――――第37話――――
「はあ。死にたい」
いつのまにか。
どこからともなく現れたフィンが、夜の路上に倒れる暗殺者の死体を見下ろしていた。
「殺しまで自分でやっちゃうなんて……もう僕なんて要らないよね……。ああー死ぬ死ぬ死にます」
「要る。だから貴様、毎度このやり取りをさせるなと言っているだろう。殺しも、結果的にそうなっただけだ」
ゼノルもまた、暗殺者の死体を見下ろして言う。
「オレの忠告を聞き入れていれば、見逃してやるつもりだった。なかなか腕が立つようだったため、あわよくば手下にできればとも思っていたが」
「要らないでしょ、こんな奴……僕より弱いし」
「貴様と比べるな」
フィンは死体に目を向けたまま、ゼノルに問いかける。
「ところでさ、ゼノル……こいつ、結局なんだったの? 誰の手先?」
「推測にはなるが」
ゼノルは言う。
「別の公爵家だろう」
「別の、って……」
フィンがどこか不思議そうに、その陰鬱な顔をゼノルに向ける。
「アガーディア公爵家以外の、って意味……? なんで? ゼノル、仲悪かったっけ?」
「オレの問題ではない」
ゼノルが溜息をつきながら言う。
「原因はレイシアにある」
「……あのお姫様?」
「そうだ。あの女が、ロドガルドなどと強引に縁談を進めていたために、それを警戒した他の公爵家が刺客を送り込んできたのだろう。婚約を妨害するためにな」
「……どういうこと?」
首をかしげるフィンに、ゼノルがどこかうんざりしたような顔で説明する。
「アガーディア公爵家は、公爵家の中では序列が低い。その状態で、王国内は安定している。だがもし、レイシアがロドガルドに輿入れすれば? 二家が手を取り合えば、こと軍事力という面において、一気に王国最強の同盟ができあがる。それを座して眺めているほど、他の公爵家は甘くない」
ゼノルは続ける。
「本来レイシアの嫁ぎ先として、ロドガルドは理想的だったはずだ。当主は歳が近く、領地は隣で、家格も申し分ない。それでもレイシアが直接乗り込んで来るまで、縁談の申し入れが来たことはなかった。つまりそういうことだ。アガーディアの当主は、他の公爵家とことをかまえるほどの野心がない。波風を立たせたくなかったのだ。レイシアも、父親から婚約の承認を得るために苦労したことだろう」
レイシアが公爵を巻き込めなかった理由も、それだった。
政治的に、そもそも協力など望めるはずもなかったのだ。
しかしそれでもレイシアは、最終的には公爵の説得に成功し、この日のパーティーに間に合わせてみせた。
ゼノルにとっての最後の砦も、多少の時間的猶予を作っただけだった。
もっともその時間で間に合わせてみせたのは、ゼノルの側も同じだったが。
「……ふうん。なんか」
フィンは、陰鬱な表情のまま言う。
「めんどくさいんだね。貴族って」
「理解力が高いではないか。そのとおり、貴族社会はめんどくさいのだ」
「でもさ、それなら……」
フィンが、死体を視線で示す。
「お姫様の方には、行ってなかったのかな……こういうの」
「無論、行っていたに決まっている。実際に命も狙われていたようだな」
マリーの懸念は、的を射ていた。
もしも他家が妨害を最後まであきらめなければ、結婚までに命があったかは、レイシアにとっても賭けだっただろう。
「むしろ領地に引きこもっていたオレなどよりも、狙われる機会は多かっただろう。そんな様子をおくびにも出していなかったのは、敵ながら大したものだがな」
「ふうん……ずいぶん勇気のある、お姫様なんだね……。あ、そっか」
フィンがふと、何かに気づいたように言う。
「ゼノルは、お姫様を助けてあげたかったんだね……。もう刺客が来なくなるように……あんな目立つ感じで、婚約破棄したんでしょ?」
「……ふん。それはまったく違う。あれはレイシアの意思を折り、要求を通すために必要だっただけのことだ。刺客云々は結果的にそうなったにすぎん」
「へぇ……そうかな? ゼノル、最初にここで襲われた時から、刺客の正体には気づいてたよね……。だったら……こいつらをどうするかまで、ちゃんと考えてたんじゃないの……?」
「……さあな。策を練る過程で、刺客への対処を無意識のうちに考慮していなかったとは言い切れん。だが勘違いするな。それはオレに差し向けられる刺客が鬱陶しかっただけのこと。あの女がどうなろうと、元々オレの知ったことではない」
「……ふうん。なんか」
フィンが、ふと表情を歪めた。
それは少年には珍しい、笑みの表情だった。
「ゼノルも十分、めんどくさいね」




