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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
一章 公爵令嬢編

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――――第6話――――

 ライデニア王国の王都には、王立学園というものが存在する。

 主に貴族や富裕層の子女が通う、大規模な教育機関だ。


 下は十二歳から上は十八歳まで、大学部も含めればそれより上の生徒も在籍しており、他国からの留学生も積極的に受け入れている。

 設備は充実、教師も優秀な者がそろっており、王国の知が集まった場所と言える。そこで生徒たちは、政治や経済、軍事や哲学などを学び、国の未来に役立てるのだ。


 学園は有力者の子女が集まるため、伝手つて作りや結婚相手探しの場にもなる。また学園卒業生という実績は、特に平民にとってはステータスとなるものだったが……一方で貴族には、いずれもそこまで重要視されていなかった。

 家を継ぐことがほぼ確定している長男などは、学園に通わず、家庭教師をつけられながら当主のそばで領地経営を学ぶことも多い。そうでなくとも、花嫁修業や急な家督の委譲などで、途中で辞めてしまう者も珍しくなかった。


 ゼノルも、その類だ。

 一応籍だけは残っているものの、十五歳で爵位を継いで以降、学園にはほとんど訪れていない。


「……」


 石畳で舗装され、周辺を花が彩る学園の道を、ゼノルは行く。

 ロドガルド領と王都は、一部を接しているほど近い。そのため馬を急がせれば、二日ほどで着くことができた。

 ほぼ二年ぶりではあるものの、学園内は特に変わりなかった。

 そしてゼノルは、目的の人物のもとにたどり着く。


「……言われたとおり」


 庭園の東屋あずまやに、複数の生徒たちに取り囲まれながら、その人物は座っていた。

 ゼノルは酷薄にも映る笑みとともに告げる。


「来てやったぞ、レイシア」


 取り巻きの生徒たちが、ゼノルを睨んで立ち上がる。

 しかしレイシアは、それを穏やかな笑みで制した。

 周りの者たちへと言う。


「少しの間、二人で話をします。外してくださる?」

「でもっ、レイシア様……」

「大丈夫」


 レイシアの笑みに押されるように、周りの者たちが席を立ち始める。

 去り際には、ほとんどの者がゼノルに鋭い視線を向けていた。

 やがて東屋には、レイシアが一人残される。

 その正面に、ゼノルは乱暴に座った。


「取り巻きを下がらせるとは、いい度胸をしているな」

「ふふ。そういうゼノル様は、意外にも小心者なのでしょうか。学園に、そのようなものを携えてくるとは」


 レイシアの目が、ゼノルの腰に向けられる。

 そこには年代物の鞘に納められた、一振りの剣が提がっていた。

 ゼノルは鼻を鳴らして答える。


「別に禁止されてはいないはずだ。異民族の地が近いゆえ、腰が軽いと落ち着かない性分でな。装飾品とでも思っておけ」

「そういうことにしておきましょう」


 言いながら、レイシアは優雅に茶杯を口元に運ぶ。

 そんな公爵令嬢へ、ゼノルは足を組んで大仰に告げる。


「要求を言え」

「……おや」

「聞くだけは聞いてやる。オレの寛大さに感謝しながら発言するがいい」


 あまりにも不遜な態度だった。

 辺境伯家の当主が、公爵令嬢に対しこのような振る舞いは非常識と言っていいものだ。

 しかし爵位こそ格下であるものの、家格や地力は決して劣らない。ゼノルの態度は、そういった裏付けがあるがゆえのものだった。

 レイシアは呆気にとられたような、中途半端な笑みで言う。


「……意外にも殊勝な態度で来たかと思いきや、まったくそんなことなくておもしろいですわね」


 次第に可笑しくなってきたのか、レイシアはくすくすと笑う。


「ふふ。ですが、少々誤解があるようです。わたくしには、ゼノル様に要求することなどありませんよ」

「ならば、噂の件はどういうつもりだ」

「どういうつもりと言われましても。例の噂には、わたくしも困っているところです。ただ……それに関して、一つ提案があります。ゼノル様にも、きっと利益のある提案が」

「……」


 無言で詳細を促すゼノルに、レイシアは物憂げに続ける。


「貴族も民衆もみな噂が好きですけれど、自分がその当事者となると参ってしまいますわね。中にはわたくしが乱暴されたなどと心ないことを話す者もおり、友人たちにも心配をかけてしまっています。あの者たちの態度は、どうか許してやってくださいね」

