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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
二章 聖女編

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――――第14話――――

 突然の減税発表の裏では、何が起こっていたのか。

 それはゼノルが両替業を始めて、四半月ほど経った頃。


「いったいどういうことなのですかっ、ゼノル卿!!」


 屋敷の応接室に怒声が響き渡る。

 そこではバッティ・ムルーディが、ゼノルを前に丸顔を赤らめて憤っていた。


 その日、早朝に突然やってきたバッティは、端からこの調子だった。領主に対し礼を失しているにもほどがある態度だったが、もちろん相応の事情がある。

 当然にそれを知っていたゼノルは、バッティの無礼を咎めることなく、かといって後ろめたい様子を見せるでもなく、鷹揚に言う。


「どうしたのだ、バッティ殿。朝からそれほどまでに元気よく」

「どうしたもこうしたもありませんよっ!!」


 バッティは、ゼノルに詰め寄らんばかりに身を乗り出す。


「なぜゼノル卿まで、教会で両替業など始めているのですかっ!? しかも手数料までまったく同じだなんて!! おかげでこちらはっ……!!」

「ああ、そのことか」


 まるで今思い至ったかのような白々しい態度で言うと、ゼノルはふっと笑って告げる。


「実はな……オレは感銘を受けたのだ」

「感銘っ? 何に」

「聖女殿の思いに、だ……」


 呆気にとられるバッティを前に、ゼノルはまるで神の奇跡を思い出すかのように続ける。


「彼女と直接言葉を交わし、オレは大きな衝撃を受けた。まさかあの両替事業が、オレの領民を深く思いやってのことだったとは……。あの女、いやあのお方は、まさしく愛の化身。もはや神の子と言っても差し支えないだろう」

「な、何を言っているのかまったくわからない……頭がおかしくなられたのか!?」


 自分たちの領主がイカれてしまったと思い込み、バッティは絶望の表情を浮かべた。

 一方、ゼノルはかまわず続ける。


「オレの領地を支えてくれている商人たちを思えば、たしかに両替にかかる手数料などなるべくかからないようにしてやりたい。だがそれは、本来領主であるオレの責務だ。決して、聖女殿一人に頼るべき事柄ではない! そこで、手始めにオレも自ら両替業を始めてみることにしたのだ。教会に許可を取り、聖女殿の隣に突貫工事で両替所を建てさせてもらった。だんだんと客も増えているぞ。接客というのも、案外楽しいものだな。ふははは!」

「な……!」


 普段は絶対しないような爽やかな顔で笑うゼノルに、バッティはかろうじてといった様子で言葉を紡ぐ。


「何をされているのですかっ、ゼノル卿! 我々両替商は言うまでもなく、正当な対価として手数料を要求しているのです! 我々の商いを邪魔するような真似はやめていただきたいっ!」

「邪魔などしていないではないか。オレの兵も、街の警邏も、誰一人として貴様の邪魔はしていない。そうだろう? オレも聖女殿もただ自由に、自らの商いをしているだけだ。違うか、バッティ殿。貴様が同業者を潰し、ほぼ独占状態の市場で手数料を吊り上げたのと同じく、ただ神に与えられた自由を行使しているにすぎん」

「んぐっ……!」

「そうそう」


 目を剥くバッティに対し、ゼノルはついでのように言う。


「オレの両替所だが、いずれは支店を作ろうと思っている。領都に限らず、最終的にはロドガルド領全域にな」

「は……はあああ!?」

「聖女殿の思いを実現するには、両替所が一箇所だけでは仕方ないのでな。ロドガルドも豊かになった。財政的には少々厳しいが、なんとかなるだろう。聖女殿の思いに、オレも応えねば」

「な、な……!」

「だが、ただ負担が増えるばかりではないぞ。評判が広まれば、ロドガルド領にはきっと商人たちがより多く訪れるようになる。そうなれば税収も増えるだろう。これはいわば、公共投資というわけだ。まあ、その一方で……ムルーディ会は、少々大変になるかもしれんな。だがそこからどうするかも、貴様らの自由に委ねられている。オレはいかなる邪魔もしないと約束しよう」

