14:子爵邸にて
「お帰りなさい、あなた。アミリシア様、危険はございませんでしたか?」
ソロイド子爵邸に帰れば夫人が出迎えてくれた。おっとりした夫人でカイマールより随分若い。
昔カイマールはソロイド騎士団の次期団長でありながら、二十三歳で国軍に従事した。当時サイデルフィア領の近くで領地戦が勃発して、サイデルフィアに火の粉が降りかからないよう防ぐにはどうすれば良いか。他領の戦に介入出来る立場の最適解を考えたのが発端らしい。領地戦が他領を巻き込みそうになって国軍が入り、ようやく鎮火したと思った矢先に、同盟国の戦争に援軍として派遣される。
同盟国で戦っている時に自国に呼び戻されて何事かと思えば、フン・タルマルク王国が他国の援助を受けてエルセイロに攻めてきており、防衛軍に移動となった。サイデルフィアの地で総力戦になりそうだったが、別部隊がフン・タルマルク王国の兵站国を叩き、停戦となった。
見かけだけの平穏がしばらく続いた後に、隣国二国の連合軍との戦争が始まった。国境の攻防で再びサイデルフィア領が戦場になった為、サイデルフィア軍と共に必死で護った。
終戦後身辺が落ち着き、やっと妻を娶った時には三十八歳になっていた。妻は遠縁の十九歳の男爵令嬢だった。
しかし長年連れ添えば年齢差の感覚は埋まるものなのかもしれない。並ぶ姿に違和感はない。
戦利品の熊肉のオーブン焼きをメイド長に渡しながら「ああ、騎士顔負けの活躍だったぜ」と、カーマイルはご機嫌だ。魔狼の群れを退治した時は魔熊が来るとは思わなかった。普段はもっと奥に生息しているからだ。現れた魔熊からアミィを守ろうと動く前に、彼女が先制攻撃をしていた。自称狩人だけあって頼もしかった。
これなら国境のサイデルフィア軍の後方支援はできると、オズワルドに伝えてもいい、とカイマールは考えた。
(ま、オズが嫁さんを軍に引き入れるとは思えねえけどな)
初めての経験ばかりのアミィはさすがに疲れていて、夕食後眠気が襲う。もっと子爵夫妻と語り合いたかったが、それはまた後日……。あくびを殺せないアミィはすぐ夢の中へと旅立った。
アミィが眠った後も、カイマールと夫人は寝室で静かにワインを飲みながら語り合う。
「彼女に怪我がなくて本当に良かったわ。あなたが辺境伯夫人を湿原森に連れて行くなんて言うものだから驚いちゃって……。正気を疑ったわ」
「まあなあ。魔獣を狩りたいなんて令嬢、普通は居ないわな」
「……アミリシア様のご実家は武家だったのでしょうか」
「いや、王都の騎士団で教わったそうだ」
妻の訝しげな表情にカイマールも「複雑な生い立ちなんだよ。でもぶっ飛んでるよなあ」と、頭を掻いて苦笑いするしかなかった。
アミィが念願の湿原森に来るには一悶着あった。
オズワルドがアミィの実力を確かめるために、彼女と模擬試合をやる事を決めた。カイマールから見て、オズワルドは飛び抜けて剣技が勝るわけでも体力があるわけでもない。それでも辺境伯軍の大将である。跡継ぎとして幼い頃から鍛えられていたので実力はある。
『嫁にいい格好したいなら部下と試合しろよ。嫁と対決してどうするよ』
立会人を任されたカイマールがオズワルドに苦言を呈すれば、『何言ってんですか?』と逆に呆れた顔をされた。
『彼女に裏庭の射的場で弓術を披露してもらいましたが、遠距離でも見事な的中率でしたよ。あれなら獲物を狩っていたのも事実でしょう』
『王家の調査で裏が取れてんだ。そりゃそうだろうよ』
『でも接近戦になれば? 彼女は護衛騎士を減らせと言うんです。彼女がどこまで自分の身を守れるか把握しておきたいのです』
随分物騒な理由だが、辺境伯の身内の女性は人質となり得る。実際過去に夫人が誘拐された事件があった。あれはフン・タルマルク王国がまだ旧国名で内戦状態にあった時だ。王座をめぐって各領主、僻地の首長たちが戦っていた時代、あろう事かある族長がサイデルフィア領都に部下たちを送り込み、辺境伯夫人を誘拐し、夫人の身と引き換えに、辺境伯に戦力を貸すよう求めてきた。実に荒っぽい蛮族だった。
