11:過去と現在と
オズワルドとアミィは、五日ほど王都のサイデルフィア家の屋敷に滞在する。ソロイド子爵夫妻も一緒だ。だが彼らは明後日には帰路に着く。
今回はソロイド子爵夫妻だけだが、サイデルフィア領内の貴族は申し出れば、王都のこのサイデルフィア家のタウンハウスを利用できる。
ここは何代か前の辺境伯がそれまでの小さな屋敷を売却し、中央貴族に権威を示す為に、広い土地を買って建てたものだ。部屋数も多いし間取りも広く壮麗な外観をしており、領地の要塞城とは異なり優美さを取り入れている。
当主は『田舎者が見栄を張っちまった』と自虐したらしい。使用頻度の割に維持費はかかる。そこで、今まで王都に出れば宿泊施設を利用していた領地の貴族たちに、使用人、食事付きで格安で貸し出す事にしたようだ。『せっかくの屋敷なのにあまり使われないのは勿体ない。そうだ、サイデルフィア領の貴族や有識者にも使ってもらおう』の発想である。これは辺境地ならではの身内感の現れとも言えよう。
この度の結婚披露パーティは、王家主催の定期夜会に便乗させてもらった。
「王都の貴族を集めてきちんとしたお披露目会をするべき」なんて苦言を耳にしたが、オズワルドは「我々が今の時期に領地を不在にするのは異例なんですよ」と、目の笑っていない笑顔で反撃した。
「これから多くの魔獣が繁殖期を迎えるし、相変わらずフン・タルマルタ王国が、しょっちゅう領土侵犯してくるのを追い返すのに忙しいのです。それを放棄して王都で遊び呆けましょうかねえ」
「い、いえ、そんな意味で言ったのでは……。せっかく辺境伯と語り合える機会なのにと残念なあまり……申し訳ありませんでした……」
オズワルドは相手が侯爵だろうが発言に遠慮なんかしない。絡んできた方がしどろもどろの言い訳で引っ込んだ。
東の辺境伯は国最強の軍を有している。サイデルフィアが食い止めなければ、他国の侵略も魔物の被害も他の地方に及ぶのだと、誰しもが理解しているはずなのだ。戦争になれば辺境近隣を突破されたら敵軍は王都にまっしぐらだ。
連合軍との激戦を、被害のなかった中央は忘れがちなのだと感じてオズワルドは嫌気がさす。当時は志願兵を募り、王都の騎士団の大部分もサイデルフィアに向かった。
戦争中は陸路の貿易に支障をきたし、国内生産に頼ったため様々な物が品薄で物価も上がったが、貿易海路がそこそこ活きていたから物資不足は深刻化せず、貴族はそこまで不便を感じなかったのだろう。割を食うのはいつだって下々の者と国境近辺なのだ。
実際、もしサイデルフィアが魔獣の巣窟である湿原森を切り捨てて、その他の領土ごとジェイメル王国の傘下に入れば国の勢力図が変わる。
現在のエルセイロ王国に接している、結託して攻めてきたシガット大公国とフン・タルマルク王国の国境の大部分を、ジェイメル王国が押さえる事になる。エルセイロは湿原森の管理と、ただでさえ富国ジェイメルと呼ばれる国側の戦力となったサイデルフィアと向き合わなければならなくなる。それは絶対に避けたい。
そんな危機感を抱く王家の意向で無理に日程を組んで結婚式をしたのだ。領地に帰ればあちらでもまた結婚式を挙げるし、仕えてくれている貴族、行政の役員、神職者たちを招いての披露宴を開く。
関わりの少ない中央貴族たちと交友を深めるくらいなら、地元の繋がりの方が大切だ。広い土地を有するが故に、彼らが一堂に会して交流できる機会はそう多くはないのだ。
「……中央貴族って愚鈍なのが多いのですかね」
アミィが言えば「君の実家も中央貴族じゃないか」とオズワルドは笑った。
「ええ、父は首都近郊の領地を持つから、多少は政権に詳しくサイデルフィアについてもっと理解をしているかと思っていましたけど、私を辺境に追いやるつもりで嫁に出したので呆れました」
自国について何も教わっていないアミィでも、辺境地が防衛の要だと知っている。前世の記憶、万歳である。そこにいくら王族の指示があれど、『教育もマナーも不出来な娘でいいのだろうか』と父親が不安を抱えなかったのが問題だ。辺境は不要な人間の放逐地ではないのだ。
