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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
二章 聖女編

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――――第12話――――

 行商人のマルティンは、よく考えの足らなさで損をしてきた。


 関税の値上がりを忘れ、仕入れ値を上げすぎて赤字になった。

 降雨の季節を甘く見て、積み荷の燻製肉にカビを生やした。

 単純に仲買商の口車に乗せられ、需要のない商品を大量に仕入れてしまったこともある。


 とはいえマルティン自身は、自分の失敗をあまり気にしていなかった。

 人生は何があるかわからない。うっかり仕入れ損ねた香辛料が、向かった先の街でひどい値崩れを起こしており、ほっと胸をなで下ろしたこともある。紆余曲折あっても、今順調に行商人生活を送れているのならばそれでいいと思っていた。


「ええと……教会は向こうか」


 ロドガルド領都で一通りの商品を捌き終えたマルティンは、まず両替に向かうことにした。

 ロドガルド領ではどこの街でも両替手数料が高いと聞いていた。だが最近になって、なんでもあの聖女が領都の教会で両替業を始めたとかで、そこに限ってはありえないほど良心的な手数料で両替ができるのだという。


 物事をあまり深く考えないマルティンは、それを聞いてすぐに教会に足を向けた。

 しかし、いざ着いてみるとわずかに後悔する。


「うわぁ……なんだよこれ」


 教会の前に、長蛇の列ができていたからだ。

 まるで領都すべての商人が並んでいるのではないかと思えるほどだった。いやそればかりか、教団の信徒とおぼしき者の姿もある。教会で配られる聖典を手に、「これにサインしてもらうんだ!」などと言っていた。意味不明だ。


