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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
二章 聖女編

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――――第48話――――

 顕覧会から、一ヶ月ほどが過ぎたその日。

 寒空の下の王都を、外套のフードを目深に被ったゼノルが足早に行く。

 傍らには供の姿もない。護衛は一人同行していたが、その姿を見いだせる者は通行人の中にはいなかった。


 やがてゼノルは、一軒の古ぼけた喫茶店に入った。

 暖炉の焚かれた暖かい店内には、学園の生徒らしき客が数組座っているのみ。ざっと店の中を見回したゼノルは、近くにいた給仕に適当に注文すると、すぐに二階席へと向かった。

 二階にいた客は、壁際の席についていた一人の少年だけだった。ゼノルはにやりと笑うと、その少年のもとへとまっすぐに向かっていく。


 少年は店内でもつば付きのフェルト帽を目深に被っており、口元は大きな襟巻きで覆っているため、人相がわかりにくい。だがゼノルは、迷うことなくその少年の正面にどっかと座った。

 そして不敵に言う。


「ふっ、待たせたな」


 少年はゼノルをその藍色の目で睨むと、わずかに襟巻きをずらし――――気品を感じさせる声で言った。


「……遅いよゼノル! 昼過ぎにって話だったじゃないか!」


 文句たらたらな様子のその少年は――――ライデニア王国第一王子、アルシオ・レオガ・ザルクトだった。

 このような古ぼけた喫茶店にはまるで場違いな、王国一の貴種。だがゼノルは、王子を前にしてもなお不敵な顔で言う。


「馬車の到着が遅れてしまったのだ。許せ」

「勘弁してくれよ。こっちは一人で抜け出すだけでも大変だっていうのに」


 アルシオはそう言って盛大に溜息をつく。


「まったく……学園を出てからも君に振り回される羽目になるなんて思わなかった」

「堅苦しい公務などより、よほど愉快でいいだろう?」

「百歩譲ってそうだったとしても、君だけは言ってはいけないと思うけどね」


 呆れたように言うアルシオ。だがゼノルに対するその雰囲気は、どこか気安いものがあった。

 それはゼノルも同様だ。くつろいだように足を組みながら、笑みとともに言う。


「顕覧会の時は助かったぞ」

「ああ、あれ?」


 礼を言われたアルシオは、微妙に顔をしかめる。


「あれもさあ、事前に聞いてた内容と違ったんだけど。君と聖女が揉めてるときに、僕が仲裁に入るって流れのはずじゃなかった? なんで聖女が『バレたなら仕方ないのだわーっ!』とか言い始めるんだよ。絶対、僕に話してない内容があっただろ」

「うむ、手紙に書くには少々ややこしくてな。貴様ならば大筋だけ伝えれば十分だと思っていた」

「勘弁してくれよほんと。合図もらったから名乗り出たけど、あれでよかったの?」


 ゼノルはにやりと笑って答える。


「ああ、完璧だったとも」


 聖皇派も聖女派もラニスも、顕覧会の賓客の中に、ロドガルドに味方する者は一人もいないと思い込んでいた。

 だが――――実は一人だけいたのだ。

 アルシオ王子殿下という、この上ない影響力を持つ協力者が。


 有象無象の貴族の熱弁よりも、アルシオ一人の呟きの方がよほど聴衆に聞き入れられる。そのうえ熱心なアルシオ派であるグレイヴィオ公爵までもが参加していたとあっては、もはや聴衆の意見はアルシオ一人に左右される状況だったと言ってよかった。

 実のところ、ゼノルが神器の来歴を捏造するなどの話術を駆使するまでもなく、ほぼほぼ勝利は確定していたのだ。

 ゼノルは鷹揚に言う。


「本当に助かったぞ。さすがアルシオだ、オレの見込んだ男なだけある」

「相変わらず調子のいいやつだな。そんな家臣にかけるような言葉で機嫌をとったつもりか? これでも僕は、この国の第一王子なんだけど」


 そんな文句とは裏腹に、アルシオの声にはどこか楽しげな響きがあった。

 一方で、ゼノルはやや渋い顔をする。


「ただな、協力してもらっておいてなんだが……少々言いたいことがある」

「なんだよ」

「なぜシルラナを連れてきたのだ」


 ゼノルは渋い顔のまま続ける。


「貴様一人が参加すれば十分だったはずだろう。何をしでかされるかと気が気ではなかったぞ」

「仕方ないだろ。なんか勝手についてきちゃったんだ」

「なんか勝手についてきちゃったって、野良猫ではないのだぞ」

「君と聖女の婚約発表の噂は流れてたし、僕も参加するなんて言ったら、そりゃついてくるに決まってるよ。いかにもおもしろいことになりそうだし」

「む……」

「別に、問題は起こさなかったんだからいいだろ?」

「……そういえば、オレと聖女が言い合っている最中、奴から何か耳打ちされていたな。あれは何だったのだ?」

「ああ、あれ? 君がやったことを解説してくれてたんだよ」


 アルシオが思い出すように言う。


「鏡か何かで陽光を集めて、あの武器でできた竜を熱したんだろ? 墜ちる直前に強く光ってたからわかったってさ。シルは、熱で竜が墜ちたってことは、たぶん『針』は磁力を操るような神器なんじゃないかって言ってたんだけど……当たってた?」

「……ああ。あの一幕だけでそこまで推測したか。シルラナも相変わらずだな」


 そう言ったゼノルの声には、どこか懐かしそうな響きが混じっていた。

 アルシオも口元を緩めて言う。


「それにしても、あんな形でまた三人がそろうなんて思わなかったよ。ゼノルはよそよそしかったけど」

「仕方あるまい。公の場で、学生時代のような振る舞いはもうできん。シルラナは未だに好き勝手やっているようだが、オレも貴様も、すでに立場があるからな」


 聞いたアルシオは肯定も否定もせず、ただ寂しげな表情を浮かべただけだった。

 青春の残滓がいつかは消えてしまうことを、心の奥底では理解していたのかもしれない。


「だが……学生でないならば、ないなりの振る舞いがあるというものだ」


 ゼノルがにやりと笑って言う。


「立場を得た今だからできることもあろう」

「ふ……ま、そうかもね」

「では、本題に入ろうではないか」


 ゼノルは身を乗り出すようにして、声をひそめて言った。


「――――これからの悪巧みについてだ」

これで聖女編が完結です。

次は異民族姫編の予定です。


書籍版がSQEXノベルから1月7日に発売しております!

よろしくお願いいたします!

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