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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
二章 聖女編

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――――第33話――――

 広場での一件から、数日。

 事態は、ゼノルにとって望ましくない方向に向かっていた。


「教会騎士団に兵として志願する領民が急増しています」


 重苦しい雰囲気の執務室で、スウェルスが報告する。


「本来、教会騎士団に所属する者は全員が神官という扱いになっています。したがって、簡単に入団できるものではないはずですが……聖女様は副団員という名目で、志願者を受け入れているようです」

「……かつての教会戦争の時と同じことが起こっているようだな」


 およそ三百年前、教団は王や貴族らと激しく対立し、戦争状態となったことがあった。

 その際にも、支配者の圧政に苦しんでいた農民や町民が義勇兵として教会騎士団に志願し、戦線を担ったと言われている。


「ゼノル様……これはかなりまずい状況です」


 目を伏せるゼノルに、スウェルスが険しい表情で言う。


「領民が団結し、統制の利かない武力集団を形成することは、領主として最も避けなければならない事態の一つです。ましてや、領都でこのようなことが起こってしまうなど……。時間が経つほどに状況は悪化していくでしょう。場合によっては、軍を投入し強硬な手段で収拾をつけることも考慮すべきかと」

「……まあ落ち着け。一度状況を整理しようではないか」


 ゼノルは頬杖をつき、嘆息しながら言う。


「始まりは盗賊団の噂、そして市場での武具の買い占めだったな」

「ええ……いずれも、聖女様と教団の策謀だったのでしょう」


 盗賊団の噂は、領都に住む者たちの危機感を煽るため。

 そして武具の買い占めは、神器によって鋼の竜という兵器を作り上げるためだった。

 ゼノルは言う。


「どちらも、奴が『ナイフ』による人気取りを始める前から確認されていた。つまり奴にとって、最初からこれが本命の策だったというわけだ」

「そういうこと、なのでしょうね……」


 スウェルスが悔しそうに呟いた。

 ゼノルは続ける。


「オレの反撃でいくらか評判を落とした奴だったが、それでも領都の住民に広く認知されることには成功した。ちょうどその時……オレが軍の武器を、金策のために売り払った。奴は喜んだことだろう。市場で枯渇しかけていた武具が、新たに大量に流れ込んできたのだから」

「……」

「さすがにこの行動が読まれていたわけではあるまい。オレが古い武器を余らせていたことなどあの女が知るはずもない。ただの偶然だったはずだ。だが奴にとっては、まさしく神のもたらした幸運に思えただろう。おかげであんな物騒なものを作り上げられてしまった」


 そう言ってゼノルは一瞬背後の窓に視線を向けるが、すぐに戻して続ける。


「あの女がしたことは、ロドガルド軍に代わる民への安全保障だ。いつまでも盗賊風情に手をこまねいている軟弱な領主ではなく、自分を頼れと宣言した。実際、あの鋼の竜ならばどんな敵でも撃退できるだろうしな」

「……あんなものが飛んできたら、どうしようもないですものね……」


 盗賊団など多くても数十人、一般的な領主の軍もせいぜい数百人程度だ。空飛ぶ鋼の塊が数回体当たりすれば壊滅してしまう。

 そのうえ、人間側には対抗手段さえない。矢を射かけたところで、全身武具の竜にはいささかの痛痒も与えられないだろう。

 ゼノルは言う。


「しかもあれほど剣呑な力でありながら、あの竜には神器を使う聖女自身という明確な弱点が存在している。それがまた厄介だ」

「聖女様自身のことは、誰かが守らなければなりませんからね。だからこそ、教会騎士団へ志願する者が出ているのでしょう」

「志願した間抜けどもにそのつもりはなくとも、教会騎士団に入った以上、聖女とオレが対立すれば奴らはオレに剣を向けざるを得なくなる。潜在的な反抗勢力にさせられてしまったわけだ」


 忌々しげに言ったゼノルだったが、内心では感心してもいた。

 ラニスは、精強無比なロドガルド軍に守られたこの地で、巧みに民衆の不安を煽り、救いの手を差し伸べて、自らを信奉する武装集団を作り上げてしまったのだ。

 ただ神器を扱え、人に好かれやすいだけの少女だったならば、これほどの手は打てなかっただろう。自身の強みを理解し、それを存分に生かせるだけの知恵を持っている。


 ただし……それだけでは納得しがたいこともあった。

 ゼノルは補佐官を見据えて言う。


「さて、ここで不可解な点が三つある」

「三つ、ですか」

「一つ目に、資金源だ」


 ゼノルは、指を一本立てながら言う。


「あれだけの武具を買い集めるには相当な金がかかっただろう。いくら教団が背後にあろうと、決して軽い出費ではなかったはずだ。だがまあ、これに関しては容易に推測できる」