ここで協力するフリでもして油断を誘えば賢いものの、激怒した夫の辺境伯は大軍を率いて突撃した。下手すれば夫人の命がなくなる可能性がある。しかしそこは精鋭部隊を忍び込ませて、混乱の中救助を優先させての事だ。後日、他国への勝手な侵攻について、エルセイロ国王から“嫌味を喰らった”。そんな生ぬるい表現はどうかと思うが、実際辺境伯はその程度の認識だったらしい。
『妻を奪われて交渉も何もあるか! 奪いに行くのが当然だろうが!』とキレ散らかした辺境伯に、国王が『そ、そうだな』と処分を有耶無耶にしたとかしないとか。
因みにエルセイロ王国に直接関係はないが、フン・タルマルクの面々からは『あの面倒な過激一族の戦力を勝手に削ってくれた』と感謝されていたらしい。
そんな歴史があるので、それから辺境伯の身内には王族並みに護衛がついている。しかし先代、先々代の夫人は自国で騎士でもあったため、専属護衛は八人の交代制で外出時は五人が側を固めていた。
アミィがそれを知り、『まるで王様の近衛師団じゃないですか。私が街を歩くのに十数人も貴重な人材を割かないでください』とオズワルドに直談判をしたから、オズワルドとの手合わせになってしまった。
オズワルドにすれば王都の騎士の剣技は洗練されすぎていて、乱戦には向いていないと思う。そんな彼らに教わった基本剣技は実戦に向かないと実感してもらうための提案である。彼の真意を聞いたカイマールも納得した。
そうして木刀での手合わせで、オズワルドはアミィに怪我をさせないよう立ち回るつもりが、彼女はそれを許さなかった。
騎士の誇りの剣技? どこがだ。アミィの剣捌きは戦場のそれであった。流儀もない、敵を屠るため自分が生き残るための戦い方。
それを見極めたカイマールはすぐに二人を止める。オズワルドは半ば放心状態だった。どこで妻がそんな技量を身につけたのか。前世の技術だと想像するのは不可能だ。
『……天賦の才か』
オズワルドは敗北感で情けなく呟く。オズワルドの小手先の様子に真っ向から反撃した彼女の瞳に浮かんでいたのは、侮られている事に対する怒り。
『護衛を減らしていただけますね? 旦那様』
凄みのある笑顔のアミィに木刀で喉元を軽く小突かれたオズワルドは、肯首するしかなかった。
妻の実力を認めたオズワルドも、湿原森に視察に行きたいという彼女の申し出には当然ながら難色を示した。新婚の辺境伯夫人が視察を優先する地域ではない。しかし何度もしつこく交渉に来る彼女にとうとうオズワルドが折れる。
カイマールの指示に絶対従う事。翌々日には帰る事。それを条件に許可した。
アミィの行動力の高さに不安があるのでカイマールの監視は欠かせない。辺境伯邸からソロイド子爵邸までの移動距離を考えると子爵邸に一泊して翌日視察、翌々日に帰る。その行程を守るには、湿原森の探索は半日程度にせざるを得ない。野営をしたいと言い出しかねないアミィを牽制する、オズワルドの苦肉の策でもある。
実際のアミィは野営までは考えてなく、魔獣の生態や解体に興味があったので、概ね思った通りの体験に満足していた。
翌日すっきり気持ちよく目覚めたアミィは朝食後、カイマールに邸内の武器庫に案内してもらった。
槍、剣、盾、防具がずらりと並ぶ。ここにはソロイド騎士団の歴代装備品の他にサイデルフィア騎士団の物もある。
部屋の隅にはアミィが見覚えのある、国軍支給の鎧兜に剣がいくつかあった。
「俺の軍人時代の相棒たちだ。お役御免でここで眠ってもらっている」
愛おしそうにカイマールは防具を撫でた。剣を立てかけている上に、一つだけ弓矢を飾ってある。かつての王国軍の物だ。
「……弓もあるんですね」
カイマールが使っているのを見た事がないから意外である。
「弓騎兵も少し経験した。ただ活躍の場が限られていた上に、俺は槍や弓より剣の方が性に合っていた。アミィは上手いが……弓は王都の猟師に教わったのか?」
「ええ、まあ……」
アミは返事をぼかす。前世の技とは言えない。今世で狩人たちに教わったのは罠の作り方や獲物の解体の仕方だ。
「でも自己流になったと思います」
「……アミィの弓術は、……気を悪くしないんでほしいんだが、北の方にあるグローバ王国という小さな国の兵士のものに似ている」




