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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
二章 聖女編

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――――第45話――――

◇◇◇



「僕が証人になろう」


 気品に満ちたその声に、皆が目を向ける。

 聴衆の中から歩み出てきたのは――――ほかならぬ、アルシオ王子だった。

 ゼノルとラニスのそばまで歩み寄ったアルシオは、二人をそれぞれ見つめて言う。


「ロドガルドに肩入れするつもりはないけれど……ラニス殿の扱う神器によって、ここにいる者たちに危険が生じたのは事実だ。それは無視できない。ただそんなことよりも……君たちはまず、頭を冷やすべきだ」


 思わぬ大人物が出てきて呆気にとられるラニスを前に、アルシオはどこか呆れたような口調で言う。


「こんな大勢の前で、そのように個人的な言い争いをするものではないよ。婚約の条件に疑義が生じたのなら、一度白紙に戻し、あらためて話し合った方がいい。ここではない場所でね。その一助となるならば――――僕が、この場で起こったことの証人になろうじゃないか」


 それから、アルシオは賓客たちを見回して問いかける。


「どうだろう、みんな。僕はそれが一番いいと思ったけれど……何か異議のある者はいるかい?」

「まさか、異議など!」


 胴間声が、呼応するように響く。

 集団から拍手とともに、グレイヴィオ公爵が歩み出てくる。


「すばらしい沙汰にございました! いやはやこのグラーモ、殿下に先んじて名乗り出られなかったこと、恥ずかしいといったらありません」


 ゼノルやラニスではなく、アルシオの方を見ながら胸に手を当てると、髭面の大貴族は堂々と言う。


「私もまた、殿下に続き証人となりましょう。いえ私ばかりではなく、ここにいる誰もが、殿下の意見に賛同することでしょう。そうであろう、皆!」


 グレイヴィオ公爵が呼びかける。

 すると――――ほどなくして、集団から声が上がり始めた。


「……では、私も」「私も証人になろう」「閣下にばかりいい顔はさせられませんな、私も証人となりましょう」「殿下の意見に賛同いたします」「私もやぶさかではない、それでこの場が収まるのであれば」「私も証人だ。そもそも二人目の聖女など、ありえなかったのだろう」


 天秤は、もはや完全に傾いていた。

 アルシオ王子が名乗り出た時点で、すでに大勢は決していた。


 熱心なアルシオ派であるグレイヴィオ公爵は、必ず王子に追従する。となれば、同派閥の者たちも同様だ。それ以外の者たちも、当然影響力のある方につく。

 教団も大組織ではあるものの、あくまで宗教組織にすぎない。次期国王に序列二位の公爵家という、自分たちの権勢に密接に関わる者たちに背いてまで、味方する相手ではないのだ。


 賓客たちの様子を見たアルシオは、ややほっとした様子で、ゼノルとラニスに向き直って言う。


「ひとまず、婚約は解消。そういうことでいいね?」


 呆気にとられたままのラニスの横で、ゼノルはにやりと笑う。


「ああ。もちろ……」


 そう言ってうなずきかけた……その時だった。


「――――ゼノル卿ッ!!」


 鋭い声とともに、賓客たちの間から歩み出てくる者がいた。

 聖女派の上級神官、ヤマラだった。

 ヤマラは怒りと驚愕が混じり合った表情で、ゼノルに詰め寄る。


「これは、どういうことですか……ッ!?」

「上級神官殿。このような事態となった憤りは理解するが、オレにも譲れんものがある。教団として、この婚約破棄は呑んでもらいたい」


 それらしいことを言いながら、ゼノルはヤマラに向かい半歩踏み出した。

 そして、微笑とともに声をひそめて言う。


「……どういうこととは妙な問いだ。オレは貴様と共にした志を、見事に遂げて見せたのだがな。ほかならぬ、聖女との破談という志を」

「このような真似、認められるわけがないでしょうッ!」


 外聞もなく、激しい剣幕でヤマラは言い募る。


「我々は、聖女様を聖皇とすべく活動してきたのですッ! たしかに破談とはなりましたが……あろうことか偽の聖女などとッ! これではすべてが台無しです! 話が違うではないですか!?」

