13:湿原森で狩りをする
「ここから先は徒歩だ」
言いながらカイマールが馬から降りた。後ろに続いていたアミィも彼に倣う。
ソロイド子爵が治めるサイデルフィアの東の平野にアミィはやって来た。
石塀に囲まれた広い土地にあるのは、高い物見櫓を備えた砦と厩舎。国境の城塞の小型版で、典型的なエルセイロ王国式の建造物だ。ここはソロイド子爵家の騎士団が交代で常駐し、サイデルフィア湿原森を監視している。櫓には弩砲が何台か設置されていた。
(槍だけじゃなくて火砲もあるのね。対飛行魔獣ってとこかしら)
住居と離れたところにある、全く装飾のない長方形の石造りの建物は何だろうとアミィが見つめていれば、視線に気がついたカイマールが「あそこは魔獣の解体をするところだ」と教えてくれた。
皮や肉塊、臓物、牙、角、血液、毒袋など、魔獣の種類によって必要な部位を取り出す作業場である。加工したり乾燥させて薬の材料等にすれば、結構高値で売れるのだ。希少なため、サイデルフィアの優良輸出品だったりもする。
アミィは前世でも、ここまで魔獣退治に特化した設備を見た事がない。
湿原森から出てきた魔獣が近隣町村を襲わないよう、ここで始末するのだ。突破された場合は狼煙を上げて各所警備の騎士団に知らせ、集結して対処する。子爵統治領からは出さない体制をとっているのだ。おかげで余程の集団暴走でもない限り、領都が襲われる事はなくなった。サイデルフィアには湿原森以外に大きな魔獣生息地がないので、このやり方で上手くいっているそうだ。
厩舎に馬を預けたアミィとカイマールは、数人の騎士を伴って湿原森に向かう。騎士たちは辺境夫人である少女の凛々しい後ろ姿を戸惑いながら追っていく。
彼女が騎士並みに馬を乗りこなしていたのはまだしも、帯刀して背には弓矢を装備しているという事は戦えるのだろうか。中央貴族の令嬢が?と誰もが疑問に思う。
ソロイド子爵が危険な地域に辺境伯夫人を案内する事に対して、騎士たちは何も言えない。辺境伯自身が妻の行動に許可を与えているからだ。
「アミィ、くれぐれも離れるな。勝手に奥に行くんじゃないぞ!」
「了解しました、隊長!」
アミィは思わず姿勢を正して敬礼をする。
「王都の騎士団の連中は、面白がって素人に敬礼まで仕込んだのか」
カイマールが苦笑したのでアミィは「……あっ」と気がついた。無意識だった。カイマールの口調がトパーズの上司時代と同じだったので咄嗟に出てしまっただけで、王都東地区騎士団はとんだ濡れ衣である。
「わあ、ここが湿原森! なんか神秘的ですねえ!」
まるでピクニックのような浮かれた調子のアミィは、伯爵令嬢の頃から愛用している冒険者用の防水靴を履いていたから、足元のぬかるみも苦にしない。
「大声を出すな。魔獣が出てくるだろ」
「あら? 魔物狩りに来たのに出てきてもらわないと」
カイマールが注意してもアミィは軽口を叩くだけだ。
(魔獣の巣窟に行ってみたいだなんて、オズの母君が生きていれば、辺境に相応しい嫁が来たと大喜びしただろうな)
カイマールはオズワルドによく似た風貌の女性を思い出していた。
その豪胆だったオズワルドの母親も、この湿原森には入った事がない。息子を連れてのピクニックでたまたま数頭の魔獣と遭遇し、護衛騎士たちと退治したくらいだ。こんな危険地を訪れる理由がないし、そもそもここを統括しているソロイド子爵家の婦人たちでさえ立ち入らない。
奥には大小の洞穴がいくつもあり、それらの全構造は未だ明らかになっていない。最大の洞窟は鍾乳洞で地底湖まである。どの洞窟内にも魔獣が住み着いているため、深部まで探索が出来ないでいるのだ。
湿原地とは厄介で、開けた地があるかと思えば、鬱蒼とした草木に囲まれた池に気が付かず足を取られて落ちたりするらしい。アミィにはカーマイルが道なき道を往くように見えているけれど、彼を含むソロイド騎士団員はおおよその地形が、頭に入っているのだろう。
