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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
一章 公爵令嬢編

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――――第7話――――

 二日後。


「朗報だ、スウェルス」


 領地に帰還したゼノルは、屋敷に入るやいなや待機していた補佐官にそう告げた。

 眼鏡の青年が戸惑いがちに言う。


「いきなりですね。レイシア嬢から何かよい情報が得られましたか?」

「ああ」


 歩きながら、ゼノルは答える。


「やはりアガーディア公爵は裏にいない。すべてはレイシアの独断だ。おかげで、想定していた中では最も穏便な手を打ってくれた」


 ゼノルが最も恐れていたのは、今回の一件にレイシアの父親であるアガーディア公爵が噛んでいることだった。

 事前に王家に根回ししておき、紛争になったら仲裁を要請。都合よく話を通していたおかげで、アガーディア側に有利な裁定が下る……というような事態になっていれば、とても笑えなかっただろう。最悪、領地の一部を割譲させられる羽目になってもおかしくなかった。


「だがそうはならなかった。おそらく公爵はレイシアの思惑を知らん。だからこそレイシアができる脅しも、婚約しないとお父さまに泣きつくぞといった程度のものだったのだ」

「そ、それは……しかし、まったく楽観視できる状況ではないのでは?」


 スウェルスが、足早に歩くゼノルに追いすがりながら言う。


「アガーディアは、公爵家なだけあって強大です。衝突すれば、ロドガルドといえどただでは済みませんよ」

「王よりマシだ。事はずっと簡単になった。要は、アガーディア公爵が娘に何を言われようと、妙な気を起こさぬように黙らせてやればいいのだ。ロドガルドの精強な兵たちの力をもってすればわけもないだろう」

「いやいやいや! 何をする気ですか!?」


 スウェルスが焦ったように言う。


「口実もなしに先制攻撃など許されるわけがありません! それこそ王の介入を招きます! 貴族社会からも非難の的ですよ!」

「わかっている。攻撃などしなくとも、武力を見せつける手段はある。ついでに噂を収める方法もな。カダルグを呼べ」

「あ……あの男をですか? はぁ、かしこまりました……」


 やや困惑気味に、スウェルスがゼノルから離れていく。

 執務室で待つことしばし。

 ゼノルのもとに訪れたのは、一人の武官だった。


「お呼びでしょうか、ゼノル様ッ!」


 筋骨隆々の男だった。

 浅黒く日焼けした体の各所に盛り上がった、厳めしい筋肉。まるでそれを見せつけるかのように、上半身には肌着のような服しか身につけていない。

 髪を短く刈り込んだその顔は、年齢以上に若々しい。

 なぜか爽やかな笑みを浮かべ続けるその男に、ゼノルは顔を向けて言う。


「待っていたぞ、カダルグ。さっそくではあるが、計画していた海賊討伐についてだ。以前から話していたように、貴様に指揮をとってもらうことにした」

「はぁーッ、感謝いたしますッ!!」


 カダルグはでかい声でそう言うと、にっと笑った。

 並びの良い、白い歯がきらめく。


「前回の山賊討伐任務から、もう五ヶ月ッ! 早く次の悪人を斬り殺したくて斬り殺したくて、うずうずしておりましたッ!!」

「うむ。よい心持ちだ」


 ゼノルは内心で、やはりこの男は頭がおかしいな、などと考えていたが、そんなことはおくびにも出さずに続ける。


「ただ、船を向かわせる範囲に少し変更がある」

「えッ……?」

「予定していた海域よりも、広い範囲を見回ってもらいたい。当然、戦闘も増えるだろう。貴様を始め、兵たちには負担をかけることになるが……」

「はぁーッ、感謝いたしますッ!!」


 ゼノルが言い終える前に、カダルグはでかい声でそう叫ぶと、にっと笑った。

 並びの良い白い歯が、再びきらめく。


「悪人のおかわりをいただけるとはッ! お任せくださいゼノル様ッ!! ゼノル様の兵を極力死なせることなく、海賊どもを撃滅して見せましょうッ!!」

「……ずいぶんな自信だが、本当に大丈夫だろうな? オレはまだ、新たに向かわせる海域がどこかも言っていないが……」

「ご心配には及びませんッ! 海戦は傭兵時代に、一通りの地獄を経験しておりますゆえッ!! 食糧が尽きて船底のネズミを食したこともありましたなッ! ははははッ!」


 哄笑をあげるカダルグ。だが、その目だけはまったく笑っていなかった。

 余人が見れば言い知れぬ不安を覚えるような男だったが、しかしゼノルは、まあ大丈夫だろうと楽観していた。

 カダルグは、ゼノルが自ら見出した武官だ。

 言動が狂気じみているものの、個人としても武も、指揮官としての能力も……そして意外ではあるが、戦士としての高潔さも併せ持った、優秀な人材だった。


「……ならばいい。それと一つ、言い添えておくことがある」

「はッ!! なんなりとッ!!」


 ゼノルはにやりと笑い、言った。


「貴様の船に、オレも乗る――――」



**



 そして、一ヶ月後。

 船の上……ではなく、自らの執務室で書類仕事をしていたゼノルのもとに、スウェルスが駆け込んでくる。


「ゼ、ゼノル様! 大変なことが!」


 ゼノルはすぐさま顔を上げ、補佐官に鋭い目を向ける。


「何があった。海賊討伐絡みか。順調と聞いていたが、手痛い反撃でも喰らったか」


 ただ事ではなさそうな補佐官の様子に、ゼノルの声音も険しくなる。


「まさか……カダルグが討たれたのではあるまいな」


 スウェルスは息を整えながら言う。


「いえ……逆です」

「逆?」

「カダルグは、ロドガルド近海の航路に巣くう海賊をほぼ全滅させ……さらに、アガーディア近海の海賊をも撃滅。根城となっていた島まで襲撃して制圧し、頭目を捕縛。溜め込んでいた金銀財宝をすべて回収したと、たった今報告が。現在は海賊どもの身柄引き渡しのため、アガーディアの港に停泊中とのことです」


 ゼノルはあんぐりと口を開け、羽ペンを取り落とした。


「あ、あの男……誰がそこまでやれと言った。海賊船を数隻沈める程度の戦果で、十分だったのだが……」


 そして、にやりと笑う。


「期待以上だ。スウェルス、次の一手だ。予定どおり、噂の拡散に取りかかれ」

「は、はっ。かしこまりました」


 急いで執務室を出て行くスウェルス。

 ゼノルは満足そうに背もたれに身を預けると、窓の外に目を移して呟く。


「オレの勝ちだな、レイシア」

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