10:王都で結婚式
王都での結婚式は王族のために行われるとオズワルドは理解している。中央で燻る“サイデルフィアはジェイメル王国に鞍替えするのではないか”との不安を払拭するため、エルセイロ王家との良好さを見せるための舞台だ。
結婚式の費用は全額王家負担である。本来ならサイデルフィア領で行われるものを王都まで引っ張り出したのだから、「お金くらいは出さないといけないよね」とはオズワルドの友人、レミス第三王子の談だ。
因みに花嫁花婿の衣装は自腹である。王家に任せたら王家の花紋の百合をモチーフにしろとか国鳥のコマドリを刺繍しろとか口出ししそうで、オズワルドは断った。
白の花嫁衣装はサイデルフィア家の花、青紫のゲラニウムの刺繍を首元、袖、裾に散らし、人目を引く。楚々たる印象の花嫁衣装に包まれた中身が、鍛えられた肢体なんて誰も考えないだろう。
王太子夫妻が王家代表として参列する。レミス第三王子は友人枠で出席だ。
ソロイド子爵夫妻に、王都住まいのその息子夫婦がサイデルフィアの親族側になる。アミィの身内は……? 残念で仕方ないものの当然ブロールン家も参列している。
「まあ、あれがブロールン家の問題児の次女?」
「そんなふうに見えないわね。所作も綺麗よ」
「勉学が嫌で平民に戻りたがっていたと聞いたが」
「偶然彼女と知り合ったレミス王子が辺境伯に紹介したらしい」
ブロールン伯爵夫妻とその娘の耳に、ヒソヒソと周囲の貴族たちの声が聞こえてくる。
「どこで王子様が引きこもりと知り合うって言うのよ!」
リーゼロッテの強い語気に伯爵夫人が「ロッテ! 口を慎みなさい!」と慌てて注意して周りを見渡す。よかった。誰にも聞かれていないようだ。どうも娘は直情型すぎる。
王子がそういう話にしたなら、それが事実になるのだ。理解してほしい。
「……それにしても美しいドレスね」
「生地は辺境伯の母君の妹から贈られたジェイメルのシルクですって」
「まあ、特産の……とても高価なものね」
「ティアラはお祖母様の結婚式の時の物だそうよ。素敵ね」
「大粒のエメラルドが黒髪に映えますわね」
レミス王子が流した情報は、思惑通り貴族女性たちの興味を引く。
評判の良くないアミリシアが、辺境伯家にもジェイメルの親戚にも認められていると示しているのだ。
リーゼロッテの神経を逆撫でするのは異母妹に対する夫人方の評価に加え、初めて見た辺境伯である。長身で、あんな美形とは思わなかった。
美男美女だな、なんて周囲の声を大袈裟だと思っていた。
だが久しぶりに見た異母妹は本当に美しい。恐ろしい辺境の地で苦労をしているだろうと嘲笑ったのに、実際はどうだ。
辺境伯がアミィを大切に扱っているのが見て取れるし、アミィも幸せそうな笑顔を湛えている。
(アミリシアのあんな笑顔なんて初めて見たわ)
リーゼロッテは悔しくて仕方がない。
まさかアミィが義母と異母姉に当てつけるために“幸せいっぱい”を演出しているなんて思いもしなかった。
「ジョゼット、おまえがアミリシアはきちんと教育できなかったと言っていたけど、ちゃんと振る舞えているじゃないか」
伯爵は久しぶりに見る娘の姿に、「恥をかかされなくて済んだ」とホッとしている。伯爵夫人は「辺境で厳しく躾けられたんじゃないですか」と答えた。
実際、アミィが平民の裕福な商家の娘とか男爵令嬢なら元々マナーに問題はない。でも伯爵令嬢としては覚束なさがあった。年の離れた男の愛人にでもしてやろうと考えたジョゼットが「何となく上品に見えるだけでいい」と、子供の時に与えた教育だけで放っていたのに、辺境伯家で相応しい教養を授けられたようだ。
あの娘は今後辺境伯夫人として認められていくのか。本当に腹立たしい。
そんな元家族の思いなんかアミィは手に取るように分かる。彼らは感情を表に出しすぎるのだ。