「順番を待ってたら日が暮れちまうよ……」


 これならば、多少手数料が嵩んでも街の両替所に行き、浮いた時間で商材を吟味する方がマシだ。

 そう考えたマルティンは、せめて遠目に聖女だけ拝んでから戻ろうと、列の先を覗き込んだ。


「ん?」


 そこで、意外なものを見た。

 列の先には、たしかに両替所らしき小屋があった。だがそのすぐ隣にも、よく似た小屋があり、客の姿もあったのだ。そちらは、ほとんど並んでもいない。


「なんだ、あっちは空いてるじゃないか」


 普通ならば、そちらには客が並ばない理由があるはずだと怪しんだだろう。だがマルティンは、あまり考えることなく不人気の両替所に足を向けた。

 小屋の前につく頃には、直前の客が両替を終えるところだった。


「い、いやぁ~、恐れ入りますぅ……そ、それでは~!」


 まるで何かに怯えるように、引きつった笑顔で逃げていく商人を目にしたマルティンは、さすがに少し眉をひそめたが……それでもさほど迷うことなく両替所に向かう。


「すまない、俺も両替を頼みたいんだが……」

「うむ。よく来た」


 カウンターの向こうにいたのは、薄青い髪の、まだ少年と言える歳の人物だった。

 両替商というにはやたらと不遜な態度で、眼光も過剰に鋭い。


「見ない顔だ。貴様、行商人だな? 我が領都へようこそ」


 それはほかでもない、ロドガルド辺境伯ゼノル・グレン・ロドガルドその人だった。

 ただ幸か不幸か、流れの行商人であるマルティンは貴族の顔など知るはずもない。そのため、なんだかやけに偉そうな子が店番してるなぁと思うにとどまった。


「今日の用向きはなんだ」

「ああ、金貨を替えてほしいんだ。ただ、ちょっと訊きたいんだが……ここが、聖女様が始めたっていう両替所なのかい?」


 さすがに妙に思い始めていたマルティンは、一応訊ねてみる。

 すると少年は、あからさまに顔をしかめて言った。


「聖女なら隣だ」

「ああ、やっぱり別なのか。じゃあこっちは、教会の元々の両替所とか?」

「いや、オレの両替所だ。だが案ずるな。手数料は隣と同率に設定してある。貴様に損はさせん」

「へぇ~、そいつはラッキーだ」


 マルティンは純粋にそう思った。こっちは空いているにもかかわらずあんな列に並ぶなんて、ほかの商人たちが間抜けに思えてくるほどだった。

 革袋から金貨を三枚取り出すと、少年に手渡す。


「こいつを銀貨にしてくれ」

「うむ……ほう、帝国金貨か。この辺りでは珍しいな」

「西の方で商ったときの名残りさ。手数料が安いなら、ここで替えたい」

「任せろ」


 少年は貨幣受けに帝国金貨三枚を乗せると、それを傍らにいた別の少年に手渡す。

 黒い髪を垂らした、ずいぶんと暗そうな少年だった。


「フィン、頼んだぞ」

「はい……」


 黒髪の少年は陰鬱な表情で、金貨を天秤に乗せる。


「なんで僕がこんなこと……」

「仕方ないだろう。オレの屋敷で暇な者は限られるのだ。いいから教えたとおりにやれ」


 なんともぎこちないその手際にいくらかの不安を覚えていると、青髪の少年の方がマルティンに向き直る。


「貴様、見るに鼻の利く行商人のようだな」

「俺が? まさか」


 マルティンが苦笑する。


「俺なんてまるでダメさ。どうにも考えるのが苦手でね。これまでにうっかりで何度も痛い目を見てる。まだ破産していないのが不思議なくらいだよ」

「そうか? オレには、とてもそうは見えんがな」


 青髪の少年は言う。


「今差し出した帝国金貨三枚は、長く貴様の懐に入っていたはずだ。それだけの金を商い用の原資と別に持てるということは、その若さを考えれば相当に余裕のある方と言えよう。何度も失敗したと言っていたが、それを補って余りある、鼻の利く商いを繰り返してきたと見る」

「それは……」

「加えて言えば、今もそうだな」


 少年は言いながら、ちらと隣の行列を見やる。


「この馬鹿馬鹿しい列に並ぶなどという愚行を冒さず、オレのもとに来た。さらに、聖女の両替所ではないと知った後にも、帰るそぶりを見せなかった。時間という資産を重く見ているのだろう。人生は短い。それは時に、黄金にも勝る輝きを放つ。貴様の鼻は確かなものだ」

「……なんだよ、両替商のくせにずいぶん口が上手いな、あんた」


 マルティンは、思わず誤魔化すように笑ってしまった。

 それが、幼少期に浮かべて以来の照れ笑いだったことに、一拍遅れて気づいた。


「これが取引だったら、色を付けてやったんだが……」

「はい、終わったよー……」


 その時、陰気な少年が銀貨の乗った貨幣受けを青髪の少年に差し出した。

 それを受け取り、カウンターに置こうとする少年へ、マルティンは言う。


「一枚、取っておけよ。心付けだ」

「いらん」


 無愛想に答えた少年は、貨幣受けをカウンターに置くと、ずいとマルティンの前に押し出す。


「オレへの心付けというならば、この街で存分に飲み食いし、商品を仕入れ、よその街で商ってまた戻ってくるがいい。行商人がこの街にできる貢献として、それに勝るものはない」

「……そうか。そうだな」


 マルティンは苦笑すると、貨幣受けの銀貨を革袋に収めていく。

 なんだか少し多いような気がしたが、今数えるのは疑っているようで悪いし、なにより多い分には問題ないので気にしないことにした。


「けちな行商人のくせに、らしくないことしちまった。お言葉に甘えさせてもらうよ」

「うむ……次に来たとき、何か面白い物を仕入れていたら、領主の館を訪ねるがいい。貴様の扱う商品には興味がある。両替の縁と言えば伝わるよう取り計らっておこう」

「……? 本当かい? そいつは助かる」


 御用の商人相手ではなく、貴族と直接取引できるならば、利益は格段に大きくなる。

 両替商にそんな権限があるのかと不思議に思ったが、あまり深く考えることなく、マルティンは素直に礼を言うことにした。


「ありがとうよ。……おっと、次がいるようだからこれで失礼するよ」

「うむ、また来るがいい。では次の者、今日の用向きは……」


 マルティンは教会の敷地から出ると、両替所を振り返った。

 少年のところにも、いつのまにか小さな列ができている。


「あいつ、もしかして……」


 マルティンは、ふと思い至って呟く。


「……ロドガルド辺境伯の、親戚かなんかだったのかな」


 そういうことがあってもおかしくはないだろう。

 もしそうなら、ずいぶん無礼な態度を取ってしまった気もするが……やはりマルティンは深く考えないことにした。


 お得に両替できたし、なにより久しぶりに褒められて嬉しかった。

 今気分が良いのなら、それで十分だ。

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