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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
二章 聖女編

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――――第16話――――

「あー、もう! 最悪なのだわ!」


 ロドガルド領都の教会。

 西日が差し込む一室で、ラニスは小机に頬杖を突きながら、うんざりしたように言った。


「ダグライさん、ビュール商会からはなんて?」


 ラニスがそばに控えていた上級神官を振り仰いで問いかけると、ダグライはいささかも表情を変えることなく答える。


「『このたびは誠に残念です。貴女の今後のご活躍をお祈り申し上げます』とのことです」

「うう、あそこもダメ……これで全滅……」


 ラニスが小机に突っ伏す。

 落ち込む聖女に、ダグライがややためらいがちに話しかける。


「これ以上、彼らの力には頼れないでしょう。商会を通じてゼノル卿に婚姻を迫る手は、もうあきらめた方がよいかと」

「はぁ~」


 ラニスが盛大に溜息をつく。


「まさか、あんなことしてくるだなんて思わなかったのだわ……」


 ラニスの策は、途中までは目論見通りに進んでいた。

 自身の求心力と神器の力を使い、ロドガルド領の商人たちを取り込んでゼノルに圧力をかけるという手は、たしかに有効であるはずだった。


 だがゼノルは、それを予想外の一手で打ち破ってきた。

 普段から暴利を貪っていたせいで勝手に追い込まれたムルーディ会に、さらに鞭打つ形で徴税網を奪取。徴税の自前化を達成してしまったのだ。


 将来の増収が確定した時点で、減税を発表。

 ラニスから、商人たちの支持を強引に取り返してしまった。


「『箱』は伝説的な神器ですが、それを金策に使おうとすれば、増やした物の相場が下落していくという欠点があります」


 ダグライが淡々と言う。


「だからこそ、教団もこの神器による金策を黎明期にとどめていました。ロドガルド領の貨幣市場でまだその兆候は見られませんでしたが、金勘定に敏い商人たちはこの欠点を見抜いていたことでしょう。一方で、ゼノル卿は真っ当に増収を達成し、それを減税という形で領民に還元しました。どちらを支持するかと問われれば……やはり、明らかかと」

「わかっているのだわ、それくらい」


 ラニスがすねたように言う。


「でも、こんなに掌を返されることってあるかしら? みんな応援してくれるって言ったのに!」

「利害を超えてラニス様を支持していた者たちは、少なからず恋慕の情を抱いていたでしょうから……破談になったと聴いて、ほっとした者が多かったのでしょう」

「えー? ワタシ、そういうつもりではなかったのだけど……」


 うじうじと言うラニスに、ダグライはだんだんと不安を覚え始める。

 ラニスに任せていて、本当にロドガルド辺境伯との婚姻が成るのだろうか……と。


 聖皇派内で成り上がるためには、今回の縁談を確実に成立させなければならない。ゴーマス大神官の期待に沿えなければ、教団内の出世コースからは外れてしまうだろう。


 一方で、ラニスの側にもより深刻な、差し迫った事情がある。

 なにせ、命がかかっているのだ。

 だからこそ、失敗は許されなかったが……、


「やっぱりお金を持っている人だけに媚びようとしてもダメね。地道に、みんなから応援してもらえるようにならないと」


 ラニスの右手は、いつのまにか小さな刃物を弄んでいた。

 不自然なほど白い金属に、材質のわからない古びた柄。形だけならばなんの変哲もないナイフではあるものの、細かな造形を見ればどこか違和感を抱く、そんな代物だった。


 ダグライは、軽く頭を振って自身の不安を払った。

 縁談の成立を願うなら、ラニスに任せておくのがやはり一番いい。

 あらゆる神器を扱う能力、人々の心を惹きつける求心力……そして、それらをうまく利用し、他者を操れるだけのしたたかさを持っている。


 ロドガルド辺境伯との婚姻は、あのゴーマス大神官に貸しを作り、利用したアガーディア公爵家の三女ですら成しえなかった。

 生半可な(はかりごと)では、おそらくロドガルド辺境伯は出し抜けない。

 単純な知略を、超えるものがなければ――――。


「ねえ知ってる? ダグライさん」


 その時ラニスが、ふと言った。

 右手には、先ほどのナイフが逆手に握られている。


「神器って、ぜったい壊れないんだって」


 次の瞬間――――ラニスは、小机に置いた自身の左手に、ナイフを振り下ろした。

 硬質な音が、教会の一室に小さく響く。


「ほら」


 ラニスがナイフを静かに上げる。

 白い長手袋に、小さな穴があいたものの……そこからは、血の一滴も滲みはしなかった。

 ダグライは冷静に答える。


「過去に教団が行った実験で、狼銀を用いた大質量により、小型神器の破壊に成功しています。壊れにくいというだけですので、あまり乱暴に扱われない方がよいかと。特に神器同士をぶつけるようなことは……」

「ええっ、そうだったの!? もー早く言ってよぉ……!」


 ラニスは焦ったようにナイフの刃先を確認したり、左手を開いたり閉じたりしている。

 ダグライは、再び不安になって問いかける。


「……大丈夫ですか、ラニス様」

「こほん、こほん……言いたいことはわかるのだわ。でも大丈夫。ワタシに任せておいて」


 ラニスは、額に汗を垂らしながらも、微笑んで言った。


「この縁談は、ぜったいに成功させてみせるから」

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