「『箱』……ですね」


 スウェルスが先回りして言う。


「あの神器があれば、金貨だっていくらでも増やせます。もちろん増やしすぎれば金貨であろうと相場は下落してしまうでしょうが、武具を買いあさる程度なら大した問題にはならないでしょう」

「うむ。奴にとって、少なくとも金の問題は無いも同然だ。だが、金があろうと容易に手に入らないものもある」

「と、おっしゃいますと?」

「盗賊団の噂を流すための人員だ。これが二つ目だな」


 ゼノルが二本目の指を立てる。


「これだけ大々的に、しかもオレにその出所を知られることなく噂を広められたとなると、腕の立つ密偵を複数人使ったと見るしかない。だが……教団はそういった手管を得手としているイメージがない」

「それは……たしかに」


 スウェルスが同意するように言う。


「領内外の情報を把握したり、望ましい噂を流したいと望むのは、主に王や貴族。土地と人民の支配者でない教団は、神官や信徒の心をつなぎ止めたり、内部で権力争いをすることはあっても、密偵が必要になるような状況はそれほどなさそうですしね」

「もちろん多少は抱えているだろうが、人材の層は薄いだろう。ここまで見事に流言を操られたことには、少々違和感を覚える。ただ……こちらも、心当たりがなくもない」

「えっ、そうなのですか?」

「確証はないがな。まあ、これもさして重要ではない。最も不可解なのは、三つ目だ」


 ゼノルが三本目の指を立てた。


「あの神器は、いったいなんなのだ?」


 眉をひそめて、ゼノルは続ける。


「あの女が手にしていた、白く細長い金属板。羅針盤の『針』にも似たあれが、おそらく竜を作り上げた神器なのだろうが……あんなもの聞いたことがない。武具を自在に操る『針』の神器など」

「……」

「あれほどの権能だ、過去に使用されていれば記録に残っていてもおかしくない。だがオレの記憶が正しければ、歴史上のいかなる聖者もあのような神器に選ばれたことはなかったはずだ。貴様はどうだ? 何か心当たりはあるか」

「いえ……。ですが、そのような神器が存在しても不思議はないのでは?」


 スウェルスがやや戸惑いがちに言う。


「教団は多数の神器を蒐集しています。その中には、まだ誰も選ばれたことのない神器だって当然あるはず。あの『針』もその一つで、聖女様が初めてその権能を十全に引き出せた。それだけの話なのでは?」

「……」

「いったい、ゼノル様は何を疑問に思われているのですか」


 難しい顔をしたゼノルが、重々しく訊ねる。


「……スウェルス。貴様は、神器をどの程度把握している?」

「は……? 逸話があるような有名なものは、だいたい知っているかと思いますが……」

「では貴様の知る限り、その権能が完全な上位互換、下位互換の関係にある神器は存在するか?」

「そ、それは……」


 スウェルスが迷うように斜め下に流す。


「……教団は写本を作る『書架』なる神器を保有しているという噂がありますが、写本しか作れないのならば、『箱』の下位互換と……いえ、『箱』に入りきらない本や一度の複製量次第では、そうとも言い切れませんね……。無限の水を生み出す『杯』と、降雨を呼ぶ『枝』……複数回目にした者を死に至らしめる『絵』と、読んだ者の精神を変容させる『本』……どれも互換関係にあるとは言えませんね、思いつきません……」

「オレもだ。貴様よりは低級神器についても知っている自信があるが、完全な上位互換、下位互換の関係にある組み合わせは思いつかん。では……『針』はどうだ?」


 ゼノルは、自らの補佐官に鋭い視線を向けて問う。


「『針』は――――『聖剣』の上位互換に思えんか?」


 はっとするスウェルスに、ゼノルは言う。


「ロドガルドの『聖剣』は使用者の周囲にある刃を操るが、『針』は刃物ばかりでなく、鎧まで操っている。そのうえ、効果範囲が段違いだ。聖女自身からかなり離れてもなお、あの鋼の竜は形を保ち、飛び続けている」


 言いながら、ゼノルは再び、背後の窓に視線を向けた。

 ここからでは見えないものの……ラニスの生み出した竜は、数日経っても未だに領都の空を飛行し続けていた。

 まるで、聖女の力を見せつけるかのように。


「無論、オレや貴様が知らんだけで、何かの上位互換や下位互換となる神器は普通に存在するのかもしれん。だが……『聖剣』もまた伝説級の神器に違いはない。それを純粋に上回っていると考えるよりは……」

