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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
二章 聖女編

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――――第44話――――

◇◇◇



 ゼノルの糾弾に、ラニスは一瞬目を閉じると――――ふと笑った。


「アハッ! バレたなら仕方ないのだわーっ!」


 突然、そんなことを叫びだした。

 呆気にとられる聴衆の中心で、ラニスは高らかに言い放つ。


「実はずっと前から、ワタシって聖女じゃないのかも? って思ってたのよね! なんかたまーに、調子悪い? みたいな。あれ、この神器ってこんなもんなんだ? とか思うこと、よくあったのだわ!」


 賓客たちは皆、困惑したように顔を見合わせている。

 ラニスは話す内容とは裏腹に、堂々と胸を張って続ける。


「たぶん、権能を引き出せていなかったんじゃないかしら? さっきも、ちょっと気を抜いたらあんなことになっちゃったのだし! どの神器も一応使えはするけど、きっとちゃんと選ばれていないのだわ! だから……ワタシはきっと、聖女なんかじゃない」


 まさかの宣言に、賓客たちがざわめき始める。

 そんな中……ゼノルは、微妙な顔をしていた。


 目論見通り、ラニスは形勢が悪くなったと見るや、ゼノルの提案に乗ってきた。

 だが、演技が下手だ。どう見ても、これまで民衆を騙してきた偽聖女の態度ではない。


 しかし、もうこのまま行くしかなかった。ゼノルは軽い咳払いとともに、ラニスに問う。


「では、認めるのだな。貴様は聖女ではなく、このオレを騙して婚約に持ち込んだのだと」

「うーん、結果的にはそうなっちゃったのかも!」

「そうか」


 ゼノルは視線を回して、周囲の様子を確認する。

 賓客たちは困惑している様子だったが、ラニスの態度をいぶかしんでいる気配はなかった。そんな中で、なにやらシルラナに耳打ちされているアルシオの姿が視界に入る。何を伝えられているのか見当がつかず、ゼノルはわずかに顔をしかめたが、今は捨て置くしかない。

 ラニスに目を戻すと、ゼノルは声を張って宣言する。


「ならば話は早い。婚約は破棄させてもらおう。当然だな」

「ワタシは別にかまわないのだわ。でも……現実的にはどうかしら?」


 ラニスは目を細めると、微笑とともに言う。


「この婚約って、教団も関わっていることだし、ね? 婚約の破棄ともなると、そう簡単にしていいものではないのではないかしら。それにほら」


 ラニスが、わずかに声を低くして付け加える。


「さっき言ったことは、全部ワタシの勘違いで……本当はちゃんと聖女だった、って可能性もあるしね?」


 ラニスの発言の意図は、はっきりしていた。

 自身の利益を確保できるまで、婚約というカードを手放さないつもりなのだ。


 ロドガルドに嫁げないならば、ラニスは聖女という地位を永遠に降りる必要がある。しかしここでただ婚約破棄が成立した程度でそれが叶うほど、現実は甘くない。

 この糾弾劇は賓客たちに見られてはいるものの、彼らの立場はただの傍観者だ。貴族社会に広まるのは、せいぜい聖女が偽物かもしれないという疑惑混じりの噂程度。聖女派が本気になれば、いくらでもラニスを聖女の地位に押し戻すことができるだろう。


 同じことを危惧しているのは、聖皇派の神官たちも同様だった。

 ゆえにゼノルは、この場で確実なものとする必要がある。

 ラニスが、聖女などではないということを。


「ふん、何を抜かす。貴様が偽の聖女だということは、先ほど明らかになったはずだ」


 ゼノルが大仰な身振りで、賓客たちを手で示す。


「ここにいる全員が、証人となるだろう!」

「アハッ、証人? 証人なんて、いったいどこにいるのかしら?」


 ラニスが、聴衆を見回しながら言う。


「自分が証人だという人がいるのなら、ぜひ名乗り出てほしいのだわ!」


 賓客たちが静まり返る。

 彼らの表情には、一様に冷徹な計算が浮かんでいた。


 一見するとこの一幕は、ロドガルドと教団との揉め事に映る。となれば、ここで証人だと名乗り出ることは、教団に背いてロドガルドにつくと宣言するに等しい。

 今日の来賓は、いずれもロドガルドと縁遠いか、敵対関係にある者ばかりだ。教団という巨人に背いてまで、ロドガルドにつく者はいない。


 ラニスは、ギリギリのところで婚約を押し通せたことを確信した。

 もしもゼノルがダグライの提案を素直に受け入れ、ロドガルドに近しい貴族を来賓として呼んでいれば、結果は違っていただろう。完璧主義と自らの実力への過信が、彼の敗因だ。


