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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
二章 聖女編

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――――第37話――――

 それから十日。スウェルスの差配により、物品の方は順調に集まりつつあった。

 一方で、ラニスの情報については芳しくない。


「今のところ、現在市井に広まっている以上の情報は掴めていません」


 スウェルスが浮かない表情で報告する。


「私の感覚ですが、どうも手応えがありません。生まれの村がすでになく、故郷を離れてからはずっと教団の庇護下で暮らしていたために、探れる場所も人も限られます。今後有用な情報が出てくるかは……正直、見込み薄かと」

「そうか……」

「ゼノル様。やはりもう、手を打つべきでは?」


 スウェルスが進言する。


「聖女様の真意を知る者は、聖女様しかいない可能性もあります。目的の看破に躍起になるあまり、顕覧会に間に合わなければ元も子もありませんよ。何をされるつもりなのか存じ上げませんが、せめて準備は始めておくべきかと」

「それは当たり前だ」


 ゼノルが顔をしかめて答える。


「婚約破棄は絶対だ。あの女をそこまで気遣ってやるつもりはない。わからなかったならその時はその時だ」

「それならいいのですが」

「すでにトレヴァーにも声をかけている。物品が揃いしだい始めるぞ」

「ええ? またあの男を頼るのですか……。リストの内容から予想はしていましたが」


 スウェルスが微妙に嫌そうな顔をする。

 とはいえ、ゼノルの考える竜殺しに、トレヴァーは必須だった。あの奇人はコミュニケーション能力に難があるため、スウェルスにも働いてもらわなければならない。


「しかし、だ」


 話題逸らしも兼ねて、ゼノルは話を戻す。


「やはりあの女の目的がわからない限り、不確定要素が残る。それがどうにも気持ち悪い。ささいな情報でもいい、何かないのか」

「そう言われましても……」

「貴様の印象でもかまわん」


 スウェルスが思い悩むように視線を下に向けた。

 やがて短い沈黙の後、補佐官は口を開く。


「本当にただの印象ですが……あまり、神官らしくない方だな、と」

「む?」

「ゼノル様は感じられませんでしたか? ダグライ殿とヤマラ殿は、政敵同士でありながら近い雰囲気がありました。神官らしい雰囲気と言いますか……。領都のネルハ殿も同様ですし、私が過去に顔を合わせた高位の神官たちも、おおむねそうでした。ですが聖女様は……大神官という高い位階にありながら、そういった神官らしさがないように思えます。具体的にどう、と言われると説明できないのですが……」