「……『針』には何らかの制約や、弱点がある可能性が高い、ということですか」

「そうだ。そしてそれは、奴の策を破る糸口になりうる」


 ゼノルは重々しく言った。

 逆に言えば――――それくらいしか、糸口になりそうなものがないということでもあった。

 スウェルスが少し考えて口を開く。


「竜の姿をとることしかできない、という可能性は? 『聖剣』のように、自在に操ることはできないとしたらどうでしょう」

「さすがにないだろう。広場で見ていた限り、そのような挙動には見えなかった。それにもしそんな制約だったのだとしたら、あまりにできすぎている」

「できすぎている……とおっしゃいますと?」


 ゼノルは補佐官から視線を外して答える。


「伝説によれば、ロドガルドの始祖はこの地で、『聖剣』をもって悪竜を打ち倒した。そんな『聖剣』と同じく武器を操り、竜を作り上げる権能の神器など、まるであつらえたようではないか? しかもそれが、まさしく悪竜討伐伝説のあるロドガルドの地で初めて公となるなど」

「それは……」

「十中八九、あの女が意図した演出だろう」


 ゼノルは実のところ、『針』の本来の権能は、『聖剣』とまるで似ていないのではないか思っていた。

 根拠はないものの、神器とはそういうものだからだ。それぞれが孤立した、ありえざるべき工芸品たち。

 なればこそ、聖女が竜を作ってみせたことには意味がある。


「始祖の敵たる竜と、『聖剣』を上回る力の顕示……おそらく、オレに反抗せよという民へのメッセージのつもりだろう。領民どもが素直にそう受け取るとは思えんが、意識の底にすり込まれた可能性はある。もっとも、そのために聖女が練習を重ねたと思うと笑えるが」

「それは、しかし……笑っていられる状況ではありませんよ」


 冗談めかして言ったゼノルに、スウェルスが険しい表情で指摘する。


「民へ反抗心を植え付けようとしているとなると、とても放ってはおけません。身内に抱え込んだ志願者らへは、もっと具体的な内容を吹き込んでいる可能性もあります。やはり……軍を投入すべきではないですか?」


 微妙な顔をするゼノルに、スウェルスはかまわず続ける。


「偽の噂は、拡散を厳に禁じればいずれ収束するはずです。聖女様には……ロドガルド領からの退去を願うべきでしょう」

「……あまり貴様らしくない意見だな、スウェルス。民からは少なからず反感を買うぞ。教団との関係もこじれる」

「それを踏まえてもなお、実行すべきと申し上げています。そもそも、領都の上空にあのようなものを飛ばしている時点で……」

「落ち着けと言っているだろう」


 ゼノルは脱力気味に言う。


「いいか? あの女の目的はあくまでオレとの婚姻だ。奴があの手この手で領民の支持を集めているのも、自身の要求を通すためにすぎん。であれば、少なくとも縁談の旗色がわかるまでは奴も無闇に治安を乱したりはしないはずだ。暴動は交渉材料には使えても、実行した時点で絶対的に決裂してしまうのだから」

「ですが、すでに治安悪化の予兆は出始めていますよ」


 スウェルスが反論する。


「街では不満の声が高まっていますし、ゼノル様へ反心を抱く者たちも、いくらか活動を活発化させています。密偵からは賛同者を募っているという報告もありました。いつ行動を起こしてもおかしくありませんよ」

「その程度は想定内だ」

「それだけではありません」


 スウェルスがなおも言う。


「商店への強盗がやや増加しているほか、軍の兵舎や警邏隊の詰所付近では、何かを探っていた様子の不審な人物が目撃されています」

「……何?」


 ゼノルは眉をひそめる。


「それは……少々妙だな。まだそこまでの影響が出る段階とは思えんが。しかも、兵舎や詰所まで探られているだと……? 襲撃犯や不審人物は捕縛できたのか」

「いえ、逃げられています。ですので詳しい素性や動機はわかっていません。そもそも聖女様の一件と因果関係があるとも言い切れません。ただ……私にはどうも、組織的な動きのように感じられます」


 ゼノルはしばし、腕を組んで考え込んでいた。

 沈黙が続きすぎてスウェルスが口を開きかけた時、ゼノルがぽつりと言う。


「少なくともこれは、あの女の望む事態ではない」

「……それはわかっていますよ。しかし現に……」

「そして――――おそらく領民どもの仕業でもない」

「え……?」


 困惑する補佐官に、少年辺境伯は言う。


「オレは貴様より長くこの街を見てきた。ここの住民たちのことは、少しはわかっているつもりだ。オレに少々不満を抱いた程度でこうはならん」


 どこか遠くを見据えるながら、ゼノルは静かに呟く。


「どうやら――――聖女ともオレとも、敵対する勢力がいるようだ」

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