王都近郊の森や山のように獣道や猟師道があるわけではないし、歩ける所を歩くといった感じだ。
「……しっ! 静かに」
カイマールが立ち止まり、一行を止めた。何かがいる。斜め前方の草むらから動物の気配をアミィも感じる。
「普通の野生動物のようですが、狩りますか?」
アミィが小声でカイマールに問う。言いつつ、矢を撃つ準備に入っている。
「まあ、食料が増えるに越した事ないわな」
カイマールが答えるや否や彼の目前を矢が過った。びっくりしたカイマールに構わずアミィは矢が吸い込まれた草むらに入る。出てきた彼女は矢が刺さった野うさぎを手にしていた。
「おおっ、すごい!」
騎士たちがどよめく。
カイマールも「すげえな。あの草の揺れ方で動物の動きを察するとは」と感嘆の声を上げた。
「ええ、王都ではそこそこ名の知れた狩人でしたから」
うさぎを騎士の一人に渡しながらアミィは照れたように笑う。
「いや! 伯爵令嬢だろ!」
思わず突っ込んでしまうのは、サイデルフィア家の血筋かもしれない。
アミィの腕前を知った随行騎士たちは気合いを入れる。魔獣が現れるまで、食料をどれだけ狩れるかの競争みたいになってきた。一行の前を横切ったうさぎを槍を投げて仕留めた騎士を、アミィは「やるわね、重みのある投げ方だわ」と褒めたりもした。
しばらく進んでいくと一行は狼魔獣に囲まれた。アミィの知る王都付近の同種よりひと回り大きい。やはりこの地では大型化するのかと思う。
接近戦になればアミィも剣を使う。騎士たちが辺境伯夫人の守護に気を取られなくて言い分、楽に退治できた。
「毛皮を剥げ」
カイマールの命令で毛皮と血抜きがはじまる。狼の銀色の毛は上手く処理すれば一級品となる。アミィも参加しようとしたが、それをカイマールが止めた。
「血に惹かれて肉食魔獣がやってくる可能性がある。注意しろ」
言われたアミィはカイマールに倣って辺りを警戒する。
近くの木々の葉が大きく揺れ、ばきっと枝の折れる音がした。
(狙われている!)
大きな獲物の予感にアミィは素早く矢をつがえ、直後に現れた大熊に放った。黒い角が二本生えている熊型の魔獣だ。
(お、おっきい!)
普通の魔熊の二倍はある。矢は足に当たったようだ。すかさず二本、三本と放てば腹に食い込み足止めになる。
「うおー!」
特攻したのはソロイド子爵だ。「団長!」部下たちが続く。アミィが矢で戦力を削いでいたため苦戦はしなかった。
「こいつの内臓は薬の材料になる。肉も新鮮なら加熱処理をすれば食える」
「魔獣を食べるのですか!?」
カイマールの言葉にアミィは驚く。
「血抜きが大事よ。余裕がある時は現場で粗方捌いてさっさと退却だ。久しぶりの綺麗な大物だな。夜戦食の干し肉にするぞ」
ソロイド団長の指示で、獲物は湿原森監視施設に持ち込まれた。肉の美味しい部分は塩を馴染ませた後にオーブンで焼く。残りは薄く切って大量の塩を揉み込み、更に一日塩水に漬ける。それから塩気をとって燻すらしい。見学するのは初めてだ。好奇心旺盛なアミィはあちこちの鍋やオーブンを覗き回る。
(う……臭いわ)
魔熊の内臓を大釜で茹でるとものすごい悪臭が漂う。よく茹でて殺菌すれば煮物の具に使えるらしいが、最低二回は茹でないといけないらしい。臭みを消すにはハーブやらワインやらが必要で結構手間がかかるものの、煮込めばとろとろとして美味らしい。処理したものは使用人たちにも分けられて賄いになり、通いの者は家に持ち帰る事が出来てちょっとした贅沢な土産となる。大型魔獣の棲む辺境ならではの分け与えの文化だなとアミィは感心した。
肝はよく分からないハーブ液に漬け込まれていく。魔熊の乾燥肝は高額で売れる薬の材料だとアミィも知っているけれど、二日間ハーブまみれにしたものを天日干しするとは初めて知った。