 ゼノルは沈黙する。

 スウェルスの話す印象は、ゼノル自身もまた抱いていたものだったからだ。


 言動や容姿や、立場のせいではない。神官としての教育も少なからず受けているはずだが、むしろ神学の素養を見せた過去の問答の際に、その違和感が一層強まったほどだった。

 まるで――――、


「……いえ、すみません。なんの参考にもなりませんね」


 スウェルスが申し訳なさそうに言った。

 ゼノルがそれに答えようとしたとき――――、


「失礼しまー……す……」


 執務室の扉から、ユナが恐る恐る顔を覗かせた。

 雰囲気を察してか、遠慮がちに入室するメイドから目を離し、スウェルスがゼノルに伺うような視線を向ける。


「……わかった。少し考えてみよう」


 ゼノルが目を閉じて補佐官に告げる。


「貴様は仕事に戻るがいい」

「かしこまりました。それでは失礼します」


 スウェルスはそう言い残すと、どこかほっとした様子で執務室を出て行った。

 扉が閉められるのを待って、ユナが口を開く。


「えっと……いいの?」

「ああ。少々無茶振りが過ぎた。これ以上問い詰められずに済んで奴も安堵しただろう」

「ふうん?」

「とはいえ、いくらか参考にはなったな。さすがスウェルスだ、目を付ける感覚がオレと近い」

「そういうの、普段からちゃんと言ってあげた方がいいと思うよ」


 茶を注ぎながら、ユナが言う。


「男の人だって、褒められたらうれしいものでしょ?」

「割と褒めているぞ。オレはこう見えて部下の人心掌握には気を使っているのだ」

「そうなの? じゃあいいけど」

「……いや。思えば、最近はおろそかになっていたかもしれんな」


 ゼノルが茶杯を手に取りながら、やや考え込むように言う。


「奴とは顔を合わせることが何かと多い。雑な態度で接しがちなところはある」

「あー……わかる。あるよね、そういうの」


 ユナがどこか自省するように笑って言う。


「言葉遣いが適当になったりとか」

「うむ」

「あんまり気を使わなくなったりとか」

「うむ」

「相手と自分の立場なんかも、意識しなくなったりとかね」

「うむ」


 いちいちうなずくゼノルに、ユナは苦笑して言う。


「やっぱりわたしも、もうちょっとちゃんとしなきゃダメかな」

「うむ……ん?」


 うなずきかけたゼノルが、茶杯から口を離してユナに視線を向けた。

 銀盆を抱えながら、ユナはうつむきがちに続ける。


「ゼノ君は当主で、わたしはただのメイドなのに……いつまでも子供の頃みたいに、馴れ馴れしくするのはよくないよね」

「……なんだ、おまえの話だったのか? 気にすることはない」


 ゼノルが再び茶杯を傾けながら言う。


「今からかしこまられても違和感しかない。よその当主とて、立場が違えども親しき者くらい居よう。それにだ、スウェルスを見てみろ。あの男、オレにも全然無礼な口を叩くぞ。というか奴の場合、別に親しくない者にも平気でずけずけと物を言うからな。そのせいであれほど優秀であるにもかかわらず、オレが引き抜くまで冷や飯を食っていたほどだ。奴に比べれば、おまえなどまだ常識的だろう」


 珍しく饒舌に答えたゼノルに、ユナは遠慮がちに言い返す。


「でも……貴族と仲いい人だってきっと、言葉遣いとかはわきまえてるよね? スウェルスさんも一応そうだし」

「……まあ、そうかもしれんが」

「あんまりこうやって話してるの、よくないかなぁって。特に……奥さんが来るんならね」


 思わず返答に詰まるゼノルに、ユナがどこか寂しげに言う。


「婚約したんでしょ? 聖女様と」

「……例によって、また噂か?」

「うん、みんな話してるよ」

「この手際のよさ……やはりどうも既視感があるな……」


 ぶつぶつと呟くゼノルに、ユナが続ける。


「おめでと。もしかしたら、ゼノ君には不本意だったかもしれなけど……でもよかったと思うよ」

「あのな、何度も言っているだろう。オレは当分、結婚などするつもりはないと」


 ゼノルが顔をしかめて言う。


「たしかに婚約は交わしたが、当然破棄する。前回と同じようにな」

「もう……」


 ユナが呆れたように言う。


「ゼノ君だって、いずれは結婚しなくちゃならないんでしょ? そんなことばっかりしてたら、誰もお嫁に来てくれなくなっちゃうよ?」

「……別に、問題はない」

「前も言ったかもだけど、いい人そうだったよ。聖女様」


 ユナが微かに笑う。


「困ってた小さな子と猫ちゃんのために、神器まで使ってくれたし。だから……悪くないんじゃない? 奥さんとしてもさ。……わたしたち使用人のことも、大事にするって言ってくれたしねー」


 冗談めかして付け加えるユナから、ゼノルは目を逸らす。


「……悪くなくとも、関係ない。オレが決めたことだ。それより」


 半ば強引に、ゼノルは話題を変える。


「聖女と会っていたのだな。たしかに以前、ちらと聞いた覚えがあるが……話までしていたのか。どういう状況だったのだ? 小さな子と、猫?」

「えっとねー」


 ユナが、晩夏での一件を説明していく。


「って感じ」

「そんなことがあったのか……。あの女もずいぶん不用心な真似をするのだな」

「そういうゼノ君も、昔は一人であちこち行ってなかった?」

「昔の話だ」

「前も納入忘れの卵を自分で引き取りに行こうとしたり、あんまり変わってない気もするけど……。でもそういえば、聖女様って昔のゼノ君に、ちょっと似てるかも」


 ユナが少し笑って言う。


「顔がかわいいところとか、何か抱えてそうなところとか、妙に鋭いところとか、意外と気遣いな人だったりするところとかね」

「顔……? は、まあ置いておくとして、残りのはなんだ。奴の内面がオレに近しいとは思えんが」

「それがね。聖女様、わたしがクストハ出身ってこと、何も言わないうちから気づいてたんだよ」


 聞いたゼノルが、意外そうに目を見開く。


「そうなのか?」

「うん。ゼノ君以来だよ、そんなの。今までいろんな人と会ってきたから、なんとなくわかるんだってさ」

「ふむ……。ありえん話でもないか」

「それでね。わたしがとっくに改宗して、昔のことはあんまり覚えてないって話したら……楽しい思い出だったなら、これ以上忘れないようにしないとね、だって。クストハの神さまのことも」