しかしそんな自分もサイデルフィアを軽く見ていたとアミィは反省している。
サイデルフィアで虐げられたら隣国__良好な関係のジェイメルではなく、多人種国家のフン・タルマルクにでも逃亡してやれば、跡を追う事もできないだろうと軽く考えて嫁入りしたからだ。
エルセイロ王国の西南は海で、北の国境は険しい山が連なる。だから実質サイデルフィアだけが他国と国境を接している状態だ。オズワルドに国境の要塞詰めの兵士たちに挨拶するため連れて行ってもらった時は感慨深かった。
過去。
トパーズ時代にエルセイロの傭兵としてフン・タルマルクと戦っていた頃、国境要塞に何度も入った。広い要塞の一部が一般兵が休める場所で、傭兵も利用出来ていたそこは、今も当時とあまり変わらなくて懐かしさが込み上げた。配給所として食料を受け取る場でもあった。
仲間と寛いでいたらカイマールがよく声をかけてきたものだ。他国の傭兵を使うには、友好な関係を築くのが大切だと彼は考えていたのである。確かに私的な関わりもなく命令されるだけよりは、酒や菓子などの嗜好品をこっそり分けてくれる上司の方が心証はいい。そして彼は話し上手の人たらしで、『彼の本当の部下になりたい』と仲間の一人が零したくらい信頼度は高かった。
あれが諜報員も兼ねていたトパーズの純粋な傭兵としての初陣だった。戦争は泥沼化する前に早々と停戦となり、トパーズはグローバ王国に帰還した。それから何国か派遣されたけれど、どの国でも扱いは最悪だった。雇用契約に“性行為を禁ずる”とあったからこそ、トパーズの最後の貞操は守られただけで、グローバ王国の人材を“妊娠によって使えなくするな”の意味でしかないので、嫌な思いはたくさんさせられた。
そうした上司や他国の兵士たちを見てきたから、カイマール・ソロイドは紳士で人格者だったとトパーズは思い知る。
トパーズの最後の任地はフン・タルマルク王国となった。隣のシガット大公国と手を組んでエルセイロに侵略戦争を仕掛け他のである。“かつてエルセイロに雇われていた者を多く”との雇用要望で、トパーズも送られる事になったのだ。
二国対一国で戦力は拮抗していたようで、エルセイロ王国に雇われている傭兵ギルドの連中に戦場で遭遇した。敵対する国同士に派遣される事が稀にある。きっとシガットより後に要請したエルセイロが高額での雇用を提示したのだろう。
この時はトパーズも、なぜあちら側でないのだろうと我が身を嘆いた。
母国に管理される傭兵ギルドではなく、多くの国にある冒険者ギルドに所属している自由な戦士であれば、エルセイロ軍に、いや、カルマール・ソロイドに押しかけてでも力になれたのに。
しかし敵国に情を持つのは不毛だから割り切らなければならない。
傭兵たちはエルセイロの要塞に出入りしていたため、フン・タルマルクはあわよくば要塞内の情報を期待しての雇用だったようだが、外部に漏らすわけがない。派遣兵士が敵国に雇われた途端ぺらぺらと喋るようなら、どこの国だって雇わなくなる。そもそも重要な場所にたかが傭兵を入れるような間抜けな国は存在しないだろう。
あとは思い出したくもない。あの死の日、トパーズ含む傭兵と下っ端兵士たちはエルセイロ王国に攻め込んだ。タイミングを疑問に思ったが命令されれば従うしかない。あれは一時撤退の単なる時間稼ぎにしかならない稚拙な作戦だった。全滅を期待されたのだと気づいた時には遅かった。連合軍から知らされもせず、囮にされて捨てられたのだ。思った事は『陽動を任されていれば隊員の被害も少なく、もっと上手く時間稼ぎができたものを』なのだから、トパーズは根っからの兵士だった。
色々と考えているうちに、アミィは無駄死にを強いた過去の連合軍に対する怒りが再燃して、益々『隣国許すまじ!』と決意を新たにする。華やかな夜会用ドレス姿なのに凛々しい表情をしている新妻を、オズワルドは訝しげに見つめるのだった。




