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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
二章 聖女編

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――――第29話――――

「最悪。ぜーんぶ台無しになったのだわ」


 夜。ロドガルド領都に建つ教会の一室で、頬杖をついたラニスが呟く。


「街を歩いただけで明らかに陰口たたかれてる気配がするし! ワタシ、あなたたちに何か悪いことした!? わざわざ毎日血を流してまで困ってる人たちのこと助けてあげてたのに、なんなのよこの仕打ち!」

「……それも、無理はないかと存じます」


 ダグライが静かに言う。


「ラニス様が治療されていたのは、主に貧民。それから、大金を積んで交渉を持ちかけてきた有力者くらいです。その中間にいる、多くの普通の民のことを、ラニス様は見ていらっしゃらなかった」

「そんなの、優先順位を考えたら仕方ないじゃない」

「もちろんです。しかし、彼らの中にも怪我や病に苦しんでいた者はいたでしょう。その不公平さが、緩やかな分断を生んでいたとも言えます」

「……」

「自分たちは聖女の恩恵を受けられないと感じたならば、醜聞のネタとして消費することにも抵抗は薄かったはず。ゼノル卿の一手は、まさにそこを突くものでした」

「じゃあ……ワタシの完敗、ってこと?」

「ええ、まあ」

「ああーッ、もう!!」


 一通りわめき散らしたラニスは、うんざりしたように盛大に溜息をついて言う。


「もーやめやめ、善行なんてやめなのだわ。偉い人たちとの伝手は残ってるけど、彼らの圧力で冷血卿が折れるとは思えないし。もう疲れた……」

「ええ、それがいいかと存じます」


 ダグライがうなずく。


「元々、この手だけでゼノル卿を追い込むには無理がありました。ラニス様が民衆の指導者となるには、まだ時間がかかったはず。血を流す負担や、病人に接する危険性などを考えると、策が成就するまで倒れずにいられたとは思えません」

「……そうね」


 ラニスが渋々認める。


「たしかに、自分でも無理していたように思うのだわ。このまま婚約にまで持ち込もうだなんて、さすがに甘すぎた。やっぱり予定どおり……この手は、本命の下準備だったと思うことにしましょう」


 ラニスが言う。


「台無しにはなったけど、無駄にはなっていないのだわ。ワタシの支持者は確実に増えているし、たとえ醜聞という形でも、聖女の存在をここの民衆に広めることができた。下準備としては十分」


 上級神官を振り仰いで問う。


「噂の方はどう? ちゃんと広まってる?」

「下地は整った、とのことです。あとはこちらの都合に合わせ、最も影響が大きくなるタイミングを調整すると」

「ふうん……あの人、本当に信用できるのかしら」

「少なくとも、実績はあります」

「まあいいわ。で、肝心の武器の方は」

「現状のペースでいけば、まだ十分量が集まるまでに時間がかかります。ただ」


 そこで、ダグライは声をひそめる。


「昨日、情報が入りました。どうやらゼノル卿は、軍の備品である武器の一部を売却するつもりであるようです。見積もりをとった武器商人から、市場に噂が流れています。相当な量になるようですね。おそらくは……先の両替騒動と今回の乳痢病対策で、支出が大きくなったためかと」

「……!! それは追い風なのだわ」


 ラニスがにやりと笑う。


「これまでやってきたことは、やっぱり無駄じゃなかった。運が向いてきたみたいね……案外これが、神の意志だったりして」


 冗談めかして言うラニスに、ダグライは問いかける。


「……。やはり、『針』を使われるのですか」

「そうだけど。なに?」

「『針』はこれまで、選ばれた者がいません。ラニス様ほど大規模にその権能を発揮できたことはなかったのです。そのため、教団としても挙動や危険性を十分に把握しているとは言いがたく……」

「大丈夫なのだわ」


 上級神官の懸念を遮るように、ラニスは言う。


「練習したもの。それに、この策には『針』の権能が絶対に必要なの。ワタシが『聖剣』以上の力を振るえると、民に見せつけなければならないのだから」

「ラニス様……」

「心配要らないのだわ。だって……」


 ラニスは微笑む。

 それは見る者に神聖な印象を与える笑みであり――――ラニス自身が、それを意図して作る表情であった。


「ワタシは、聖女なのでしょう?」

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