として差し出せとは、あまりに馬鹿にしている。
アミィの母、流民のメイサが伯爵の愛人になるのとはわけが違う。
「……サイデルフィアはどうしたのですか? 隣の領地でしたよね」
今は隣国だからそうなる。
「何もしなかった。公爵家と王家の武力衝突はあったが、どちらにも手を貸さなかった。傍観者に徹した」
オズワルドは肩をすくめて見せた。
「弟たちを冷遇して、建国に協力した友人には最高爵位と豊かな土地を与えたんだ。信頼するシガット公爵に弟たちを監視させる目的があった。初代王は地盤を固めるため、有力者たちを要所要所に土地を与えて治めさせたのさ。そりゃこっちにすりゃ、どちらにも協力したくないわな」
カイマールが茶を飲みつつ語る。夫人が同席しているので酒を所望しなかった。お茶会なのでこれが当たり前だとアミィは思う。普段のカイマールが自由すぎるのだ。
「でもまさか孫が不祥事を起こすなんてねえ。建国王も想定外だったでしょうね。結局、分が悪い王家が引いたのよ」
「そのゴタゴタの最中を突いて、湿原森領をサイデルフィア領に編入したのさ。忙しさにかまけて役人管理が杜撰だったんだろうな。あっさりと受理されていて併合に至った」
夫妻が交互に説明する。カイマールが詳しく続ける。
「元々弟王子たちの騎士らが、辺境に流れてきた連中を鍛えて、辺境伯が国軍の規律を持つ騎士団にした。魔獣退治や国境紛争といった実戦を積んだ軍隊に、王立軍や太公軍では歯が立たないと判断した王家が撤退した。太公軍と戦っている背後から討たれるかもしれないと危惧したんだ」
「簒奪は考えなかったのですね」
「特に現王家を倒す理由もないからな。国に組み込まれつつ、独自性を保つ方が楽だったんだ。争いは民の疲弊を生むだけだ」
オズワルドが腹に一物を抱えるように口角を上げる。友人と認めるレミス第三王子はともかく、王室自体は嫌っているようだ。レミス王子自身も身内に心を許していないような気がする。
元を辿れば同じ血筋のエルセイロ王家とサイデルフィア辺境伯家。
(王家がサイデルフィアを恐れる理由は、ちゃんとあるのね)
アミィは辺境伯の立場を正しく理解したのである。
アミィにとっては辺境伯夫人となって初めての公務と言える、農地への視察に向かう馬車の中、オズワルドと共に公図を改めて確認する。
「メドール山ごと麓の農業区を手にしたとは、ご先祖様は随分頑張ったんですね」
フン・タルマルク王国がまだ統一せず、多民族たちの乱戦期だった時代に、巻き込まれた形で、降りかかる火の粉を払うためにサイデルフィアは領地戦擬きを繰り返していた。
「ここだけはこちらから仕掛けたからな」
不毛の捨て地を与えられ、作物の育つ土地がほとんど無かったサイデルフィアはメドール山に住む住民たちごと領地に加えた。
元々魔獣の棲む山でないので攻略しやすく、細々と暮らしている少数民族を保護する大義名分があった。銀山があるなどと真偽不明のうわさが流れ、彼らは平地の民に攻め込まれて虐殺の恐れが高かったのだ。
「中央政権は“銀山のうわさの嘘に踊らされて”と嘲笑って静観していたそうだ。サイデルフィアが戦によって力が削がれるのは歓迎する事だったんだ。ほんと、昔から腐ってやがる」
辺境伯の暴言を咎める者はいない。
「領主が本当に欲したのは、水源だとは考えなかったんだろうな」
水源の山を手に入れれば、あとで川の利権を主張できる。どさくさに紛れて上手くやったものだ。
「麓から徐々に農地を広げていって、今ではここまで来ているんですね」
アミィは公図に人差し指を置いて、すうっとなぞる。
「これから向かうのはこの辺りだ」
アミィの指先から引き継ぐように、オズワルドが地図に指先を滑らせた。
その一瞬、二人の人差し指が触れ合った。あまりにも何気ない瞬間。しかしそれだけでアミィはどきりとした。それが不思議で、咄嗟に手を引いた彼女は自分の指を眺める。
二人は正式に夫婦だが、まだ閨を共にはしていない。
『婚約時間が短かすぎてまだこの土地にも俺にも慣れていないだろう。もっと互いを知ってからにしよう』
などとオズワルドは初夜で申しており、妻に触れる事なく彼は自室に戻り、その後アミィの元を夜に訪れた事はない。
__手っ取り早く知り合える手段が閨でもあるのに。
前世の記憶持ちのアミィからすれば、オズワルドは奥手で焦ったい。しかしそれが彼の本心の気遣いだと分かるから、アミィは戸惑いこそすれ、『意気地が無いの?』と挑発する気も起こらない。
エスコートはちゃんとしてくれるので普段の接触はあるのに、不意に指先が触れただけで動揺したのは、アミィには理解できない現象だ。思わず対面のオズワルドの顔を見つめた。
「……で、今研究員を雇って……、ん? どうした?」
説明を続けていたオズワルドが、アミィの視線に気がついて顔を上げる。
「……なんでもありません」
明るい琥珀色の瞳はいつでも真っ直ぐにアミィを見つめる。鋭利な中にも甘さのある顔立ちに浮かぶのは常に誠実な目だ。トパーズ時代も含めて、どれだけの人間がこれほど真摯に向き合ってくれただろうか。
直系の婚姻は跡継ぎを作るのも役目である。それでも我慢できないくらい嫌な相手なら逃げようと考えていたアミィだが、それはオズワルドを知る前の話。
__彼を好ましく思っているのだろうか。
経験のない不透明な感情に、どんな名前を付ければいいのだろう。