「ぐぅっ……はあ、はあ……!」


 先ほどまで紅潮していたバッティの顔は、いつのまにか青ざめていた。


「そのようなことがっ……そのようなことが、許されるとお思いか……!」

「はて」


 ゼノルはそこで、思わず失笑を漏らす。


「誰に許されないのだ? オレは領主なのだがな。王か? だが王国法には反していない。王も好きにしろと言うだろう。では神か? しかし、例の両替事業を始めたのは聖女殿と教団だ。いわば、神公認。となると……オレはいったい誰に許されないというのだ?」

「ぐぅっ……!」

「言葉は正確に使うがいい、バッティ殿。許されないのではなく、貴様が個人的に許せないだけだろう」


 バッティは、唇をわななかせて言う。


「私に、そのような態度をとって……ロドガルド領の徴税が、満足にできるとでも……っ!」

「そう、徴税。その話もせねばな」


 怒りに震えるバッティを前に、ゼノルは平然と言う。


「二年に一度、競売に掛けていた徴税権だが、今後は担当地区をより細分化させることにした」

「さ、細分化?」

「毎回入札が一件しかない状況は、さすがに不健全だったのでな。担当地区が小さくなれば、その地域の顔役のような者も札を入れられるようになるだろう。無論、ムルーディ会も引き続き参加してくれてかまわんぞ。落札を狙うならば、今後は入札額を考えてもらう必要はあるが」

「そ……そのような目論見どおりになどいくものかっ!!」


 口角泡を飛ばして、バッティが叫ぶ。


「徴税請負人には、税収見込額の先納が求められるっ!! 顔役風情が、そこまでの金を持っているはずがないっ!! ロドガルド領の徴税を請け負えるのは、この私を除いているはずが……っ!」

「ああ、その先納という条件だが、撤廃することにした」


 ゼノルが何気なく言ったその言葉に……バッティの顔から、表情という表情が消え失せた。


「……は?」

「そこが一番の参入障壁になっていたからな。当然だ」

「な……なぜ、そんなことを……」

「言ったはずだぞ、バッティ殿。ロドガルドは豊かになったのだ。貴様に代替わりする、ずっと以前からすでにな」


 ゼノルはまるで、講釈を垂れるかのように続ける。


「領主が徴税請負人に税収見込額の先納を求めるのは、ひとえに資金繰りのためだ。徴税には時間がかかるうえ、最終的にどれくらいとれるか具体的な見通しが立てづらい。財政状況に余裕がない領主には辛いだろう。だが徴税請負人に数年分の税を先に納めさせれば、資金繰りが一気に楽になる。先納させる額は、当然本来期待できる税収よりも少ない額にはなるが、背に腹は変えられんのだ」


 そこでゼノルは、口の端を吊り上げる。


「しかしそれはあくまで、財政に余裕のない領主の話。オレには当てはまらん。まだ領地が貧しく、徴税請負制度を導入せざるをえなかった数百年前に比べ、ロドガルドは豊かになった。先々代当主の時代に異民族と和平を結んでからは、軍事費が浮いてさらに余裕ができた。税による収入が多少遅れようと、もはや何の問題もないのだ。税収見込額の先納はただ、慣習に倣い求めていたにすぎん」


 言葉のないバッティへ、ゼノルは諭すように続ける。


「すでに意味のなくなった慣習を、別にそのまま継続することもできた。これまでどおりだったならばな。だが、オレの代になって手を入れなければならない事情が出てきた。バッティ殿、貴様がその原因だ」

「わ……私が、何を……」

「取り立てに容赦をなくしただろう」


 ゼノルは淡々と言う。


「そのような評判が上がってきている。貴様の父や祖父の代と比べ、徴税人の振る舞いがひどくなったとな」

「そっ、それの何が悪いっ!?」


 バッティが目を剥いて叫ぶ。


「私は商人だ! 利益を求めるのは、商人ならば当然のことっ! 徴税請負は、民衆どもから税を取れば取るほど利益になる! ならば、取り立てに情けをかけるなどありえないっ!」

「そのありえないことを、貴様の父や祖父はしていたのだ。困窮する者が税を納められずとも、目をつぶっていた。自らの利益を減らしてまで」


 二の句が継げなくなるバッティに、ゼノルは続ける。


「本来、徴税とはそういうものだ。領民あっての領主なのだから、多少の情けをかけるのは自然なこと。それを貴様の父や祖父は理解していた。領地経営の趣旨を汲んでいたのだ。だからこそオレ以前の当主も、慣習を慣習のまま残し、入札が一件しかない状況でも制度に手を入れなかった」

