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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
二章 聖女編

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――――第13話――――

「冷血卿ったら、どういうつもりなのかしら」


 まだ夜も明けきらぬ早朝。

 両替所のカウンターに頬杖をつきながら、ラニスは呟いた。


 ゼノルがラニスの隣で両替業を始めてから、半月ほどが経っていた。相変わらず今日もまた営業するのか、突貫工事で建てられた新両替所には何人か準備をする者の姿がある。


 あの日、一夜のうちに現れた新両替所を見たときは、さすがにラニスも驚いた。だがその驚きも、ゼノルが自ら接客を行うと言い始めた時の衝撃に比べればささいなものだった。


 宣言どおり、本当に店頭に立ったゼノルに、初めは商人たちも警戒しあまり近寄らなかった。両替をするには、あの恐るべき冷血卿を前にしなければならないのだから当然だ。


 だが意外にも、ゼノルの接客は少々尊大ながらも真っ当なものだった。商人たちも徐々に警戒を解き、客の列も日を追うごとに延び始める。

 人を雇ったらしく、数日前からゼノルは店頭に現れなくなったものの、評判の拡大は止まらなかった。

 まだまだ自分たちの人気には届かないが、その差も徐々に縮まりつつある。


 無理もない。

 なぜなら――――手数料率が同じなのだから。


「……そんなの、長く続くわけないのに」


 ラニスは呟く。

 同じことをして聖女への支持を奪おうとしたのだろうが、ただの苦し紛れにしか見えなかった。

 自分たちが始めたマイナス手数料の両替事業は、財貨を無限に増やせる『箱』の権能あってのものだ。

 こちらはどれだけでも続けられるのに対し、ゼノルの側はそうはいかない。

 いくら経済的に豊かなロドガルド領主といえど、遠くないうちに音を上げるだろう。


「どうしてあげようかしら……」


 手数料をさらに下げ、ゼノルを早期に追い込む選択肢もあったが、ラニスは迷った末に現状維持を決めた。

 これ以上客が増えれば混乱の元にもなりかねない。客同士のいさかいが、聖女の評判を損ねるような事態は避けたかった。

 こちらも時間はあまりないが、まだ焦る時期ではない。


 そんなことを考えているうちに、最初の客が現れた。その後も客の姿はぽつぽつと増えていき、あっという間に行列ができる。

 ラニスはいつものように愛想の良い笑顔を作り、手伝いの神官たちと共に客を捌いていく。

 まだまだ聖女の人気は磐石だ。ラニスと言葉を交わすために訪れる客も少なくない。


 自分には人を惹きつける資質があることを、ラニスは自覚していた。

 冷血卿が同じことを始めたところで、負けるわけがない。


 商会の代表たちへの伝手も、十分に作れた。領都の参事会員でもある彼らからの圧力が続けば……あるいはこの一手だけで、縁談を呑ませられるかもしれない。


 自らの優位を確信していたラニスだったが……ふと、違和感を覚えた。

 客たちはみな笑顔だ。いつものように。ラニスが言葉を交わすと、誰もがラニスのことを好きになる。

 だが今日に限っては……それだけではない気配があった。


「アハッ! お兄さん、なんだかうれしそう!」


 ラニスは、客の一人に探りを入れてみることにした。


「何かいいことでもあったの?」

「あっ、わかりますか聖女様! 実は――――」


 若い商人が、まるでよくぞ聞いてくれましたとばかりに、顔を明るくして口を開く。


「――――領主様が、減税を発表したんです!」


 それを聞いて……一瞬、ラニスの笑顔が固まった。


「減……税?」

「はい! これでロドガルド領は、たぶん王国の中でも相当低い税率になるんじゃないでしょうか。いやぁ、僕たちもやりやすくなりますよ! 本当に冷血卿万歳です!」


 うれしそうにする商人を前に、ラニスは混乱する。

 両替事業の出費で喘いでいるであろう今、減税など自殺行為だ。出費を補填する手段すらなくなってしまう。

 領民の人気を得るため、なりふり構わない手段に出たのか。それとも……。


「アハ、へぇ~……。どうしてなの、かなぁ」

「え?」

「みんなの暮らしが良くなるのは、いいことだけど……領主様は、税収が減っても困らないのかなぁ……って」

「あ、実はそれも噂がありまして」


 青年が饒舌に語る。


「なんでも、徴税権を競売に掛けず、領主様が自分で徴税することにしたのだとか」

「は……はい?」

「自前の徴税だと、徴税請負人の懐に入る分が浮くので、その分税を安くできるんだって聞きました。それができるなら、もっと早くそうしてほしかったですけどね。みんな、徴税人の取り立てにはうんざりしてましたし」


 それが簡単ではないことを、ラニスは知っていた。

 自前の徴税吏を育て、ノウハウを蓄積し、時間のかかる徴税を待てるほど余裕のある財政状況にするのは大変だ。だからこそ、どこの領主も徴税業務を委託せざるをえないというのに。


「ゼノルは、どうやって……あっ、まさか……!」

「そうだ。領主様といえば」


 何かに思い至ったラニスに、青年が若干気まずそうな顔を向ける。


「残念でしたね、聖女様……縁談が流れてしまって」

「……っ!? そ……それも、噂で聞いたのかしら?」

「ええ……僕も、他の商人から聞かされて」


 愕然とするラニスに、青年はそこで、ぎこちない笑顔を浮かべた。


「でも、聖女様には申し訳ないんですけど……僕、実はちょっとうれしいんです。やっぱり聖女様が誰かと結婚するのは、少し抵抗があったので……。同じ思いの人は、きっと多いんじゃないでしょうか」

「な……」

「いずれここからは去られるんでしょうけど、ずっと応援してます、聖女様。今度また、教会に寄進しに来ますね」

「あ、ありがとう~……金貨の準備ができたみたいだから、ちょっと待ってね~……」


 そう言って、ラニスは青年に背を向ける。

 完全にしてやられたことを悟り、聖女は引きつった笑みで呟いた。


「な……なかなかやるのだわ、冷血卿」

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