「……」

「しかし……噂とは醜聞ほど広がるもの。学園で例の噂を知った生徒たちは、手紙で故郷にその内容を伝えるでしょう。このままでは、貴族社会全体にまで知れ渡ってしまうかもしれません。所詮は三女に過ぎないわたくしはともかく……当主であるゼノル様には、決して看過できない事態にも発展しかねないことと思います」

「ふん。いらん心配だ」


 ゼノルは鼻を鳴らして言う。


「有象無象の貴族連中にどう思われたところで、ロドガルドは揺るがない。奴らにできることなど、せいぜい陰口を叩く程度。一顧だにする必要もない」

「ええ、そうですわね」


 意外にも、レイシアはうなずく。


「元より力を持っているばかりか……始祖の再来と謳われる神童が当主の地位を継いだ今のロドガルドに、軽々しく手を出す者がいるとは思えませんわ。手負いの猛獣を叩こうとして、噛み殺されては元も子もありませんもの」

「よく理解しているではないか。ならば……」

「――――しかし」


 レイシアが、ゼノルを遮るようにして言う。


「手負いの猛獣同士ならば……その限りではありませんわ」

「……何?」

「お父さまは今回の噂を知り、わたくしのことをとても心配してくださっているようです」


 ゼノルが、わずかに目を見開いた。

 レイシアは悲しげに視線を落としながら続ける。


「そんな旨の手紙が届いていました。文面からも、お父さまの心痛が伝わってくるようです。ただ……わたくしは傷心のため、未だ返事を書くことができずにいます」

「……貴様」

「末の娘であるためか、お父さまはわたくしのことをとてもかわいがってくださっています。本来政治目的に利用されて終わりであるはずのわたくしの婚姻を、自由にしてもいいと言ってくださるほどに。これからしたためる返事の内容次第では……きっとゼノル様に対し、正式に抗議(・・)をすることになるでしょう」


 ゼノルには、その意味が理解できた。

 それは、娘を傷物にされたアガーディア公爵が憤るであろうとか、そういった次元の話ではない。


 貴族社会は、舐められたら終わりだ。味方は離れ、敵には付け入る隙を与えることになる。

 例の噂が、アガーディア公爵にとってどのような意味を持つか。それは――――その対応如何いかんによって、力のほどを他家に推し量られる指標となってしまうということだ。


 仮に放置でもしようものならば、他家からは『娘を傷物にされても、報復する力もない』と見なされることになる。

 貴族社会は舐められたら終わりだ。頼りにならぬと盟友に見限られ、今が好機とばかりに領地を奪われ、政治の場で軽んじられる。そんな事態にもなりかねない。

 例の噂で一番傷を負いかねないのは、実はゼノルでもレイシアでもなく、アガーディア公爵なのだ。


 だからこそ、捨て置くことはできない。

 無論、それが流言にすぎないならば毅然と無視する対応が最善だろう。大貴族が眉唾物の噂に右往左往していては、それもまた侮られる原因になる。

 だが――――仮に真実ならば。

 娘の証言如何によっては、ロドガルドへの報復措置もありえる。


「貴様……正気か?」


 ゼノルが、レイシアに凍てつくような視線を向ける。


「ロドガルドとアガーディアがぶつかれば、事は()()貴族同士の小競り合いとは比較にならない大事となる。まず間違いなく、王の介入を招く事態になるぞ」

「ええ。そこで、とても良い提案があるのです」


 レイシアが、満面の笑みで告げる。


「わたくしと結婚してくださいませ、ゼノル様。おや、ふふっ。そういえば、この台詞は二度目ですわね」


 自分で言った言葉が可笑しいかのように、レイシアはくすくすと笑う。


「言うまでもなく、すべてはわたくしたちが正式に婚約を結んでしまえば解決します。破談なんてなかった、ということになるのですから。すでに内々の婚約者がいるという話をうかがった記憶もありますが……ふふっ、きっとわたくしの勘違いでしょう。だってそのような噂など、一向に聞こえてきませんもの」