「見ろよ、伯爵夫人の顔」
「ええ、憎くてしょうがないんでしょうね」
神聖な式の最中に、笑顔のオズワルドが寄り添って小声で囁くのも、新妻を気遣っているように見えるだろう。隣で俯いて笑うアミィは恥じらっているっぽく見えるはずだ。
蔑んでいた継子の幸せを見せつけてやる。アミィは仕返しの気分である。
粛々と式を終え、祝福の挨拶に応対して若干疲れ顔の新婚夫婦の控室に、レミス王子がやってきた。
「やあ、アミリシア夫人、初めまして。僕はレミス・ヤイセン・ヴァズ・エルセイロだ。友人の妻になってくれて嬉しいよ」
鮮やかな金の髪に空色の瞳の、王家の特徴そのものの優しげな風貌の第三王子に声を掛けられて、どうしようと思ったアミィだが礼をして「お会いできて光栄です」とまずは述べ、言葉を続けようとした。しかしそれはオズワルドによって遮られる。
「これでサイデルフィアに謀叛の意思はないって周知できただろ」
確かにサイデルフィア当主が中央貴族の伯爵令嬢を娶った慶事は王家の思惑で、そのための首都での王家主催の結婚式だった。結婚式の最後にオズワルドが腰の儀礼用の剣を掲げ「王家に忠誠を誓います」とまでやったのだから、王家の面子は守られた。
「うん、ごめんね。僕もこんな、いやらしいやり方はどうかと思ったんだけどね」
「俺もおまえも、国での立場がある身分だから仕方ねえよ」
王族に対する口調ではない。だが第三王子に対してオズワルドは、私的な場でそれを許されているのだ。
「理解をありがとう。でも奥方は素晴らしい女性だろ。弓捌きも一級。剣の腕もごろつきの数人くらいは一気に倒せる実力者。辺境に相応しい人材を選んだ僕に感謝したまえ」
茶目っ気を含んでレミス王子は悪戯っぽく笑う。
「はあ? おまえ、“気の毒さ”で選んだんじゃないのかよ!」
びっくりしたのはオズワルドだけではなくアミィも同様だった。
「当たり前だろ。不遇に甘んじるだけの気弱な女性では、辺境伯夫人は務まらないじゃないか」
「……あの……ご存知だったのですか……?」
アミィはオズワルドとの初対面の日、『王家の調査も型通りだったのですね』的な事を言い放った気がする。違ったのだ。舐めていて申し訳ない。
「考えてごらんよ。王家の特命調査員達がブロールン家を監視してたんだよ? 毎日人目を忍んで裏門から出て行く、不審な令嬢の追跡をしないわけがない。報告を受けた僕も驚いてさ。猟師の間で〈黒髪美少女の射手〉なんて呼ばれているし、八歳の時から働いていた王都東区騎士団には可愛がられているし、とんでもない女の子がいたもんだと思った。でもこれ以上オズに相応しい令嬢はいないと確信した!」
「どうしてそれを伝えてくれなかったんだよ」
「うん? だって君の希望って“不遇な令嬢”だし、可哀想な女の子を助けて優越感に浸りたい性質なら、逞しい子は嫌いかもしれない。だから敢えて言わなかった」
苦々しい顔のオズワルドに対し、レミス王子は悪びれない。
「おまえ、俺がそんな捻くれた男だと思ってたのか?」
「君と恋愛話なんかした事ないから、性癖は分からないよ」
オズワルドは「はあっ」とわざとらしく溜息をついた後、「別に不幸な女性が好きなわけじゃない。と言うか、好きなタイプも思い浮かばん」と零した。
「でも良縁だったと思う。それは感謝している」
オズワルドの言葉にレミス王子は破顔して、「そうだろうとも! 結局僕は君のために最高の伴侶を見つけてあげられたんだね!」と満足したようだ。
「アミリシア夫人、友人としてオズを頼む。そして王族としては辺境伯を支えてやってくれ」
「ご期待に添えるよう尽力いたします」
(カイマール様が護る辺境の地……オズ様と護っていけたら最高なんだけどな)
アミィが王子に告げた言葉は本心だった。




