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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
一章 公爵令嬢編

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――――第39話――――

 令嬢二人の襲来から、数日後。

 屋敷の廊下を歩いていたゼノルは、きょろきょろと誰かを探す素振りを見せるユナの姿を認めた。


「……」


 幼い頃から知己である二人だが、部下や使用人に示しがつかないため、人目につく場所では一線を保つようにしている。

 この時も、ゼノルは声をかけることなく通り過ぎようとしていたのだが。


「あっ、ゼノ君いた!」


 ゼノルの姿を認めたユナが、一瞬周囲に人影がないのを確認し、駆け寄ってきた。


「探したよー、執務室にいないんだもん」

「ちょうど教会の建設状況の確認に行っていたのだ。何かあったのか?」


 眉をひそめて問うゼノルに、ユナは言う。


「ベルトリッド様が、ゼノ君のこと呼んでる」



**



 ゼノルの屋敷から少し距離を置いた場所に、その離れは建っていた。

 客人が滞在するための離れとは別に、先々代当主が、自身が隠居した時のために建てさせたものである。


「ベルトリッド様、失礼します」


 ユナが、居室の扉をノックしながら言う。


「ユナです。ゼノル様がお見えになりました」

「……おお、入りなさい」


 扉越しにもわかる、張りのある声が響いた。

 ユナが扉を押し開けて入室する。

 部屋の中心に設えられた、大きなベッド。そこに、一人の大柄な人物が横たわっていた。

 老境にあるために、髪も口髭も白い。老いさらばえた肉体にはしかし、かつての偉丈夫の影を残していた。傷の残る顔には、今は穏やかな表情が浮かんでいる。


 ロドガルド辺境伯家先々代当主、ベルトリッド・ディラス・ロドガルド。


 上体を起こして二人を迎えたその人物は、異民族を相手に戦った最後の当主であり、ゼノルの実の祖父だった。


「来てやったぞ、ジジイ」


 ゼノルが不遜そのものな態度で言う。


「用件はなんだ。さっさと言え。オレは忙しい」

「あ、もー! ゼノ君またそんなこと言って!」


 ユナが怒った顔になって言う。


「ベルトリッド様に対してさあ! もっとあるでしょこう常識的な態度が! 前の当主様とか以前に、自分のおじいちゃんなんだよ?」

「知らん。オレが常識だ。隠居したジジイにかまっていられるほど暇ではない」

「はあ……。ごめんなさいベルトリッド様。ゼノ君、すっかりこんな風になってしまいました……」


 恐縮するユナ。

 砕けた態度を見せるメイドを、しかしベルトリッドは咎めるでもなく、苦笑を浮かべて言う。


「いいのだ、ユナが責任を感じることはない。昔からこうなる気配はあった。しかしゼノルよ、そう悲しいことを言うな。用がなくては、孫と顔を合わせてはいけないのか? お前が最後にここを訪れたのは、もう半年も前だろう」

「ふん。言っただろう、オレは忙しいのだ。特にここ半年は、くだらん雑事に時間をとられていた」


 ゼノルは鼻を鳴らして言う。


「書面での報告で足りぬと言うのならば、貴様の方から来い。さっさとあの馬鹿みたいな体力を取り戻してな」

「おお……ユナ。ゼノルが儂の心配を……。少し見ないうちに、精神的に成長したのかもしれん。肉体的には……うむ、儂の若い頃と比べると……いや、これ以上の言及は避けよう」

