――――第4話――――
「なーんて、思ってそうね」
ロドガルド領都に建つ、教会の一室。
蝋燭の灯りで満たされた厳かな雰囲気の室内で、聖女ラニスはぽつりと呟いた。
現在ロドガルド領都に建っている教会は、建築から数百年は経っている歴史ある建物だ。
通常の教会としては大きく、佇まいも荘厳で、領都の住民からも愛されている。 しかし一方で老朽化も激しいため、大教会が竣工したあかつきには解体が予定されていた。
そんな年季の入った教会で、ラニスは小机に頬杖をつきながら独り言のように言う。
「ワタシ、待たされるの嫌いなのよね。明らかに脈なしの相手になら特に」
小机の下で、聖女が足を揺らす。
「あんまり時間もないし……さっそく営業を始めてみようかしら」
「もう動かれるのですか、ラニス様」
その時、室内に低い声が響いた。
ラニスの傍らに控える、上級神官のダグライだった。
落ち着いた声音には、わずかに苦言を呈するような響きが混じっている。
「ゼノル卿が前向きに検討するとおっしゃったのです。そう性急に判断されずとも、今はまだ待つべき時ではありませんか」
「ハァ~」
上級神官の進言に、ラニスは盛大な溜息を返す。
「ダグライさん、あなた恋人がいたことは?」
「……妻がおりました。三年前に死別しておりますが」
「ご、ごめんなさい……」
「いえ」
短く答えたダグライは、先ほどまでとは打って変わって消沈した様子のラニスに、若干困惑気味の視線を向ける。
「して……私の配偶者と今の状況に、何か関係が?」
「そ、そう! いい? あのね、あれはワタシが見るに」
顔を上げたラニスが、気を取り直したように言う。
「『はっきり断ると角が立ってめんどくさそうだから、塩対応しながらだんだん疎遠になりつつフェードアウトしようっと』っていう恋愛仕草に違いないのだわ!」
「そ……そうでしょうか?」
ダグライが、さらに困惑しながら言う。
「貴族が婚姻について熟慮することは、何もおかしくないと存じますが……」
「いいえ、ワタシにはわかるのだわ」
ラニスは、真剣な表情で言う。
「少なくとも……ゼノル卿は、ワタシと結婚するつもりなんて少しもない」
「……」
ダグライは沈黙を返す。
あるいはそうかもしれない、と思ったためだった。
常に明るく華やかで、時には奇矯にも映る言動をとるラニスだが、他人から向けられる感情には敏い。
「ダグライさんはどう思う? というかああいう、『はいはいちょっと距離置かせてもらいますね~』みたいな態度、とったりとられたりした経験はないかしら? 奥さん以外の人に」
「い、いえ……なかったかと存じますが。そもそも妻以外の女性とは、あまり深い関係になったことがなかったもので」
「へ~、そうなの……なんかいいわね、そういうの! 好きよ」
「……。むしろラニス様は、何かご自身の経験を元におっしゃっているのですか?」
「いいえ、色恋沙汰の経験はないのだわ。でも教団の図書館にあった恋愛指南書に書いてあったし、あと恋愛小説にも似た描写があったから、間違いないと思う!」
「……」
自信満々の聖女に、ダグライは蔵書を選ばない教団の方針も考えものだと思い始めていた。
ラニスは、右手で左手の指を順番に撫でながら呟く。
「じゃあとりあえず、偉い人に顔を覚えてもらうところから始めようかしら」
ラニスの視線は窓の向こう、聖堂の傍らに建てられた小さな離れに向けられていた。
本来ただの物置であるはずのそこには現在、灯りと剣を手にした者が複数人、警備に立っている。
ラニスに随行していた、教会騎士団の兵たちだった。
教団本部から持ち出され、現在離れに保管されている神器の数々は、こうやって夜通し警備しなければならないほどの価値を持っている。
ラニスはふと、ダグライを振り返って問う。
「ねえダグライさん……あなたは奥さんを亡くした時、神を恨んだりはしなかった?」
「……」
「誰よりも祈りを捧げる神官であるにもかかわらず、そんな不幸な目に遭うなんて、ちょっと理不尽だと思わない?」
ダグライは瞑目し、静かに答える。
「神のご意志は、決して人が推し量れるものではございません。非情な天命を授けられたように思えても……そこにはきっと、何らかの意味があるのでしょう」
「神官の鑑のような答えね」
ラニスはダグライと目を合わせないまま、どこか愉快そうに言った。
「ワタシ、そういうの一番嫌いなのだわ」