「……」

「だが、前提が崩れた。貴様が崩したのだ、バッティ殿。三代目になって、ムルーディ会も欲に目が眩むようになったな。本業の両替のみならいざ知れず、徴税でも道理をわきまえずに利益を上げようとするならば、もはや捨て置くことはできん」


 ゼノルは、冷淡に告げる。


「請負人の担当地区は細分化、先納の義務も撤廃する。新たに札を入れる顔役は、自分の住む地区で無茶な取り立てはできんだろう。もちろん、ムルーディ会が落札してくれてもかまわんが……いつまで続けられるだろうな」


 バッティの顔は、青を通り越して白っぽくなっていた。


 大資本を持つムルーディ会にとって、たとえ競争相手が増えても、徴税権の落札は難しくない。

 ただし入札額の高騰は、そのまま利益の減少に繋がる。さらにもし落札し損ねる地区が出てくれば、その分の利益まで減少する。

 徴税権を得られる前提で大量の人員を雇い、ロドガルド領全域に徴税網を構築しているムルーディ会は、その維持コストのせいで、わずかな利益の減少でも大打撃となるのだ。


 資本が少なくなれば、次回の競売では入札額を落とさざるをえず、落札し損ねる地区が増えるという悪循環が生じる。

 そのうえで、本業である両替業まで危機的状況に陥るとすれば――――待つのは破滅だった。


「ゼノル卿は……」


 もはやすべての感情が抜け落ちた顔で、バッティは虚ろに呟く。


「……私に、死ねとおっしゃるのか」

「ふっ、はははは」


 ゼノルが控えめな哄笑を上げた。

 そして言う。


「――――まさか」

「え……?」

「大事な領民に、このオレがそんなことを言うはずがないだろう」


 目に光を戻すバッティに、ゼノルは告げる。


「選ぶがいい、バッティ殿」

「え、選ぶ……とは?」

「両替業か、徴税請負か。どちらかを貴様に返してやろう」

「そ、それは……」

「利益で選ぼうとするな。心で決めろ」


 バッティは、しばしの間迷うように、目を泳がせて沈黙していた。

 だが。


「……ふ」


 力を抜き、表情を緩めると、ゼノルに深々と頭を下げて言う。


「どうか……私の家業を、お返しください。父と祖父から受け継いだ、大切な商いなのです」

「よかろう」


 ゼノルが鷹揚にうなずく。


「オレの両替所は閉める。聖女の方には何もできんが、遠からずあの女はこの地を去ることになる。それで問題ないだろう」

「はい……感謝いたします」

「ただし、条件がある」


 ゼノルは釘を刺すように言う。


「もう、これまでのようなあくどい商いは控えろ。領民の暮らしにあまり口出ししたくはないが、さすがに目に余る」

「はい……いえ、当然でしょう」

「無論、タダでとは言わん」

「……?」


 いぶかしそうにするバッティに、ゼノルは意地の悪い笑みとともに告げる。


「もはや必要なくなった、ムルーディ会の徴税網――――その人員やノウハウをすべて、貴様の言い値で買い取ってやろうではないか」

「なっ……!! は、はは」


 それを聞いたバッティは――――すべてを理解し、乾いた笑い声を上げた。


「なるほど……そういうことでしたか」

「ふん。悪く思うな」

「……いえ」


 バッティは、視線を落としながら言う。


「欲を掻くあまり無恥な振る舞いをし、落ち度を作ってしまったのは私自身。思えば卿のおっしゃったことに、事実と反するところは一つもなかった……。甘んじて受け入れましょう」

「聞き分けがいいではないか。もっと早くに、そのような謙虚さを身につけておくべきだったな」

「それに……言い値で、とおっしゃっていただけましたからな」


 視線を上げたバッティが、小さく笑う。


「最後に欲を掻く機会まで頂戴できるとは、感謝しかありません」

「……おい。言っておくが、限度はあるぞ。ふざけた額を提示するようなら、徴税網に加えて貴様の首を置いていかせる事態を覚悟しておけ」

「おっと、これは久々に緊張感のある商談ですな。商人としての腕が鳴ります。いやはや、それにしても……」


 バッティが、力なく笑って言う。


「まさかこの地に、私以上に欲深い人間がいたとは」

「ふん、舐めるな」


 ゼノルは窓の先へ、何者かを睨むかのような視線を向けて言う。


「生ぬるい策謀など、オレの糧となるだけだ」

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