――――第11話――――
ラニスたちは、来訪からそれほど経たぬうちに去っていった。
執務室に戻ったゼノルに、スウェルスが話しかける。
「はっきり断られることにしたのですね」
「ああ」
ゼノルは執務室の椅子にどっかと座りながら、補佐官に答える。
「遅滞戦術など、オレらしくないやり方だった。ただ手をこまねいているのはやはり性に合わん。正面からぶつかる方がよほどいい」
「なんとなく、私もそう思ってはいましたが」
スウェルスが微妙な表情で頷きながら言う。
「しかしこれで、完全に聖女様たちとは敵対する形になってしまいましたね……。それでゼノル様、商人たちをどうにかする具体的な策はおありなのですか? 自分も人気者だなどと、聖女様には啖呵を切っていましたが……」
「うむ、それについてだが」
ゼノルは腕を組みながら言う。
「ムルーディ会が泣きついてきたあたりから、一つ考えていたことがあった。一時的な出費が大きくなるため、二の足を踏んでいたが……こちらが得るものも大きい。こいつを実行に移すとしよう」
「いったい、何をされるおつもりなのですか?」
出費が大きくなると聞いて眉をひそめるスウェルスに、ゼノルはにやりと笑って告げる。
「まずは、オレも両替業を始めるぞ」
**
ゼノルの屋敷に再訪して、四半月ほどが経ったある日の早朝。ラニスはいつものように、神官たちと共に教会敷地内にある両替所に向かっていた。
ゼノルには求婚を拒絶されたにもかかわらず、その表情には余裕がある。
両替業者は、商人にとって重要な社会基盤の一つだ。その存在が当然のものになればなるほど、それが失われたときの憤りは大きくなる。
さらに人は、繰り返し接する相手にほど親しみを抱くものだ。滅多に会うことのない領主よりも、教会に行けばいつでも会える聖女に好感を覚えることは、ごく当然の成り行きである。
時間が経つにつれ、人々は自分に味方していくことを、ラニスは理解していた。
すっかり通い慣れた両替所が、聖女の目に映る。
「……んん?」
ラニスは目を擦る。
一瞬、見間違いを疑った。
両替所の小屋は、過去にこの教会で実際に両替所として使われていたものをそのまま流用している。祈りに訪れた者と客の導線が被らぬよう、聖堂から離れた場所にぽつんと建っていたものだ。
それが今、なぜか二つあった。
「ど、どういうことかしら……?」
よく見ると、一方の小屋は真新しい。あんなもの、昨日まではなかったはずだった。
さらに新しい方の両替所の周囲には、見慣れぬ人間が数人、なんらかの準備のために慌ただしく動いている。
ラニスは神官たちと共に呆気にとられてその光景を見ていると、両替所の前にいた一人の人物がふと、ラニスたちに気づいて視線を向けた。
目立つ氷色の髪。そのどこか偉そうな立ち姿。
その少年に限っては、ラニスにも見覚えがあった。
「ふっ、早いではないか。勤勉で結構なことだ」
少年辺境伯は不遜な笑みを浮かべ、とんでもないことを言った。
「今日からオレもここで、両替所をやらせてもらうことにした。同業者としてよろしく頼む」
ラニスはあんぐりと口を開けた。