「……」

「婚約が成れば、お父さまがロドガルドに抗議する理由もなくなります。公爵家の令嬢を妻に迎えるゼノル様の評価も、少しは上がるでしょう。いかがです? まさに、大団円だと思いませんか?」


 沈黙を保つゼノルに、レイシアが追い打ちをかけるように言う。


「戦争とは愚かなものです。莫大な資源や人材を消費し、何一つとして新しい富を生み出さない。異民族相手ならばともかく、王国内での戦争など、賢い者ならば必ず避けることでしょう。わたくしはお父さまが……そしてゼノル様も、賢い者であると信じています」

「……」

「さあ、ゼノル様」


 レイシアは、その顔にしとやかな笑みを浮かべて問う。


「求婚の返答を、どうかお聞かせくださいませ」

「……ふん」


 ずっと静かにレイシアの話を聞いていたゼノルが、微かに鼻を鳴らした。

 例の酷薄な笑みとともに、口を開く。


「やはり、それが貴様の要求だったか、レイシア。なぜそこまで必死になるのか知らんが……返答など決まっている」


 自らを嵌めた公爵令嬢に対し、ゼノルは不遜にも告げる。


「断る。要求は聞くだけだと、そう言ったはずだ。公爵への手紙など好きに書くがいい」

「……また振られてしまいましたか」


 仕方ないと言った風に、物憂げな溜息をつくレイシア。

 予期していたのか、その仕草に動揺の気配はなかった。

 レイシアはその表情を、少しだけ真剣なものにして続ける。


「ずいぶんと(かたく)なに、他家からの縁談を断り続けているようですわね。ゼノル様」

「……」

「姻戚関係になど頼らずとも、ロドガルドは磐石。ゼノル様のその態度は、そうした自信の(あらわ)れと捉えることもできるでしょう。しかし……どんな家からの申し出であっても、検討する気配さえ見せないのはさすがに腑に落ちません。まるで結婚などはなから考えていないかのようですが、跡継ぎの問題がある以上は、ゼノル様もいずれは妻を迎える必要に迫られるでしょうに」

「……」

「ロドガルド家の当主を継いで二年が経つにもかかわらず、未だ婚約者すら作ろうとしないのはなぜなのですか?」

「……さてな。どうでもいいだろう、そんなことは」


 ゼノルは鷹揚に答える。


「しいて言えば、オレがそれを望んでいるからだ。これ以上の理由は必要あるまい?」

「……やはり、答えてはいただけませんか」

「ふん。それでなんの問題がある」


 ゼノルは皮肉を込めた笑みとともに言う。


「赤の他人にすぎん貴様がオレの内心を知ったところで、塵ほどの意味もないだろう」

「一つ、約束いたしましょう」


 レイシアは、わずかな笑みも浮かべることなく言う。


「もしわたくしを、妻として迎えてくださったのなら――――そのことを、生涯にわたって後悔させないと誓いますわ」

「……」

「領地の繁栄を望むならば、王国貴族としての成功を願うならば……わたくしは、必ず力になりましょう」


 その表情から――――レイシアはおそらく本心から言っているのだろうと、ゼノルは感じた。

 それでも。


「……ふん。ありえんな」


 ゼノルは鼻で笑う。


「大方、自分の能力に自信を持っているのだろうが……オレにとってはほかの有象無象と何も変わらん。領地経営に余計な口出しなどされても邪魔なだけだ」

「……」

「いいか、あらためて言っておくぞレイシア」


 ゼノルは冷酷に告げる。


「――――オレは絶対に、結婚などしない」

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