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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
二章 聖女編

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――――第28話――――

 例の告知から、数日後。


「聖女様の慈善活動ですが、一応まだ継続しているようです。ただ、以前ほど目立つ形では行われなくなったようですね」


 執務室で、スウェルスがゼノルに報告する。


「以前は人通りの多い時間帯を狙い、路上の物乞いなど人目につくような傷病者を治療していましたが、現在ではむしろ目立つ時間帯や傷病者を避けている様子だそうです」

「ふっ、まあそうするしかあるまい」


 ゼノルは不敵な笑みを浮かべながら、上機嫌に言う。


「これまでのように善行を積極的に喧伝すれば、金目当てかと民衆の妬みを買う。だがいきなりやめてしまえば、今度は自分たちを見捨てたのかと失望を買う。自身の評判を落とさないようにするには、それ以外に選択肢がないというわけだ」

「と、いうことなのでしょうね。それにしても……よく思いつかれましたね。あんな手を」


 スウェルスは若干呆れ気味に言う。


「まさか――――聖女様の慈善活動を、まるで報酬目的だったかのように民に誤認させるとは」


 そう。それが高まり続けるラニス人気を反転させるべく、ゼノルが講じた策だった。


「ふっ。別にあの程度、大したアイデアでもない」


 口ではそう言いつつも、どこか得意げにゼノルは続ける。


「清廉潔白だと思い込んでいた者に薄汚い面が見えたとき、人は自分勝手にも失望するものだ。本来、仮に聖女がオレに対し報酬を要求していようと、領民たちにはなんの関係もない。むしろ自分たちの傷病を癒してくれるのだから、有益な存在であることに変わりないはずだ。それにもかかわらず、多くの者が聖女に対して失望を覚えるだろう。これは損得の問題ではない。人間に生来備わった、感情の問題だ。だからこそ、あの女にもどうしようもない」


 たとえ事実とは違うとラニスが弁明したところで、少なくない数の民衆が、後ろめたいことを誤魔化しているだけだと受け取るだろう。

 一度流れてしまった醜聞を打ち消すことは容易ではない。


「こちらからも、しっかり噂を拡散しているだろうな」

「ええ。例によって密偵を使い、聖女様が実は金銭と引き換えに治療を行っていたのだという噂を、領内に流しています。すでに十分拡散しているようですね」

「いいぞ」


 ゼノルは不敵に笑って言う。


「これで奴を崇拝していた者たちも、軒並み目を覚ますことだろう。領民の一部をまとめ上げ、数の力でオレを脅すなどという奴の甘い目論見は、これで完全に潰えたというわけだ」

「そうですね。少なくとも、ゼノル様に要求を通せるほどの人数を集めることは難しくなったかと。ただ、醜聞の効果ももちろんですが……乳痢病発生の際、迅速に対策を打ったことで、聖女様が活躍する場を奪えたことが何より大きかったように思えます。主に貧困層と知識階級の間で、ゼノル様の評判も高まったようですしね」


 スウェルスは自らの主に問いかける。


「いったいゼノル様は、どこまで予見されていたのですか? 聖女様が動き出した当初、様子見されていましたが……まさか、乳痢病の流行まで想定されていたと?」

「流行自体は想定していた」


 ゼノルは淡々と答える。


「春先に予兆があったからな。トレヴァーのあのイカれたエピソードは以前に聞いていたため、うっすらと対策まで考えていた。ただ、様子見していたのは醜聞の効果が高まる時期を待っていたにすぎん。あのタイミングで乳痢病の流行が起こったのは、さすがに偶然だ」

「なるほど。ではある意味、運に恵まれましたね」

「まあ、ある意味ではだな」


 ゼノルが皮肉交じりに笑う。


「伝染病の発生を喜ぶ領主はいない。とはいえ、いずれ流行は起こっていたのだとしたら、いい時期だったのは確かだ。聖女のことももちろんだが、塩も蜂蜜も入手しやすいタイミングだった」