 ユナが苦笑するように言う。


「あんまり神官っぽくない人だね。教団の教えでは、創神以外の神さまは全部偽物ってことになってるのに……聖女様があんなこと言ってよかったのかな」

「……」


 ユナがどこか楽しげに言う一方で……ゼノルは引っかかるものを感じていた。

 神官らしくない。その印象は、ゼノルとスウェルスのものと一致する。


「本当に……奴はそんなことを言っていたのか?」

「え、うん」


 真剣に問いかけてくるゼノルに、ユナがやや戸惑いがちにうなずく。


「本物だろうと偽物だろうと、神さまなんて見たことないからって。普通、誰でもそうだと思うけど」

「……神を……見たことがない…………」


 そのときゼノルの脳裏に、ふとある一文がよぎった。

 聖女オリアンネの、伝承における一文が。


 ――――神の姿を見、神の声を聞きながら、現在の教団における教義の基礎を作り上げたと言われている。


 バラバラだった手がかりが、秩序を持って一つの形に組み上がり始める。

 最終的にできあがったそれは、醜悪な仮説だった。

 だが――――これならば、聖女がなぜ執拗に結婚を求めるのかの説明がつく。


「そうか……」


 あくまで仮説。確証はない。

 だがそれを得る方法にも、すでに見当がついていた。

 ゼノルはユナに顔を向けて言う。


「助かったぞ、ユナ。おまえのおかげで、反撃の策に確信を持てた。これで堂々と奴に婚約破棄を叩きつけられる」

「ええっ!? どう……いたしまして? いやっ、でも……」

「案ずるな」


 残りの茶を一息に飲み干して、ゼノルは言う。


「オレにとっても奴にとっても、望ましい結末にしてやる」

「……そっか」


 ユナは呟くと、どこかうれしそうに小さく答える。


「じゃあ……いっか。がんばってね、ゼノ君」

「ああ。それと……」


 ゼノルがわずかに迷うように付け加える。


「おまえはもう、忘れてしまったかもしれないが……オレは覚えている。おまえの信じていた神のことを」

「え?」

「昔、その、してくれたことがあっただろう。向こうの宗教的儀式を」

「……御加護のおまじないのこと?」


 ユナが驚いたような顔をする。


「思い出した。そういえば……したことあったね。ゼノ君に」

「おまえにとっては、簡単な民間儀礼の一つにすぎなかったかもしれんが……」


 ゼノルが思い出すように、事務机に目を落として言う。


「オレには救いだった。ロドガルド家当主の座につく覚悟が決まったのも、あれがあったからだ」

「お、大げさだなぁ、もう……」


 少し困ったように顔を逸らしたユナが、ゼノルをちらと横目で見る。


「……じゃあまた、やってあげよっか?」

「……む!?」

「これから大変だろうし……がんばれるように、みたいな。嫌ならいいけど」

「いや……せっかくだ。頼むとしよう」


 ゼノルが、椅子ごとユナに向き直り、目を閉じた。

 ユナは遠慮がちに歩み寄ると……銀盆を事務机に置いて、ゼノルの頭を両手で抱き寄せる。


「――――この子が善良なる、幸運なる、幸福なる運命に導かれますように」


 額に口を寄せて呟く。

 幼い頃に両親が口にしていたこの祈り(ことば)を、ユナはまだ覚えていた。


「風が背を押し、陽が温かく面を照らし、雨がその喉を潤しますように」


 それは大切な者の幸福を願う、クストハではごくありふれた、民間儀礼の一つ。


「過ちと罪が、いつか赦されて――――新しい一日を迎えられますように。月と海と金の羊に、ユナが祈ります」


 ユナがそっと――――ゼノルの額に口づけた。

 短い静寂の後、ユナがぱっとゼノルから離れる。


「はいおわり! はぁ~、なんか恥ずかしっ! これ、ほんとうは小さい子とか……に、やるやつなんだからね」


 ユナがぱたぱたと手で顔を扇ぐ。

 ゼノルは、


「……うむ、ご苦労」


 目を開けると、噛みしめるようにそれだけ言った。


「……それだけ?」

「頑張れそうな気がしてきた」

「よろしい」


 そう言うと、ユナは満足そうに笑った。

 それを見て、ゼノルは表情を緩め……おもむろに席を立つ。


「では、さっそく始めるとするか」

「うん。がんばってね」

「……そうだ。言い忘れていたことがあった」


 執務室をあとにしようとしていたゼノルは、ユナを振り返って言う。


「よその当主がどうとか、スウェルスと比べてどうとかいろいろ言ったが……おまえにかしこまられると寂しい。だから、立場など関係なくこれまでどおりでいてくれ」


 聞いたユナは、目をしばたたかせると、


「もう……しょうがないな」


 そう言って、うれしそうに笑った。

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