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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
二章 聖女編

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――――第36話――――

 婚約はその場で、教団式に行われた。

 ダグライが聖句を述べ、ラニスとゼノルの名をそれぞれ呼んで、羊皮紙に署名を促す。

 古い婚約の作法を、簡素にしたものだった。


 今では貴族でも行わないようなやり方だ。格式張った方法だからといって婚約の重みに差が出るわけではないが、それでも聖女の婚約にはふさわしいと言えた。


「今から一ヶ月後、王都の大聖堂で顕覧会があるのだわ」


 署名を終えたゼノルに、ラニスはそう告げた。

 顕覧会とは、教団が王侯貴族や市井での有力者を集めるパーティーのようなものだ。

 元は神器を拝観するための会だったが、すでに形骸化しており、実質的には教団関係者による社交の場となっている。


「そこで、ワタシたちの婚約を正式に発表するわ。王族や貴族たちの前でね。もちろん、あなたも来るのよ?」


 ラニスが愉快そうに言う。


「さすがに大聖堂の顕覧会で発表すれば、あなたもあとには退けなくなるのだわ。今から楽しみ。ちゃーんと招待状も送るから、土壇場で駄々こねないでね?」

「……そうか」


 ラニスのそんな勝利宣言に。

 ゼノルはわずかに目を光らせると――――、


「それは光栄なことだ」


 短くそう答えた。



**



「その……ゼノル様」


 ラニスとダグライが去った後。

 執務室で、スウェルスが恐る恐る訊ねる。


「あっさり婚約されましたが……まさか、このまま本当に結婚するわけではありませんよね?」

「無論だ」


 ゼノルが補佐官に一瞥もなく答える。


「これ以上領都で妙な真似をされたくなかったため、受けてやったにすぎん。言うまでもなく、婚約は破棄する」

「それならいいのですが」


 スウェルスが若干ほっとしたように言った。


「しかし、対策を打つにも期限ができてしまいましたね。まさか王都大聖堂での顕覧会で婚約発表をするつもりとは」


 ライデニア王都大聖堂は、創神教団の本拠地にあたる教会だ。

 そこで行われる顕覧会には、国内の王侯貴族のみならず、他国の有力者も参加する。前身が宗教儀式でありながら、現在では王国内でも有数のパーティーとなっている。


 ただし、顕覧会にも格がある。年に三回行われる顕覧会のうち、秋のそれは最も格が低く、他国の王族などはまず来ない。参加者自体も少ないだろう。

 とはいえ、だからといって軽んじることはできない。顕覧会で婚約が発表されれば貴族社会で周知のものとなり、安易には覆せなくなる。


 一年前のレイシアとの婚約騒動でも似たような苦境に陥っていたゼノルだったが、今回は一層状況が悪いと言えた。

 まず、パーティー自体の格が違う。学園でのパーティーなど所詮は子供のごっこ遊び程度の重みしかなかったが、顕覧会はまさしく社交界の重みだ。多数の参加者に糾弾されれば、会場から逃げ出して終わりというわけにはいかない。


 しかも今回の場合、背後には教団という大組織がいる。

 スウェルスが言う。


「昨年のレイシア嬢との一件では、元々アガーディア公爵がロドガルドとの縁組みに及び腰だったこともあり、レイシア嬢をやり込めるだけで事が済みましたが……今回は教団も縁組みを望んでいます。本来、一方的な婚約破棄などよほどの理由がない限りできないもの。聖女様をやり込められても、教団から正式に抗議され、賠償金の支払いや破棄の撤回を求められる事態もありえますし、貴族社会での体面も悪いです」

「そうだな……だが、一応手立ては考えてある」


 ゼノルの返答に、スウェルスは驚いたように言う。


「えっ、そうなのですか?」

「ああ。元々神器の仕様から、あの竜をどうにかする方法だけは思いついていた。さらに先ほど婚約発表の場を聞いたことで、破棄までの具体的な道筋も浮かんだ。顕覧会は利用できる。向こうとしては詰みの一手のつもりだったのだろうが、致命的な失着だ」