「よかったですねベルトリッド様! でもゼノ君、身長はもう伸びないんじゃないかなーと思います」


 二人のやりとりに、ゼノルは青筋を立てながら言う。


「おいジジイ……! 用がないならば、オレはもう戻るぞ……!」

「……ユナ」


 ベルトリッドは、ふとユナに顔を向けて言う。


「少し、ゼノルと話がしたい」


 ユナははっとした顔になると、ぺこりと頭を下げ、そそくさと部屋を後にした。

 閉まる扉を見つめていたベルトリッドが、ぽつりと言う。


「あの子が来て、どれくらいになる」

「知らん。十年経ったかどうかといったところだろう」

「……もうそんなになるか」


 ベルトリッドは目を伏せ、それからゼノルに顔を向ける。


「領地経営は、順調のようだな」

「ああ。報告していたとおりだ」


 ゼノルは当然のように言う。


「海賊どもの殲滅を終え、数年後には大教会も建つ。新たな神器も手に入った。すべてが順調だ。貴様などより、よほどうまくやっているぞ」

「素晴らしいことだ」


 ベルトリッドは、そう穏やかに言う。


「ただ、意外でもある。お前が、自らの才を……領地経営などという俗事に使おうとは」

「……人には、為さねばならんことがある」


 ゼノルは気づくと、かつてレイシアから聞いた言葉を放っていた。


「オレは自らの使命のため、力を尽くしているにすぎん」

「……ゼノル」


 ベルトリッドが、静かに口を開く。


「まだ、妻を迎えないのか?」

「ああ」

「なぜだ?」


 ベルトリッドは、続けて問う。


「やはりまだ――――あの子に懸想けそうしているのか」

「ふん」


 ゼノルは鼻を鳴らし、欠片も表情を変えることなく答える。


「だったらなんだ」

「……わかっているのか? 貴族は慣習法により、貴族以外との結婚が認められていない。妻は正当な権利を得られず、子も継承権を持つことができない。儂の知る限り……貴賤結婚きせんけっこんは、不幸の元だ」

「なに寝ぼけたことを言っている。オレがあいつを、不幸にするはずがないだろう」

「あの子をどこかの下級貴族の、養子にでもするつもりか?」

「くだらん貴族に、オレの急所を握らせろと?」

「ならば……お前がロドガルドを捨て、市井に下るか?」

「論外だ。そんなことをすれば、あいつはそれを負い目に感じる。そんな思いはさせん」

「……本当にわかっているのか、ゼノル」


 わずかに表情を険しくし、ベルトリッドが再び問う。


「お前が相手にしようとしているのは……慣習法という、実体すらないままに国を支配する巨人だ。王国法とは違い、議会で条文を変えることもできない。その打倒が、いかに困難なことか……」

「ジジイ、二度も言わせるな――――だったら、なんだ」


 ゼノルは当然のように言う。

 祖父ではない、どこかにいる何かを、その凍てつくような眼差しで睨みつけながら。


「その程度の困難、オレにとってはわけもない。慣習法など、葡萄酒片手に打倒してやろう。そこで黙って見ているがいい、ジジイ」


 ゼノルは笑う。

 酷薄にも映るその笑みで、不敵に宣言する。


「オレはいずれ、ユナを妻に迎える。遠い日の約束を果たし、あいつを幸せにしてみせる。それこそがオレの使命であり野望だ。これを為し遂げるまでは――――」


 ゼノルは言う。

 これまで幾度となく、言い放ってきたその言葉を。


「――――オレは絶対に、結婚などしない」


 ベルトリッドは目を閉じ、ゼノルの宣言を無言のまま聞いていた。

 しかし、


「……ふっ」


 その口から、笑声が漏れる。


「ふふっ、ふっ……はーっはっはっはっはっはっはっは!!」


 次第に、それは高笑いへと変わった。

 ゼノルがよく上げるそれとは違う、かつての偉丈夫を感じさせるような、腹の底からの笑声だった。

 目尻の涙を拭い、ベルトリッドは言う。


「いやすまなかった。ただ、嬉しかったのだ。お前は息子はもちろん、儂にもまるで似ていない――――紛れもなく、始祖の再来だ」


 そして、告げる。


「お前にとってそれほどまでに容易いようならば……その使命、儂がより困難なものとしてやろう」

「……なんだ」


 眉をひそめるゼノルに、ベルトリッドは威厳の籠もった眼差しとともに言う。


「この老身が息絶えるまでに、為し遂げてみせるがいい」

「……ふん。くだらん」


 ゼノルはそう言って、踵を返した。

 自らの祖父へ、背中で答える。


「元よりそのつもりだ」

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