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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
一章 公爵令嬢編

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――――第40話――――

 それから、さらに数日が経った。


「うーむ……」


 執務室にてゼノルが、事務机に並べた物を見下ろしながら唸っていた。

 その時。


「失礼しま……あ、誰もいない」


 ユナはさっと入室すると、すぐに扉を閉めた。

 例によって銀盆を片手に、ゼノルへと歩み寄る。


「……わ、なにこれ」


 その雑然とした机の上を見て、ユナが驚きの声を上げた。


「なに、この……おもちゃ」


 事務机の上には、様々な人形があった。

 羊毛で作られた簡単なものから、傀儡師が興行で用いる複雑なものまで、まったく統一性のない人形たちが無秩序に横たわっている。


「ああ、ユナ」


 ゼノルが人形を脇に寄せ、茶杯を置くスペースを作りながら答える。


「神器が届いたため、少し試していた。のだが……うーむ……」

「その顔。また微妙な神器だったとみたね」

「今回はこれを巡って一騒動起きただけあって、かなり期待していたのだがな……」


 渋い表情をするゼノル。

 茶を淹れ終えたユナが、机の上に目を向ける。


「で、どの人形が神器なの?」

「人形ではない。これだ」


 と、ゼノルが『鍵』を持ち上げてみせる。


「この『鍵』を押しつけて回すと、人形を思うがままに動かせるのだ」

「へぇー、すごい! またやってみてもいい?」

「かまわんが、がっかりすると思うぞ」

「ふっふっふ。それはわからないよ~」


 ユナは『鍵』を受け取りながら、不敵な笑みを浮かべて言う。


「『夜』の時みたく、選ばれちゃうかもしれないからね。人形ってどれでもいいの?」

「ああ」

「じゃあこれ!」


 ユナが選んだのは、一番高価そうな傀儡師用の人形だった。

 背中に『鍵』を押しつけると、ぐいっと回す。


「よし……動け!」


 ユナが命じると同時に、その変化ははっきりと起こった。

 人形が、ひとりでに動き出したのだ。

 初めに手足が、次いで胴体や頭が、次第に激しく振動し始める。

 それはまるで、奇病に冒された人間の断末魔のようだった。


「う、うわぁ……」


 当たり前ではあるが、それはユナが期待していたような『人形が動く』現象ではまったくなかった。

 やがてだんだんと静かになっていく人形をドン引きした目で見つめながら、ユナは呆然と呟く。


「なにこれ、怖……やだ、こんなの」

「だから言っただろう」


 ゼノルは溜息をついて言う。


「オレ自身も試し、他の者にも使わせてみたが、だいたいそんな有様だった。回を追うごとにコツを掴めてきている気はするものの、まともに歩かせるだけでも一苦労だ」

「ゼノ君……これに何を期待していたの?」

「死体を動かして兵士にできるのではないかと、諸侯が警戒した代物だったのだ。実際には、仮に選ばれる者が現れたとしても、だいぶ厳しそうだがな。結局、誰も彼も期待と誤解が過ぎたのだろう」