「おや、妙だな」


 ゼノルは口の端を吊り上げ、まるで嘲笑するかのように言う。


「聖女を決して貶めないなどと、オレは一言も言った覚えはないが?」


 ヤマラが目を剥いた。

 歯を食いしばり、怨念を絞り出すように言う。


「撤回を求めます、今すぐに! さもなくば……!」

「そうそう」


 ヤマラの剣幕などまるで見えていないかのように、世間話のような調子でゼノルは言う。


「ちょうど今頃、領都で密かに工作活動を行っていた不届き者どもを捕縛し終えたところだろう」

「…………は?」

「今のところ、奴らは盗賊団に情報を流していた内通者ということになっている。これで領民たちの不安もいくらか払拭されることだろう。ふははは」

「……馬鹿な……はったりでしょう。そのように都合よく……」

「神官風情が諜報で貴族を上回ろうなど、思い上がられたものだ。それに、オレは確かに言ったはずだぞ」


 愕然とするヤマラに、ゼノルは顔を寄せると、ひそめた声で告げる。


「オレに剣を向けた愚物には、目にものを見せると」


 絶句するヤマラを、ゼノルは満足そうに眺めて言う。


「予定では、奴らは公開裁判にかけることになっている。どのような証言をするか楽しみだな」


 その一言で、ヤマラはロドガルドへの工作活動の一切が封じられたことを悟った。

 もしも捕縛された工作員が裁判で聖女派の関与を吐けば、ロドガルドと教団との関係は最悪になる。そうなれば他派閥は、嬉々として聖女派を排除しにかかるだろう。ロドガルドとの関係を改善させるという、大義名分を掲げて。


 ゼノルが捕縛した工作員を表向き盗賊団の内通者としたのは、領都に蔓延していた不安を軽減させると同時に、聖女派の工作を封じることが狙いだった。

 仮に捕縛を逃れた工作員が残っていたとしても、もう行動を起こさせることはできない。何かさせようものなら、裁判で捕縛済みの工作員に証言させ、他派閥をけしかけて聖女派を滅ぼしてしまえるからだ。