 とはいえ……ラニスにとってもまた、これは望ましくない結果だった。

 このような形でゼノルと結婚しても、ロドガルドではまず冷遇される。最も嫌な未来は避けられるが、幸福になることは決してない。

 ゼノルの勝利を願っていたのは、誰よりも、敵であるラニス自身だったのだ。


 ――――誰かが。

 誰かが今この場で、名乗り出てくれれば。ただの傍観者などではなく、ラニスは聖女ではないと貴族社会でも断言してくれるような、誰かが――――。


「案ずるな」


 ――――その時。

 ラニスにだけ聞こえるほどの声量で、ゼノルは不敵な笑みとともに言った。


「オレは絶対に、結婚などしない」


 はっとするラニス。

 その耳が、


「僕が証人になろう」


 聴衆の中から、気品に満ちた声が上がるのを聞いた。



◆◆◆




「ラニス自身だ。ほかならぬあの女にも、オレの策に乗るよう伝えろ」


 ゼノルの言葉に、ダグライは混乱したような顔をした。

 一瞬思い悩むように瞑目した後、顔を上げて言う。


「……なるほど。ラニス様としても望みを果たせるのであれば、ゼノル卿に協力する選択肢もあるでしょう。しかし……それならばなぜ、今日この場に呼ばれなかったのですか?」


 ダグライが当然の疑問を口にする。


「私が言伝を預かるよりも、この場でゼノル卿が直接協力を求めた方がよかったように思えますが」

「先にも言ったが、それはできん。なぜなら現時点では、あの女はオレに協力など決してしないからだ」


 ゼノルは腕を組んで説明する。


「あの女は今優位な状況にいるのだ。オレと婚約を結び、順当にいけばこのままロドガルド辺境伯夫人の地位に収まることができる。ならば、あえて冷血卿などに自身の命運を委ねたりはしまい。裏切られれば終わりだからな。よって、策の内容を知れば必ず妨害を試みるだろう。それは許容できん」

「であれば……なぜ協力を求めるのです?」


 眉をひそめるダグライに、ゼノルは言う。


「状況が変われば、あの女の心境も変わってくるだろうからだ。以前にあの女自身が言っていただろう? まだ不利だったときに提案されていれば迷っていたかも、などと。ならば、不利な状況に戻してやればいい」


 ゼノルは続ける。


「貴様はラニスに、オレのしようとしていることを伝えるがいい。策の具体的な内容は伏せてな。自身の形勢が悪くなったと感じれば、偽の聖女というシナリオに乗ってくるだろう」

「……なるほど」


 ダグライが顎に手を当て、考え込むように言う。


「ゼノル卿、ラニス様、そして聖皇派。この三者が共に主張すれば、さすがに聖女がまがい物であるという空言も事実となりますか。ちょうど、来賓たちが証人となってくれるでしょうし」

「ああ。まあ、あの女にはそこまで期待していない。オレだけが主張する状況でも事実としてしまえるような手は考えてある。詳細は明かせんがな」

「ふむ、となりますと……ゼノル卿の求める聖皇派の協力というのは、究極的にはラニス様への言伝ということになりますか?」

「それだけなわけがあるか。それで済むならばいちいち呼ばん」


 やや呆れたようにゼノルが言う。


「まず一つに、顕覧会での演出内容を誘導しろ。特に、鋼の竜は墜としやすい位置で静止していてもらう必要がある。適度に危険な、会場に近い位置の方がいいな」

「それはおそらく、問題ありませんが……」

「それから、貴様には茶番の終わりに締めの一芝居を打ってもらう。顕覧会には貴様も参加するのだろう? ゴーマス大神官には話を通し、演技の練習もしておけ。詳しい内容は後で説明する」

「……かしこまりました。ほかには?」

「最後に、これが一番重要なのだが」


 ゼノルがにやりと笑って言う。


「顕覧会には、おそらく狼藉者が現れる。神官どもにはそいつを取り押さえてもらいたい」

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