「しかし……いくら聖女様の人気に対抗するためとはいえ、治療物資の無償配給とは思い切ったことをされましたね」


 スウェルスが苦笑のような表情を浮かべて言う。


「冷血卿などと呼ばれていることが、今さらながらに不思議に思えてきました」

「本当に今さらだな」


 ゼノルもまた苦笑を返す。


「この(ツラ)なのだから仕方あるまい。そういう意味では、聖女がうらやましいくらいだ……あの手の醜聞が流れてもなお、支持者自体は確実に増やしているのだから」

「……ええ、そうですね」


 スウェルスが、やや表情を引き締めて言う。


「密偵からの報告になりますが、聖女様に失望を覚える者がいる一方で、逆に強く支持する層も生まれ始めているようです。容姿も、多少は関係あるかもしれませんが……聖女様が傷病者を治療していたことは事実ですからね。恩義を感じたり、その行動に心打たれた者が多いのでしょう」

「なに、問題はない」


 ゼノルは表情を変えずに言う。


「その程度は元々想定内だ。オレに婚約を強要できるほどの力を持たなければそれでいい。場合によっては、さらなる醜聞を拡散させるのもアリだな」

「はい……まあですが、醜聞はこのくらいにしておいては?」

「む?」


 怪訝そうな視線を向けるゼノルに、スウェルスが説明する。


「万一にも醜聞がゼノル様の流した虚偽だったことが明るみになれば、領民からの評判を大きく損ねます。領民が領主の財産だとすれば、ゼノル様もまた聖女様に恩を受けたようなもの。婚約を強要するためという裏の目的を知らない領民たちにとっては、恩を仇で返したように映るでしょう。それに……個人的にも、過度に貶めるような真似は気が引けます。動機はともかく、聖女様がしていたことは紛れもない善行だったわけですし」

「ふむ……」


 ゼノルはしばらく考え込んでいたが、やがて背もたれに身を預けると、鼻を鳴らして言う。


「……ふん、敵に情けなど無用だと思うがな。報告はそれだけか? ならば仕事に戻れ」

「あ、いえ。報告と言いますか……少々相談が」


 スウェルスの返しに、ゼノルが嫌な顔をする。


「なんだ。耳が痛い内容である予感がするのだが」

「さすがゼノル様ですね。そのとおり、財政状況の話です」


 顔をしかめるゼノルに、スウェルスが続ける。


「乳痢病対策のための出費で、今後の余裕がほぼなくなりました。来年まで何事もなければ問題ありませんが……少々不安な状況ではありますね」

「やはりそれくらいになったか……」


 ゼノルが渋い表情で言う。


「思えば、貴様が反対しなかったことが不思議なくらいだな」

「必要な出費ならば私も反対しませんよ。それで、どうされますか?」

「仕方あるまい……今度は露天商でも始めるとしよう」

「ご冗談はおやめください」


 スウェルスが呆れ気味に言う。


「金策のあてがあると以前におっしゃっていたでしょう? まさかそれを言うための前振りだったなんてことはありませんよね?」

「冗談の通じんやつだ。無論、考えてあるとも」


 ゼノルは嘆息して言う。


「武器を売る」

「武器……ですか?」

「ああ。軍の装備を更新した際、古い物を予備として保管していたのだ。古いと言ってもまだ十分使用可能で、市場でもいい値がつくだろう。現状、まとまった金に換えられて支障がない物品はこれくらいだな」

「おお、なるほど。それは名案です」


 スウェルスが納得したように言う。


「ちょうど市場では武器が高騰しますしね。これで少しは余裕が生まれるでしょう」

「……そういえば、武器や防具が買いあさられているのだったな」

「ええ、まだ市場価格は高いです。ただこの件に関して、追加の情報は入ってきていませんね」

「……まあいい」


 ゼノルはそう言うと、補佐官に命じる。


「売却可能な分は軍に命じて集めさせておこう。貴様は見積もりを取らせる武器商人を手配しておけ」

「は。かしこまりました」


 執務室を出て行くスウェルスを見送ると、一人になったゼノルは小さく呟く。


「さて……あの女は、次にどう出る」

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