 ゼノルがやれやれといった風に、椅子の背もたれに身を預ける。


「まあ、別に問題はない。大教会に預けるための神器なのだから」

「あ、これが『夜』の代わりなんだ。へ~。あ、でも」


 ユナが苦笑して言う。


「あんまり、結婚式に使えそうな神器じゃなかったね」

「……ふっ。そういえばそんな話もしたな。しかし、いずれにせよどうでもいい」


 ゼノルは、微かに笑って言う。


「少なくとも、今のオレには縁のないものだからな」

「あー……」


 ユナは、笑っていいかどうか判断しがたい時の顔をする。


「婚約、解消しちゃったんだもんね……ご愁傷様、ゼノ君」

「何を言っているのだ。オレは愁傷などしていない。むしろ達成感でいっぱいだ。あの女はただの……聞こえのいい言い方をすればだが……好敵手のようなものだったからな」

「ふうん……本当? ちょっといいかなとか、思ってたわけじゃないの?」

「無論だ」

「ふうん……そ。じゃあおめでとう」


 にへ、とユナが笑った。

 それから、張り切ったような声音で言う。


「よーし! じゃあ午後からのお仕事もがんばろっかな!」

「ああ、そうしてくれ」


 背を向けるユナに、ゼノルは机の引き出しから一冊の本を取り出しつつ答える。

 そして退室しようとしていた彼女へ、まるで今思い出したかのような声音で言った。


「……そうだ。ユナ、おまえに見せたい物があったのだ」

「え、なに?」


 振り返るユナ。

 その目が、ゼノルの掲げる本を捉える。


「おまえが小さい頃に母親から与えられた本というのは、これではなかったか?」


 それは、特に珍しくもない、子供向けに翻案された叙事詩だった。

 ユナが目をみはる。

 信じられないという顔でゼノルへと駆け寄ると、身を大きく乗り出して捲し立てる。


「わーっ!? これこれ!! えっ、ゼノ君これどうしたの!?」

「つい先日、教会図書館の蔵書とする本が教団から届いてな」


 ゼノルはまるで、なんでもないことのように言う。


「目録を眺めていたら、覚えのある標題を見つけたのだ。おそらく、写本の一つだと思うが」

「……」


 差し出されたその本を、ユナはゆっくりと受け取った。

 特別な意匠でもない、ぜいが凝らされているわけでもないその表紙を、じっと見つめている。

 ぽつりと、ユナは言う。


「懐かしい……ずっと、探してたんだ。もう見つからないかと思ってた」

「……」

「これ、大教会の図書館に収められるんだよね」

「ああ」

「じゃあ、また読めるんだね」

「ああ」

「うれしいな……楽しみ。教会ができるの、待ちきれないよ」

「ならばやるか? その本」


 聞いたユナが、目をしばたたかせた。

 ゼノルは目を閉じながら言う。


「別に、オレが一冊個人的に買い取るくらい問題ない……探していたのだろう?」

「……」


 ユナは再び本の表紙に目を落とすと、しばしの間沈黙していた。

 だがやがて顔を上げると、申し訳なさそうに笑って首を横に振る。


「ううん。いい」

「……どうしてだ?」


 ゼノルの問いに、ユナはいつもの調子で答える。


「さすがにそこまでしてもらえないよ。なんかずるしてるみたいだし。それに……」


 ユナは明るく答える。


「どうせなら、街のみんなにも読んでもらいたいかなって」

「……ふっ。まあ」


 ゼノルは目を伏せ、微かに笑って呟く。


「おまえならば、そう言うか」

「あっ、でも」


 ユナが思いついたように言う。


「蔵書の本って、全部ここに置いておくんだよね?」

「ああ。今は倉庫に保管している」

「それなら……時間がある時とか、読んでもいいかな」

「別にかまわんぞ。どうせなら、今ここで読んでいくか?」

「えっ! そっ、それはぁ……」


 ユナが目を泳がせる。


「ダメだよ、まだ仕事中だし……サボることになっちゃうもん……」


 言葉とは裏腹に、声音には迷っているような響きがあった。

 ゼノルが普通の調子で言う。


「メイドなど皆、よく隠れてサボっているだろうが」

「うわあっ! バレてた!!」


 驚愕するユナに、ゼノルは呆れ気味に言う。


「別に今さら咎めもせん……。今日など、特に忙しくもないだろう。戻るのが遅れても、オレに捕まっていたとでも言えばいい」

「…………それじゃあ」

「そこの椅子を使え」

「……うん」


 ユナは小さくうなずくと、本を持ったまま部屋の隅の椅子に腰掛ける。

 そして表紙をめくった時、ふと顔を上げ……照れたように笑って、ゼノルへと言った。


「えっと……ありがとね、ゼノ君」

「礼にはおよばん」


 人形を片付け、書類の束を手に取りながら、ゼノルは答える。


 執務室に、静かな時間が流れ始めた。

 ユナがページをめくり、ゼノルが署名する音が、時折響くだけの時間。


 ふとゼノルが視線を上げ、ユナを見た。

 ユナは気づく様子もなく、書物に収められた壮大な物語を目で追い続けている。


 ゼノルは長い間、その横顔を見つめていた。

これで公爵令嬢編が完結です。

次、聖女編が始まります。

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