 ロドガルドへの攻め手を失ったヤマラは、必死に活路を探す。

 ――――その時。


「ゼノル卿」


 数人の神官を伴い、ゼノルに歩み寄る者がいた。

 髭面の上級神官、ダグライだった。

 ダグライはゼノルの前で足を止めると、目礼とともに胸に手を当てて言う。


「此度の不始末、誠に申し訳ございません。私が主導しておきながら、あってはならぬ誤りでございました。教団を代表し深く謝罪いたします」

「ふん……まあよい」


 ゼノルは鼻を鳴らすと、ややわざとらしく答える。


「貴様には世話になっている。オレの望む形で始末をつけるならば、寛大な心で許そう」

「感謝いたします」


 ダグライは目を上げると、淡々と言う。


「まずは今回の婚約、双方合意の上での解消とさせていただきたく存じますが、よろしいでしょうか」

「もちろんだ。で?」


 何かを促すような、ゼノルの返答。

 ダグライは、一拍置いて続ける。


「加えて――――ラニス大神官の聖者認定について、取り消しを検討したく存じます」


 その言葉に目を見開いたのは、言われたゼノルではなく、ヤマラだった。

 聖女とは原則的に、聖者に内包される存在だ。

 ラニスの聖者認定の取り消し。それは教団が、ラニスは聖女ではないと、正式に認めることに等しかった。


「そんな……そんなことが許されるかッ!!」


 ヤマラの怒声が響く。


「ダグライッ、ダグライ貴様ぁーっ!! よくも聖女様をっ……!」


 ダグライに殴りかかろうとするヤマラを、他の神官が二人がかりで止める。

 ダグライはその様子を、冷たく一瞥しただけだった。


「よろしいでしょうか、ゼノル卿」

「ああ、それでいい。今回の件は水に流してやろうではないか。以後もよろしく頼むぞ」

「誠に恐れ入ります」


 二人のやり取りは、怒り狂うヤマラなど目に入っていないかのようだった。


「聖女様ッ!!」


 ヤマラの視線は、今度はラニスに向けられていた。

 びくりとする聖女を射貫くような視線でもって、ヤマラは続ける。


「聖女様、どうかご否定ください!! 自分は決して、偽の聖女などではないのだと!! 『左腕』に選ばれ、確かにすべての神器を扱えるのだと!! いずれは『眼球』の権能をもって、神を知覚し、真の聖女となられることが……むぐっ……!」


 まずいと察したのか、神官の一人がヤマラの口を手で塞いだ。

 だがヤマラは身をよじり、懸命に口から手を除けると、必死の形相で叫ぶ。


「言ってください!! 言って……言え!! 早く言えバカガキがッ!! 十一年前のあの日、拾ってやった恩を忘れたかッ!!」


 ゼノルが目を細め、ヤマラに向かって一歩踏み出す。

 その影を――――ラニスが追い越した。



◆◆◆



「なるほど。追い詰められたヤマラが、暴力に訴えるかもしれないため、ということですか」


 納得したように言ったダグライに、ゼノルがうなずく。


「ああ。聖女派も間違いなく顕覧会には姿を見せるだろうからな」

「かしこまりました。教会騎士団上がりの者を手配しておきましょう」


 ダグライの言葉に、ゼノルは一息つくと、長椅子の背もたれに身を預ける。


「話はまとまったな。これでなんとかなるだろう」

「もっとも、こちらはまだまだやることが残っていますけれどね」


 スウェルスが若干疲れたような顔で言う。


「鏡の製造に、竜墜とし実行役の選別、訓練があります。時間的にはギリギリですね……」

「なんとかしろ。それと」


 ゼノルは思い出したように言う。


「ヤマラの工作員どもの根城は、いい加減に洗い出せたか?」

「ええ。おおむねは」


 スウェルスがうなずく。


「もっとも、全員を余すところなく捕縛するのは難しいでしょうが」

「別に余してもかまわん。では顕覧会当日に作戦開始できるよう調整しておこう。ついでに、オレへの反抗勢力も捕まえておくとするか」

「……聖女派の工作員を、すでに見つけ出したのですか」


 感心したように言ったダグライに、ゼノルは鼻を鳴らして答える。


「これでも辺境伯でな。諜報にはこちらに一日の長がある。この程度わけもない」

「……やはり、ロドガルドは敵に回せませんね」

「他の神官どもにもよく言い聞かせておくがいい」


 ゼノルはそう言うと、軽く溜息をついて、窓の外に目を向けた。


「さて……これで不確定要素と言えるのは、あの女くらいになったか」



◇◇◇



 ラニスが、取り押さえられたヤマラに歩み寄る。

 ゼノルが対処に迷う中、ラニスは静かに告げる。


「覚えてるよ」


 それは民衆を前にしたラニスとも、普段の奇矯なラニスとも違う……ただの村娘のような口調だった。


「助けてくれたことは感謝してる。今まで面倒を見てくれてありがとう、ヤマラ。でもね」


 ラニスは、どこか悲しげな目で言う。


「ワタシは神さまなんて、死んでも見たくなかったのだわ」


 屈強な神官二人に口を塞がれ、取り押さえられたヤマラが連れ去られていく。

 それを見守るラニスの背中は、哀愁の漂うものだった。


「うん、これで揉め事は済んだね? では顕覧会を正しく再開しようじゃないか」


 どこか能天気に、アルシオが言った。

 ゼノルが会場から姿を消すと、来賓たちはしばらく先の一件を話題にあげていたが……しだいに、例年の顕覧会の様相へと戻っていったのだった。

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