「それは、すごいですが……しかし、それで教団と揉めたりなどは」

「案ずるな。教団の求めるものにはすでに目星がついている。オレの考える方法で婚約破棄すれば、奴らの望みも問題なく叶う。実質的な、双方合意の上での婚約破棄だ。揉めることはない」

「お……おお! さすがゼノル様です!」


 スウェルスが感心したように素直な称賛を口にする。


「では、これで今回の騒動も収まりそうですね。縁談が流れればヤマラ殿が嫌がらせしてくることもなくなりますし、偽の噂による混乱や聖女騎士団も、聖女様がこの地を去れば自然と消滅するでしょう。いやぁ、一時はどうなることかと」

「いや……まだだ」


 補佐官の楽観に水を差すように、ゼノルはぽつりと言う。


「まだわからないことがある。あの女の……ラニス自身の真意だ」

「聖女様の真意……ですか?」

「ああ。ほとんど晴れた盤面の上で、未だにそれだけがずっとわからない」


 婚約は神の意志だと言う聖女の、真の望み。それだけが、ずっとゼノルには疑問だった。

 スウェルスが困惑気味に言う。


「ゼノル様はずっとそうおっしゃっていますが……本当に、そんなものあるのでしょうか? 単に信心深く、夢見の内容を神託と思い込んだような可能性もあるのでは?」

「ない。その可能性は先ほどの問答で完全に消えた」


 ゼノルは断言する。


「結婚以外の方法でオレが望みを叶えてやると言ったとき、あの女は迷っていただろう。真の目的は別にあるのだ」

「そ、それはたしかに、言われてみれば……。というかゼノル様、聖女様の真意を確かめるためにあんな提案をされたのですか? 妙に弱気だとは思っていましたが……」

「そんなところだ。別に、乗ってくるならそれはそれでよかったがな」


 ゼノルの返答に、スウェルスはやや難しい顔をして言う。


「聖女様の真意がわからない限り、策の実行には不安が残るといったところですか……。たしかに、土壇場で何をしてくるかわかりませんものね」

「……いや、それについてはそこまで心配していない」


 ゼノルが淡々と言う。


「たしかに多少の不安は残るが、状況を覆される可能性は少ないだろう。あの女の人心を掴む力は多少厄介ではあるものの、それは教団という大組織の力添えがあってこそ生きるものだ。教団とオレの利害が一致し、組織の力を借りられなくなれば、あの女にできることなどたかが知れている」

「……? であれば、ゼノル様は何を懸念されているのですか?」

「……。まあ、策を確実なものにしておきたいというのはある。奴が軽視できない存在であることは確かだからな。それと……」


 ゼノルがぼそりと付け加える。


「奴ばかり貧乏くじを引く結果になるのも、哀れだろう」

「……どうかされたのですか? ゼノル様」


 主の言に、スウェルスがいぶかしげな顔をして言う。


「いつもなら、『敵に容赦など無用』とか言って策を強行しているところでは? というかここのところ、どうも聖女様に対して弱気なように見えるのですが……。なぜここまでされて情けをかけるような真似を?」


 聞いたゼノルは、一瞬ぽかんとして、それから補佐官を睨んで言う。


「貴様がそれを言うか」

「え?」

「……なんでもない。とにかくだ、貴様は聖女の周辺や過去を徹底的に洗え。それと」


 と言って、ゼノルは四つ折りにされた羊皮紙をスウェルスに差し出した。


「そこに書いた物品を手配しておけ。奴をやり込めるために必要な物だ」

「は、はあ……ええ? なんですかこれは?」


 羊皮紙の内容に目を通したスウェルスが、眉をひそめる。


「なかなかの出費になりそうですが……錬金術でも始めるおつもりですか?」

「当たらずとも遠からじといったところか。価値ある物を生み出すという意味ではな」


 ゼノルが言う。


「顕覧会まで時間がない。迅速に頼むぞ。どちらともだ」

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